第37話 “バイバイ”
勇次は俺と芽依に訴えかけていた。
悪夢と戦う危険性を考え、もう戦うことは辞めよう──と。説得とはそういう意味だったのだ。
見たことのない意気消沈する勇次の姿に俺らは驚き、声をかけることができなかった。
こんな勇次の姿、初めて見た気がする。
本当は悩んだり落ち込んだりすることがあったとしても、俺達に会うときの勇次は底抜けに明るく、決して弱った姿は見せてこなかった。
勇次には、そんな“明るさ”という“心の強さ”があったはずなのだ。しかし、それを今、失いつつある。
勇次は黙る俺と芽依に向けて、更なる追い討ちをかけた。
「俺らだってもう大学3年だ。これから就活等で忙しくなってくる。悪夢に振り回され、最近は学校だって休んでばかりだ」
これに関しては、言い返しようのない事実だった。
確かにここの所、学校を休むことが増えた。
人の心配ばかりでなく、そろそろ自分の心配もしなければいけない時期に差し掛かってきている。
「それに誠人は、このせいなんだろ? バイトをいつまでも始めないのは。いつ悪夢が来るのか分からない……だから自由にバイトも入れられない」
「……知ってたのか?」
「まぁな。誠人は俺らと違って、まだ悪夢に慣れていない。事件の日時を知ることができないからな」
まさかそこまで勇次に見透かされているとは思わなかった。
実のところ、あれから俺はまだバイトを探したきりで、始めていなかったのだ。
まさに勇次の言う通り……悪夢のことを考えると、自分の用事を入れる隙間がない。
一人暮しを勝手に始め、親には迷惑をかけてしまっているけど、それでも中々踏ん切りがつかずにいた。
勇次の言うことはどれも、ごもっともな意見で、すべて納得できるものであった。
しかし、ずっと黙って聞いていた芽依は、声を大にして言い切る。
「ごめん、勇次。それでも私は辞めない。私は悪夢と戦うわ」
「芽依……これだけ言っても分かってくれないのか……俺は芽依や誠人のことが心配で……」
「そうかもしれないけど、それでこの悪夢を見過ごしたら、きっと私はもっと後悔する。だから私はこの悪夢と戦い続けるわ!」
散々言った上でも、芽依には通じないことが判明し、勇次はうなだれていた。
だが、勇次はすぐに切り替え、顔をあげ直し、今度は俺の方に目を向る。
「誠人。誠人はどうなんだ? 俺の気持ち、分かってくれるよな?」
「俺……俺は……」
勇次の言い分は分かるし、理解もできる。
ここで辞めたからって、誰も勇次を責めたりしないし、逃げたなんて言わない。
けど……けど……
「──これからも悪夢と戦い続ける。きっとこの悪夢には、何かしらの“意味”があるはずなんだ。その答えを見つけるまで、俺は辞めない。がむしゃらにやってみるよ」
俺は突っ走ることを決めた。
俺も勇次みたいに、いずれ心が折れる時が来るかもしれない。
でも、その時はその時だ。
その時が来るまで俺は、やれることを精一杯やってみようと思った。そう決心した。
俺は勇次の目を真っ直ぐ見つめていた。
しかし、勇次は耐えきれなかったのか、すぐに視線を外す。
「またそれか。意味ね……まぁ好きにしてくれ。気持ちが伝わらなかったのは残念だが……とりあえず俺は、これでもう降りるぜ。このバーに揃って集まるのも、今日で最後だ」
そう言って、勇次はテーブルの上に1万円を置いた。
「釣りはいらねぇから。この悪夢の件から降りても、たまには遊んでくれよな。これからも……友達ではいてくれよ?」
寂しそうな言葉と共に、勇次はソファーから立ち上がり、出口へと歩き始める。
「当たり前だろ!!」
俺もすぐに立ち上がり、勇次を引き止めようとしたが、勇次は振り返ることせず手を振って──“バイバイ”を表現した。
それを見た俺は思わず足を止め、追いかけることができなくなってしまった。
勇次は奥の出口へと真っ直ぐ進んでいく。
その間、バーのマスターが勇次に声をかけていたようにも見えたが、勇次は何の反応もせず、そのまま外へと出ていった。
大丈夫……
勇次がこの件から降りたとしても、俺達の関係性は変わらない。
それは先程自分でも言ったばかりで、ずっとこれからも仲のいい友達、親友であるはずだ。
なのに、それなのに……なぜだろう……
こんなにも不安になり、目から涙が溢れそうになってしまうのは。
俺の目には去りゆく勇次の背中が、やけに小さく見えていた。
勇次とはもう二度と会えないんじゃないか……不思議とそんな気がしてしまっていた。




