第18話 “間違い探し”
7階の最上階にて、柵を乗り越え、今にも落ちてしまいそうな女性。
それを下の階で見守る俺達。勇次には、その危なげな女性の姿が、はっきりと見えていた。
「や、やばいぞ! 誠人! 女性が落ちそうだ」
俺は慌てて上を見上げた。
さすがに身を乗り出している状態なら、姿を確認することができる。
「本当だ! これはやばいぞ!!」
想定していた場所と女性の位置は、いくつかずれていた。
俺は女性のいる、エレベーター側から数えて1番目と2番目の部屋の間まで移動する。
確か、芽依の話では3番目の部屋の前と言っていたが……これも記憶違いか?
疑問に感じた俺は、一瞬だけ目を離し、スマホで時間を確認した。
時刻は深夜2時19分。
──あれっ? 女性が落ちる時刻は、17分だったはずだぞ?
おかしい。すでに2分を過ぎている。
これまた、芽依の記憶違いか……?
いや、確か勇次も同じ時間だと言っていた。
2人が一辺に間違えるはずはない……
──待てよ。これって、もしかして……
俺はここで、1つの推測を立てる。
恐らくだが、芽依が現れ彼女に声をかけたことで、時間のズレが生まれてしまったのかもしれない。
何事もなければ、きっと17分に、“事”は起きていたのだろう。
こうなってくると、もう時間などアテにならない。ここからは悪夢にない、未知の世界の話なのだから。
あとはすべて、自分達の行動が鍵となってくるはずだ。
俺は万が一女性が落ちてもいいように、一度両手を伸ばした。
しかし、この目の前にある壁のような柵。けっこうな高さがある。
人が落ちないよう、柵はかなり高く設計されているのだ。低くなっていたら簡単に人が落ちてしまうため、それも当然の話ではある。
そのせいか、俺は中々うまく手を伸ばすことができなかった。
柵の最上段は俺の肩より高いため、身を乗り出せば、うまく手は出せそうだが……
この体勢で上から落ちる大人の女性を助けることなど、できるものなのだろうか……
このままではまずいと判断した俺は、すぐに勇次を呼んだ。
「勇次! もう場所は把握できるから、こっちに来てくれ! 落ちてきたら俺ひとりで支えられる自信がない」
「分かった! いますぐそっちに行く!」
こちら6階は、俺と勇次2人がかりで待つ。
あとは頼む……芽依。
──芽依のいる最上階。
動くことを制限された芽依は、言葉のみで説得を試みていた。
「ねぇ、何でそんなことするの? 大学生? 私達同じくらいの年齢だと思うの」
「…………」
優しく語りかける芽依に対し、彼女はだんまりを決め込んでいる。
それでも芽依は語り続けた。
「まだまだ人生これからじゃない。私達。さぁ、そんな危ないことはもうやめましょう」
「……あなたに何が分かるのよ」
「──えっ?」
「あなた、とても綺麗ね! 羨ましいくらいに……そんな人に言われても、何の説得力もないわ! さぞ、楽しい人生なんでしょ? 私の悩みが、あなたなんかに分かるわけがない!!」
『私にだって……色々悩みはあるわよ。この悪夢のことだって……楽しいことばかりが人生じゃない』
芽依はそう思ったが、ぐっと堪え、言葉を飲んだ。今、彼女を刺激してはいけない。
しかし、黙ってしまったのもいけなかったのか、彼女の怒りはヒートアップしていく。
「やっぱり……何も言い返せないんじゃない! 私なんて、いなくなった方がいいのよ!」
「──!! 待って!!」
勇次は俺の元へと大急ぎで駆けつける。
だが、俺は勇次に目をくれず、ある作業を黙々と行っていた。
片膝をつきながら、考え事をしていたのだ。
それが不思議に思えたのか、勇次は俺に問いかける。
「おい、何やってんだ誠人。自分から呼んどいたくせに無視すんな」
「わりぃ。それが、この柵……何かがおかしいんだよ」
「おかしいって……別に普通の柵だぞ? どこが変なんだ」
俺は暗がりの中、懐中電灯で柵を照らし続けた。
なぜかやたら気にかかるこの柵を、何度も何度も見直す。
やはり、何かがおかしい気がする……何かが違う気がする……
俺は夢の記憶と擦り合わせていった。
まるで間違い探しでもしているかのように、夢と現実の映像を比べ続けていく。
こんなに柵は高かったか? いや、高さは一緒か……じゃあなぜ……
余すことなく、柵を隅々まで見続けた俺は、ここでようやくある違いに気付く。
その違いは、大いなるヒントとなり、ひとつの答えを導きだしていた。
この柵……やたらと綺麗じゃないか? このオンボロのマンションにしては、綺麗すぎる……
──そうか!! そういうことか!!
閃いた俺は、全速力で走った。完全に持ち場を放棄する。
何も告げずに突然走り去る俺に、勇次はさぞ驚いたことだろう。
「おい! 誠人!! どこ行くんだよ!!」
「この場は、勇次に任せる!!」
「どういうことだよ! 説明しろよ!!」
ごめん、勇次。今は説明してる暇なんてないんだ。
彼女を救うには、ここじゃだめなんだ。急がなきゃ。
俺は……“あの場所”へと向かう!!