第17話 “深夜2時17分”
俺は用意していた懐中電灯の灯りをつけ、マンションの6階を道なりに進んだ。
すると、夢同様に道はVの字に別れている。
どうやら懐中電灯を持ってきたのは正解だったようだ。
このボロボロのマンションの蛍光灯は古く、明かりがついていてもだいぶ暗い。
俺は懐中電灯を照らしながら右方向を見た。
そこには通常とは違う、オレンジ色の照明の光が放たれている。
夢にもこの特殊な照明は存在した。ここまでは全く夢と同じである。
俺はそのまま右に曲がって先へと進み、3番目の部屋の前で足を止める。
芽依の情報によると、女性が落ちるのは、この部屋の前付近とのこと。
だから俺はここで待機することにするつもりだ。
しばらくすると、後方から強い光が放たれる。
──勇次だ。遅れてやってきた勇次が、俺を後ろから懐中電灯で照らしているのだ。
「勇次、1階はどうだった? 俺はここまでは夢と全く同じ感じだ」
「俺も同じだよ。というか、数日前に俺は一度ここに来てるしな。すでにその確認はできてる」
「あぁ、それもそうか」
「──でも、ちょっと変なんだ」
勇次が前にある柵の手すりに両手をかけながら俯く。俺は聞き返した。
「変って……何が?」
「駐車場の車だよ。俺が見た夢では、駐車場に車は停まっていなかった。それが今、何台か普通に停まっている」
「夢の記憶違いなんじゃないのか?」
「いや、そんなはずは……あまり思い出したくないが、そこは女性が落ちた位置になるんだ。だから車があったのなら、覚えてるはずなんだけど……」
話してるうちに勇次自身で気付いたのか、俺が言おうとした言葉を、そっくりそのまま勇次自らが口にする。
「まぁ、何だろうと関係ねぇか。下に落ちちまった時点で終わりだ。車があろうがなかろが、関係ない話だったな」
「あぁ、そうだな。俺達はそれを避けることを考えよう」
確かに勇次の言う記憶違いは気になるとこだが、落ちてしまっては元も子もない。
俺達は今できることを考えることにした。
事件が起こる時間は2時17分。気付くと、その時間は数分後だ。
俺達は今一度、集中力を高めた。
──同時刻にて。
一方、芽依は7階の左通路で待機していた。事件が起きる場所の、反対側の通路だ。
仮に芽依が同じ右通路で待っているものならば、女性は警戒して反対ルートに行く恐れがある。
そうなると、下で待機する誠人達が無意味となってしまう。
そのため、反対側の通路で待ち構えていたのだ。
しばしの間、芽依は懐中電灯を点けずに息を潜めた。すると、例の時刻の2分前。
エレベーターの開く音が聞こえる。寝巻き姿の若い女性が、予定通りVの路を右へと曲がって行くのが見えた。
そして、女性が一定の位置で止まったのを確認した芽依は、後ろから追いかけ、懐中電灯で女性を照らす。
「な、何!?」
女性は驚いた様子で振り返り、眩しさから両手で顔を隠した。
「こんな時間に、何をするつもり?」
芽依が女性に話しかけると、女性は慌てたのか、早口で言葉を返す。
「何だっていいでしょ! 誰よあなた? 見ない顔ね。ここの住人じゃないわよね?」
「私は芽依。あなたを助けに来たの」
芽依はそう優しい声をかけ、そっと女性に近づいていく。
「助けに来た……? それ以上近づかないで! こっちに来ないでよ!」
自分がこれからすることを先読みしていたかのように、芽衣は諭してくる。
彼女は芽依が怖くて怖くて仕方がなかった。
あまり大きな声を出すと、隣人が何事かと外へと出てきそうだ。
それはそれで、好都合なのだろうか?
いや、騒ぎを起こせば彼女はパニックとなる可能性も……
どちらの選択が正しいのか、芽依には分からない。
悪夢は予知夢として、いつも3人に訪れるが、その解決策まで教えてくれるわけではないのだ。
悪夢に打ち勝つ方法は、自分達で考えるしかない。すべての判断は芽依に委ねられる。
──その頃、下の階にいた誠人達は、上にいる芽依達の声が、しっかりと聞こえていた。
静まり切った真夜中だ。声は下の階にも簡単に響き渡る。
「声は聞こえるけど、どうなってるかまでは分からないな」
もちろん声は聞こえようとも、上の様子までは見えない。
ここで勇次は機転を効かす。
「ならば、ここは俺の出番だな」
元々勇次が夢で見た場所は、この階ではなかった。
自由に動くことができるとすれば、勇次の方なのだろう。
「おい、どこ行くんだよ勇次」
「まぁ、見てろって」
何かを思い付いた勇次は、反対側の通路まで移動した。
芽依達の位置が真上にあるから天井が邪魔して見えないのであって、ある程度距離を取れば、芽依達の位置も確認することができる。
「おし、ここなら芽依達の姿がばっちり見えるぜ!」
「なるほど。何か動きがあったら、俺に教えてくれ」
誠人達はそんなやり取りをしていたが、最上階は、未だに緊迫した空気が漂っている。
下の階の誠人達の会話が、芽依に聞こえていてもおかしくはない。
しかし、今の芽依にはふたりの声など届いていなかった。
どの選択が正しいのか、それだけを芽依は考え続け、その他すべてをシャットアウトしていたのだ。
しばし迷い続けた芽依は、1人で近づくことを選択した。
ゆっくり、ゆっくりと女性へと近づいていく。
「それ以上近づかないでって、言ってるでしょ! 近づくと……こうするわよ!!」
女性は柵をよじ登り、身を乗り出した。
もし、このまま手を離せば、簡単に下へと落ちてしまう体勢だ。
「──わ、分かったわ!! これ以上は近づかないから、変な真似はやめましょう?」
やはり、悪夢は避けることができないのだろうか……
さすがにこれ以上、芽依は近づくことはできない。
あとは言葉で、うまく説得するしかない。