第23話 “愛想笑い”
昨夜俺は悪夢を見た。
そう、これは間違いなく悪夢なんだ。
勇次に彼女ができるなんて……どうか、予知夢よ外れてくれ!
とにかく悪夢のこととなれば、話せるのは勇次か芽依しかいない。
勇次本人に話す前に、一度芽依に相談したいな。これは。
俺は芽依個人にメッセージを送ることにした。
『悪夢についての悩みがあるんだけど、聞いてくれないか? 芽依の都合のいい日にでも会おう。飲み代は全部俺が奢るから』
数時間後、芽依から返信があった。
基本いつも、グループメッセージを介して芽依とは連絡を取り合っている。
俺個人からメッセージが来るなんて、疑問に思ったことだろう。
『何で私にだけ? 勇次は誘わなくていいの? 悪夢の話なら、勇次もいた方がいいと思うんだけど……』
ダメだダメだダメだ!!! 本人の勇次を呼んでどうする!!
ここは芽依には、『勇次には内緒で』ってことを、釘を刺しておかねば!!
その事を俺はしっかりと芽依に告げ、今週土曜の夜に俺達は会うことになった。
・・・
──土曜の夜。
都内の安めの居酒屋にて。
「それで? 何? 悩みって。わざわざ勇次には内緒でって話だけど」
乾杯の飲み物が届くや否や、芽依は本題を急いだ。早速ではあるが、すぐに俺も悩みを打ち明ける。
「それがさ……勇次に彼女ができるみたいなんだ……」
「──はっ? それだけ? そのためだけに呼んだの!?」
俺の悩みを聞いた芽依は、明らかに怒っていた。
『その程度で悩みって……』
そう言いたそうな顔をしていた。
しかし、それ以上に俺は、悲しげな表情を見せていたんだと思う。
悲痛、嘆き……あらゆる悲しみの表情が、顔全面に出ていたのかもしれない。
「……わ、分かったからその顔やめてくれる?」
突如として始まった、怒りと悲しみのにらめっこは、俺に軍配があがった。
「伝わったか? 俺の悲しい気持ちが……」
「えぇ、十分過ぎるほどにね。だから今日は事前に奢るとか言ってたのね……何か嫌な予感がしてたのよ」
そこで読み切れないのがいけなかったな。芽依。今日はとことん付き合ってもらうぜ。
俺は夢の内容を芽依に伝えることにした。
「場所は居酒屋かなんかかな……多分、勇次の新しく始めたバイト先なんだと思う」
「あぁ、勇次引っ越したんだっけ? 誠人の家の近くに」
「そうそう。勇次は居酒屋のバイトって言ってたから、ほぼ間違いない。それに勇次は店員になってたし」
「じゃあもう決まりじゃない。それで、そのあとは?」
「そしたら客として来ていた俺の席の前で、勇次は突然、ショートカットの女の店員に告白するんだよ!」
「なにその現実離れした展開……仕事中でしょ!?」
そう言った後に、芽依は自分の言葉をすぐに訂正する。
「いや、勇次ならそれもありえるか……」
「そう! そうなんだよ!」
やはり芽依も、同じことを思ったか。
普通に考えれば、ありえない話だが、これが勇次だと……どうも否定できない。
俺はテーブルに顔を埋めるようにして、思い出したくもない悪夢の続きを語った。
「そして……その告白を受けた女の子は、恥ずかしそうにニコッと笑うんだ……カップル成立。俺は絶叫と共に、悪夢から覚めた……」
「はぁ、そうですか……」
芽依は溜め息をついた後、俺に疑問をぶつける。
「てかさ、これって悪夢なわけ?」
「やっぱり……違うかな? 俺にとっては、悪夢みたいなもんなんだけど……」
「う~ん……判断しづらいけど、確かに私も稀にあるのよね。悪夢以外が予知夢になるやつが」
「マジか!!」
衝撃の事実だ。
芽依いわく、俺らの予知夢は何も悪夢だけではないらしい。
大概は悪夢みたいだが、ごく稀にそれ以外が存在するようなんだ。
しかし、しかしだ!
そうなると、ますます俺の昨夜の夢が、現実味を帯びてきたということになってしまう。
俺が顎に手を当て考え事をしていると、芽依はきつく俺を叱りつける。
「思うんだけどさ、この際、悪夢かどうかなんてどっちでもいいじゃない。あなた勇次の友達でしょ? 親友でしょ? だったら素直に彼女ができることを喜ぶべきなんじゃないの? 競ってるのか何なのか知らないけどさ……」
今の芽依の言葉は、ぐさりと俺の心に突き刺さった。
俺は──我に返った。
確かにそうだ。俺は何をしていたんだ……
ここは親友である勇次を祝福してあげるべきなんだ! 悔しいけど。
勇次の喜びは、俺の喜びでもあるはず。
『おめでとう』と声をかけてあげるべきなんだ! 悔しいけど。
まだ完璧に受け入れることはできなかったが、ここで俺に名案が浮かぶ。
「そうかもな。芽依の言う通りだ! だったら、逆にこういうのはどうだろう? 俺の悪夢を、俺が正夢に──現実のものにさせてあげるんだ!」
「……どういうこと?」
「だから、俺があえて夢と同じシチュエーションを作ってあげるんだよ! 俺が勇次の店に客として行き、同じ場面を演出する!」
「なるほど! それは名案ね!」
「よし、そうと決まれば早速勇次にバイトのシフトを聞こう!」
俺はスマホを取りだし、勇次にメッセージを打った。
すると、芽依は小さな声のトーンで、俺に尋ねる。
「ねぇ、その場に私って居てもいいのかな? そういう話なら、ぜひ私もその場に居合わせたいんだけど……」
俺は今メッセージを打ってる最中で、あまり芽依の質問をしっかり聞くことができていなかった。適当に言葉を返す。
「う~ん……夢の中だと、確か俺は1人で店にいたんだよな。だから俺1人の方が確率はあがるんじゃ──」
まだ話してる途中にも関わらず、芽依は俺の話を遮り、もう一度同じことを尋ねた。
「ねぇ……誠人……私もいたら変なのかな? 大丈夫よね? 私がその場にいても。ねぇ?」
様子がおかしいと思った俺はスマホから目を離し、芽依の顔を見る。
「──!!」
か、完全に芽依の目が据わってやがる……
行きたいんだ。どうしても。見たいんだ芽依も。勇次の告白の瞬間を……
忘れてた……芽依の趣味のひとつである“ドラマ鑑賞”を。しかも好きなジャンルは“恋愛”。こんなもってこいの話はない。
「い、いいと思うよ! 芽依も一緒に行こうか! ははっ!」
俺は教科書に載せてもいいほどの、完璧な愛想笑いをした。
週末の賑わう居酒屋の中で、なぜかこの時だけは静かに感じていた。
『ははっ!』、『ははっ!』……
俺の愛想笑いが、店内全体に何度も響き渡る……
そんな気がしたのは、俺だけでしょうか?




