第36話 “プラスマイナス”
勇次の様子がおかしい。勇次に何があったんだ? 俺達を無視するだなんて……
とにかく勇次が心配だ。
それに加え、事件のこともある。
俺の今からする行為は、本来逆効果なのかもしれない。
しかし、今はとにかく勇次と話がしたい。放っておく時間なんてないんだ。
俺は再び勇次に電話をかけ直した。
また先程同様、長々とコールが続く。
もう……出ることはないか……
そう俺が諦めかけた、その時。
勇次との電話が繋がった。
「──勇次か!? おい、勇次!」
「…………」
何の応答もない。
しかし、今度はすぐに電話は切れることなく、繋がったままだ。
俺はもう一度勇次を呼び掛けた。
「勇次! 聞こえてるんだろ!? 勇次!!」
「…………なんだよ」
ようやく勇次から反応があった。
けれど、それにしても『なんだよ』って……物凄くかったるそうな声に聞こえる。
こっちはあれだけ心配して、何度も連絡したのに……
だが、ここで俺がイライラしてしまったら、恐らく話は終わってしまう。そこは我慢しなければ。要点だけを伝えよう。
「とりあえず勇次、一旦ちゃんと話をしないか? 事件のこともある。何があったか知らないけど、今は俺達に時間がないんだ」
「……分かったよ。またあのバーに集まればいいんだろ。けど……俺はこれで、“最後”だからな」
「──えっ? 最後?」
勇次の言葉の意味を聞こうとしたが、勇次は即刻電話を切っていた。
そして、それから3分もしないうちに、勇次からメッセージが届く。
メッセージの内容は、明日の夜7時に、あのバーに集まること。それだけが告げてあった。
何だか随分勝手だな……散々返信をしなかった癖に、今度は俺達の都合も聞かずに集合時間を決めるとは……
その愚痴も文句も、会った時に直接言うとしよう。
何より今は、勇次を刺激しないことが1番だ。
勇次の様子は明らかにおかしく、普通ではない。
・・・
──翌日、夜6時55分。約束時間の5分前。
俺はあのバー、眠れる羊へとやって来ていた。
今日は土曜日。幸いにも、急な勇次の決めつけにも関わらず、俺と芽依も都合を合わせることができた。
いつも通り俺は店の中へと入り、奥の個室に案内される。
中にはすでに芽依が来ていた。
「芽依か。てっきりいるのは勇次かと……」
「そうなのよ。私もまさか一番乗りとは思わなくて」
こんなことは初めてだ。
決まって勇次は、いつも誰よりも早くこの店に来ていた。
1時間前に来ることもあるって話だったのに……やはり何かが変だ。
とりあえず俺達は適当に飲み物とつまみを頼み、勇次を待つことにした。
しかし、約束の7時となっても勇次が来る気配ない。
まさか……来ないつもりか!?
昨日の電話でのやり取りからして、それも十分ありえる話だ。
スマホにも『遅れる』の一言も届いていない。
最悪、バックレもあるのではないか……
そう俺の頭を過ったが、約束時間の5分を過ぎた頃、勇次は遅れて姿を現した。
「悪い。待たせたな」
「勇次! 来ないんじゃないかと思ったよ!」
「あぁ……来るかどうか迷ったくらいだ」
「──えっ? どういうこと?」
今の勇次の発言に、芽依は驚いている。
芽依にはまだ何も説明していない。俺達の昨日の電話でのやり取りも知らないし、勇次がメッセージや電話を拒否していたことも、何もかも。
勇次はソファーに腰をかけると、飲み物も注文せずに、俺達に向けて険しい顔つきで言った。
「今日は2人を説得しに来たんだ」
「説得……?」
「あぁ。もうやめないか? 俺達。この悪夢と戦うのを」
「ちょっと! 何言ってるのよ勇次!!」
予想だにしない勇次の言葉に、芽依は戸惑っている。
対する俺は、昨日の勇次の電話の終わり間際に言っていた──“最後”の意味がここに来て分かり、納得してしまっている部分があった。
その分だけ、芽依より冷静を保てていた俺が、勇次に真意を尋ねる。
「どうしたんだ? 勇次らしくないじゃないか。何があったんだ? 前回の銀行強盗が終わってから、何だか勇次は変だ……」
勇次は俯き、俺達から目を反らした。テーブルを見つめながら溜まっていた思いをぶちまける。
「俺は自分のことを、正義のヒーローか何かと勘違いしていたんだ……でも、俺はそんな人間じゃない。そこら辺にいる、普通の大学生なんだよ……」
何となく俺には勇次の言いたいことが分かった。
きっと勇次は、前回俺達が危険な目に遭ったことに対し、後ろめたさを感じているんだ。
俺と芽依は事件現場に行くことを、ずっと反対していた。その意見を押し退けて、1人行くことを訴え続けたのは勇次だ。
でも、最終的に決めたのは俺ら自身。勇次だけが悪いわけじゃない。
「後悔しているんだな? 勇次は。けど、それで勇次が責任を感じることはないよ。俺達は自らの意志で現場に向かったんだ。だから気にすることなんてない!」
「そうよ! 自分を責める必要はないわ! それに、途中までうまくいってたじゃない! あともう一歩だった! 本当に惜しかったわ!」
俺の意見に芽依も同調するも、勇次はまるで納得いっていない様子だった。
そればかりか、あの勇次が珍しく、かなりのマイナス思考となっている。
「庇ってくれてるんだろ? 芽依は俺を。芽依は優しいからな……」
「そういうつもりじゃない! 私は本心で言ってるつも──」
勇次は芽依の言葉を遮り、語調を強めた。
「もう一歩だった……? 惜しかった……? それじゃだめじゃねぇか!! あの時、刑事さんがいなければ、芽依は拐われてたかもしれないんだぞ!? 失敗したんだ……俺達は。もう辞めよう……こんな危険な思いをするのは。辞めるべきなんだ……悪夢と戦うのは……」
一番危険な思いをした芽依張本人の言葉すら、今の勇次には届きやしない。
すべてをプラス思考に変えるはずの男の心は……完全に折れてしまっていた。




