第2話 “予知夢”
あの朝の出来事は、一体何だったのだろうか……単なる偶然か?
いや──偶然にしては、よく出来すぎている。
予知能力でもあったかのように、突然強風が吹いて、男の子の帽子が飛んだ。
──そうか! 予知能力!? まさかあれは予知夢か……?
一瞬、俺はそう考えたが、次には『バカバカしい』と否定した。
急に超能力にでも目覚めたなんて、おかしな話である。
でも……待てよ……
悪夢はここ数日間続いていた。
仮にあれが本当に予知夢だとしたら、他の悪夢も現実として起こりうる事となってしまう。
俺の頭の中は整理が着かず、行ったり来たりの自問自答を繰り返していた。
結局、今日の大学の講義は何の意味ももたらさなかった。
もはや俺の耳には、教授の喋る言葉は何ひとつ入ってきていない。
意味があるとするならば、それ以外に雑音はないため、集中できることくらいだ。
俺はここ数日の悪夢を思い返していた。
やはりそこはどこまで行っても夢は夢なのか、はっきりと中身は覚えていない。
ぼんやりと頭の片隅に記憶が残る程度だ。
ましてや中身は悪夢。
自然と脳が、記憶を消し去ろうとしている。
ただし、その中でも強烈に印象に残る夢がひとつだけあった。
それは数日前に見た、妹の沙織が夜分に襲われる悪夢だ。俺はその夢に引っ掛かった。
気のせいだと高を括り、もしあの悪夢が実際に引き起こってしまえば、もう取り返しがつかない。念には念をである。
間違いなら間違いでいい……沙織が心配だ。
俺は講義中にも関わらず、すぐさまスマホで沙織にメッセージを送った。
『今日の夜、予定はあるのか?』
正直、その日が今日とは限らない。
昨晩見た悪夢は、たまたま翌日の朝に起きただけかもしれないのだ。
それを考えると、別の日に起こる可能性だってある。
メッセージを送った僅か数分後、沙織から返信があった。
『部活終わりに友達と夜ご飯食べに行く予定だよ。急にどうしたの? 珍しいね』
あいつ……今授業中だろ? 何やってんだ……
まだ時刻はお昼前で、沙織は確実に高校の授業中である。
別にお昼休みに返信すればいいものを……
そこに少し苛立ちを覚えるも、自分も人の事は言えないはずなのは……もちろん分かっている。完全に自分の事は棚にあげている状態だ。
俺はお構いなしに、再び講義中に、沙織に返信を入れた。
『今日は早く帰ってこい。理由は聞くな。何でもだ』
きっと何事かと思っていることだろう。
でも滅多にない兄からのメッセージだ。普段、よほどの用事がない限り、連絡を取ることはないからな。
きっと黙って言うことを聞いて、おとなしく帰ってくるに違いない。
・・・
先に家に着いていた俺は、沙織の帰りをひたすら待っていた。
時刻はもうすぐ7時。特別遅い時間というわけではないが、この日ばかりは気になってしまう。
初めは高校まで迎えに行こうかとも考えたが、さすがにこれは過保護がすぎるだろう。
俺は落ち着かず、家の中をうろうろと歩き回っていた。
すると、玄関の扉が開く僅かな音を、俺の耳は捕らえる。
「ただいまー」
帰ってきた。
無事に沙織が帰ってきたのだ。
走って俺は玄関まで出迎える。
「やっと帰ってきたか! よかった……心配したんだからな!」
沙織はムッとした顔を見せて、カバンを俺に投げつけてきた。
咄嗟の反応で、俺はカバンを抱えるようにして受け取る。
「おっと! 随分、乱暴だな」
「当たり前でしょ。何が心配したよ……そんな子供じゃないんですけど」
沙織は靴を脱ぎ、でかい足音を鳴らしながら家の中へと入って行く。
「それで? 理由もなく何なのよ? 友達と約束してたのに……友達怒らせちゃったじゃない!」
「いや……その……」
とてもじゃないが、理由は言えない。
信じてもらえるわけはないし。
ましてや、あの夢が現実に起こるかどうかは誰にも分からないのだ。黙ることしかできなかった。
沙織は俺をリビングの中に入れないように、わざと勢いよく扉を閉めた。軽い嫌がらせである。
どうやら沙織は相当怒っているように思える。
でも、こんな仕打ち、可愛いもんだ。
何事もなかった……沙織は無事だったんだ。
今はそれだけで十分だ。黙って俺が嫌われていれば、それでいい。