第16話 “トラウマ”
俺達は悪夢に打ち勝つ。
そのためには、作戦を綿密に立てなければ。
まずは、それぞれの持ち場を決めよう。
「とりあえず、私は最上階でいいのかな? 女の子を説得してみるわ」
芽依は最上階に着く。
恐らく、夢を見た場所にいることが正しいのだろう。
ましてや夢の記憶など、一部は曖昧だ。
他の場所に着くには、リスクが高すぎる。
「そうなると、俺は6階……万が一落ちたら、俺が助ける形になるな」
俺は6階。
あとは勇次だ。
「じゃあ俺は1階か。でも下に落ちちまったら、どうすることもできねぇぞ?」
「ほら、防災訓練とかで見たことある、でっかいマットみたいなやつ? あれとか用意できないかしら」
「どこにあるんだよ、あんなでかいやつ。学校の体育館とかか? ただでさえ不法侵入なのに、用意するのなんて不可能だ」
そうなるとリスクは高いが、勇次も上の階に来るしか選択肢はない。
「ただ下で待ってても仕方ない。俺もどっちかの階に行くよ」
「それなら、誠人の方についてあげてくれる? もし自殺を食い止めるために説得するなら、人は多くない方がいい気がするの」
万が一として、殺人の可能性もあったが……
芽依いわく、周りには誰もいなかったそうだ。まず飛び降り自殺と見て、間違いないだろう。
それならば、年齢の近い同じ女性の芽依に任せるのが、一番いいのかもしれない。
結局、この後の話し合いの結果、勇次の持ち場は俺と同じ6階に決まった。
あとは火曜の深夜を迎えるだけ。
それぞれがあらゆる場面を想定して、イメージトレーニングをするのみだ。
・・・
──そして、火曜日を迎える。
しかし、ここに来て、俺は最悪なコンディションとなっていた。
昨夜、俺は──“あの夢”を見た。
夢の中で現れたのは、俺のトラウマとなっている、工事現場で救うことができなかった男の子である。
ーーー
『また会ったね。今度は……助けられるといいね』
今回の事件は、マンションから飛び降りる女性を助けること。
“落ちる”というキーワードが繋がり、俺の中にあった弱き部分が、甦ったのかもしれない。
『次は必ず助けてみせるさ!』
『本当かな? 今度は見捨てないでよ? 僕の時のようにさ……』
またもや男の子は、闇の中へと引きずり込まれていく。
今度は俺は、がっちりと男の子の右手を掴んだ。
だが、その闇は深く、俺の体ごと闇へと引きずり込む。
『ぐっ……持っていかれる……くっ……うぁぁぁっっ!!!!』
ーーー
闇に全身が染まったところで、俺は目を覚ました。
「チッ……また余計な夢を……」
これは予知夢でも何でもない、ただの悪夢だ。
俺はナーバスな気持ちになっていた。
果たして俺に、今回の事件の女性を救うことはできるのか?
いや、そもそもの問題として、彼女は助けを求めているのか?
あれは他殺ではく、自殺なのだとしたら、それは本人が望んでのことだ。
助ける方が、迷惑な話なんじゃないかって……
俺の心の中に、“負”の気持ちばかりが流れてくる。
俺がとことん弱気になっていると、スマホにはすでに2人からのメッセージが届いていた。そのメッセージに目を通す。
俺にとって寝起きにスマホを見るのは、習慣みたいなもの。だからそれは、何となくの感覚だった。
『必ず今日は成功させましょう! 私達が協力すれば必ずできるはず!』
『あぁ、絶対だ。不安や恐怖もある。でも、俺達は自分のやってることが正しいと信じよう!』
何となくの気持ちでスマホを見ただけなのに……
それでも2人のメッセージからは、熱い思いがひしひしと伝わってくる。
落ちている俺の心にも、しっかりと感じ取ることができるのだ。
弱気な俺とは、全くモチベーションが違う……
こんなにも2人は全力で取り組んでいるのか……
それを知った俺は、ハッとした。
やる前から弱気になってどうする……
そうだ……そうだよ! 芽依や勇次の言う通りじゃないか!
俺達は──間違ってなんかいやしない。
自分達を信じるべきなんだ!!
正直、これで俺にあったトラウマが完全に消えたわけではない。
だが、俺は2人のメッセージにより、勇気をもらうことができた。
そして、熱が冷めやらぬままに、俺はメッセージを返す。
『そうだな。何としても成功させよう!! 彼女のためにも……そして、俺達のためにも!!』
・・・
──時は流れ、時刻は深夜2時ちょうど。
事件が起きるであろう時刻の、約17分前。
事前に下見に来ていた勇次案内のもと、俺達はあの悪夢にあったマンション・スカイレジデンスに来ていた。
俺は玄関前でマンションを見上げる。
「ここか。7階建てだったんだな」
「誠人の夢に出たのは6階だったよな。最上階のひとつ下の階。確かにそれなら、落ちる女性を救うことができる」
「何言ってんのよ。そもそも私が、自殺自体を食い止めてみせるわ」
皆一斉に意気込むが、まずは時間までに、各々の持ち場の再確認から始めよう。
深夜の時間帯ともあってか、住人も外に出てくることはなかった。
そのため、簡単にマンションの中に忍び込むことができた。
俺は芽依と一緒に、エレベーターで上へと移動する。
勇次は念のため、夢で見た1階を確認しに行くとのことだ。
エレベーターが6階に止まり、扉が開いた。
「頼んだよ、芽依」
「えぇ。万が一の時は、その……お願いね」
珍しく芽衣が弱音を吐いている。あれだけ負けん気に溢れていたのに。
やはり芽依とて緊張し、恐怖と戦っているのだろう。
「あぁ、任せろ」
俺は芽依に不安を与えないよう、強がりながらも返事をし、エレベーターを降りた。
このエレベーターの前に広がるボロボロの壁、それに加え今にも消えかかりそうな“6”という文字。
間違いない。俺が夢で見たのは、このマンションだ。
俺は震える足を手で軽く叩き、今一度、気を引き締め直した。