表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星が墜ちた夜から  作者: Guru
2章 悪夢との戦い
20/76

第19話 “正体”

 勇次は呆気にとられていた。


誠人(あいつ)、どうしたんだよ急に。今から芽依のとこにいくつもりか? 間に合うのかよ」


 目の前から走り去る誠人を、思わず目で追い続ける。

 しかし、不運にもそこで“あの瞬間”は訪れてしまった。



「きゃーーーーっっ!!!!」


 勇次は女性の悲鳴と共にその事実を知り、全身の血の気が引いた。


「やべっ!!」


 慌てて前を向くも、その目の前を人の影が通り過ぎていく。

 

「や、やっちまったーー!!」


 芽依の説得も虚しく、女性は自ら命を断ち、飛び降りてしまっていたのだ。

 しかも最悪なことに、勇次が僅かに目を離した隙に、女性は下へと落ちていってしまっている。



「あぁ……私はなんてことを……」


 芽依はがくりと膝を落とし、うなだれていた。



「くそっ……何のために俺はここにいたんだ!」


 勇次も芽依同様に後悔するも、柵に身を乗り出し、恐る恐る下を覗く。

 すると、そこには……




「誠人!!」


 “5階”から両手を伸ばし、1人で女性を支える誠人の姿があったのだ。


 女性は──助かっている!!

 大慌てで、勇次は誠人のいる5階へと向かった。



・・・



 俺は力一杯、女性の全体重を両腕で支えていた。

 

 俺の中にあった違和感は、“これ”だったんだ。

 目の前にある柵……この5階にある柵は、格子状(・・・)になっており、身を乗り出さなくても手だけは外に出すことができる。


 だから大人の女性を支えても、格子状の柵が壁となり、どれだけ下に体が引っ張られても、一緒になって俺が落ちることはない。



 思い返せば、俺達の悪夢の記憶は間違いだらけだった。


 時間のズレは置いておいたとしても、芽依が言っていた女性の落ちる位置は、だいぶ横に移動されていた。

 また勇次が言う、夢にはなかったはずの駐車場に停まる車。

 そして、俺が不審に感じていた6階にあった、やたらと綺麗な(・・・・・・・)柵──等々。


 あの柵はきっと、後から新しく取り付けられた物なのだろう。

 だからあの柵だけ他とは違って綺麗で、“形”すらも違っていたのだ。


 新しく付けられた柵は壁のように高く、格子状にはなっていなかった。

 そのため、全身を乗り出さないと手を伸ばすことができない。そんな体勢では人を支えることなど不可能だ。

 

 その違いに気付いた俺は、急いで下の階へと降り、何とかギリギリで落ちる女性の手を掴むことができた。



──しかし。

 これで、俺の悪夢との戦いは終わらなかった。


 落下する人物、差し伸べた手……

 あらゆる条件が一致し、俺にあの“トラウマ”が甦る。



『また失敗しちゃうの? また見捨てるんでしょ? 僕のように……』


 その声は、幻聴のように、俺の耳というよりは脳内に響き渡っていた。



 あの時の、男の子の声だ。

 なぜだろう……不思議と手の力が抜けるような感覚がある……



 このままではまずいと思った俺は、気合いを入れるようにして叫んだ。


「見捨てなんかしない! 俺は……助けるんだ! 絶対!!」


 手を掴む女性の顔が、うっすらと見える。

 頭に“死”がよぎり、恐怖が襲ったのか、大粒の涙を流していた。


 一度は死を覚悟したはずの、この女性。

 だが、俺の握る彼女の手からは、しっかりと“意志”を感じ取ることができる。


 手を離そうと思えば、それは簡単にできるはずなのだ。俺の手を叩いてでも振り払ってしまえばいい。

 けれども、彼女はそんなことせずに、俺の手を強くぎゅっと握っている。だから間違いない……



 “生きたい”──彼女はそう思っている。


 今は泣いて、うまく声が出せないだけで、その思いは俺にしっかりと届いている。


 だから……だから……


 死んでも俺はこの手を離さない!!



『無理しなくていいよ。もう限界なんでしょ? 離しなよ……手を離しちゃいなよ』



「違う……違うんだろ? おまえは、“あの子”なんかじゃないんだろ?」


『──えっ……』


 俺に聞こえてくる声が、一瞬だけ小さくなった気がした。


 俺は事故の後、病院で男の子と直接話をしている。

 あの事故の時は悪ふざけが過ぎていたけれど、本当はとてもいい子で、決してこんなことを言うような子ではない。


 今聞こえる幻聴も、昨日夢に出た闇へ引きずり込む男の子も……



 全部俺の後悔から生み出された、忌まわしき存在なんだろ?

 これもすべては、俺の心の声……なんだろ?


 俺は悪夢にも……自分にも……打ち勝たなければならないんだ!!



 正体を見破った途端、俺の頭の中で、ガラスが割れるような音がした。

 それと同時に、あの声が──消えた。



 手に力が入る!!

 しっかり……掴まってろよ!!



「うおぉぉっっっ!!!」


 雄叫びをあげながら、俺は精一杯の力で彼女を引き上げた。

 俺と同じ高さまで持ち上がった彼女は、自らの力で柵を越え、“こちら側へ”と戻ってくる。


「や、やった……!」


 俺の気の抜けた声を聞いた途端、彼女は俺に抱きついた。

 そして、まるで赤ん坊のように大声で泣き喚く。



「誠人!! やったのか!! おっと……」


 すべてが片付いたところで、ようやく勇次がこの場に辿り着いたようだ。

 しかし、踏み入ることができない領域だと悟り、俺達とは少し距離を取った。


「芽依に……無事だと教えてあげないとな」


 そうぼそっと呟き、勇次は階段の方へと姿を消す。



 ここで、さすがにこの大騒動に気付いたのか、5階の住人の何人かが、玄関の外へと出て来た。

 泣き続けて何も言えない彼女の代わりに、俺が事情を説明する。

 怪我もないように思えるが、念のため、救急車を呼んでもらうことにした。



 こうして、俺達は無事、女性を救出することができた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ