第14話 “それぞれの視点”
開いたメニュー表には、知らないカクテルの名前ばかりが書かれていた。
芽依の前でかっこつけたい気持ちもある。“知ってる”をアピールしたい。
だが、俺がメニューで悩んでいると、芽依はすぐに“無理”を察したようだ。
「何頼んでいいか分からないんでしょ? オススメにするといいわよ。勝手に作ってくれるから」
「そうなのか……じゃあそれで」
これは大恥をかくところだった。
俺が潔く飲み物を決めると、勇次がスタッフにそれを頼んでくれた。
何だろう……やっぱり落ち着かないな。ソワソワが止まらない。
至るところが黒で埋めつくされ、ソファーの前にあるテーブルだけは真っ白だ。
テーブルの上にはミックスナッツがちょこんと置かれている。
これはしくじった。
ご飯類はあまり出なそうである。何か食べてくればよかった……
俺が腹の心配をしていると、店内をまじまじと眺めていた芽依が感想を述べる。
「こんな洒落たお店、よく勇次知ってたわね」
「かっこいい店だろ? ここのマスターと知り合いでよ。大衆酒場じゃ、“あの話”もできないと思ってな」
「なんだ、お友達のお店だったのね。通りで。勇次がチョイスしたにしては、センスが良すぎると思った」
「おい、芽依。失礼だぞ!」
2人がそんなやり取りをしていると、俺の前に飲み物が届く。
「揃ったな。とりあえず乾杯だ。なんだか……めでてぇ話じゃないみたいだけれど」
みんなで三角のグラスを合わせて鳴らし、俺はカクテルを口にした。
「あ、甘っ……」
思わず声に出てしまった。
どうやらお任せは、そのスタッフの雰囲気で作るらしい。
好みすら何も伝えてないが、俺の見た目的に酒は飲めないとでも判断されたのか? それは心外だ。
「じゃあ、早速あの悪夢の話をしようぜ。芽依はどうだった?」
勇次がこの場を仕切り、まずは芽依に話を振る。
「私の夢は、何階かは分からなかったんだけど、場所は最上階だった。顔は全部見えなくて、横顔だけが見えたの。多分、同じくらいの歳の女の子だったと思う。その子1人で、他には誰もいない状況だった」
正直、この時点で俺は驚いていた。
なぜなら、俺の見た悪夢は、最上階ではなかったからだ。
階数だけは、はっきりと覚えている。
俺の夢は“6階”だった。
もしかして、みんなそれぞれ見ている夢が違うのか……?
すぐに疑問をぶつけたかったが、ひとまずは芽依の話の続きを聞くことにしようか。
「時間は、深夜2時17分。日にちは恐らく、来週の火曜日よ」
「──えっ? 何でそんなに細かく分かるんだ!?」
黙って聞いていようと決めたのに、あまりにも驚きの芽依の発言に、自ずと俺の口は開いていた。
芽依は俺の質問に対し、左手に着けている“時計”をかざしながら答える。
「この時計を見たからよ。悪夢のために、日にちまで分かる時計を買ったの。見てる夢が予知夢と思ったら、すぐに時計を見ることに決めているのよ」
すごい……俺なんて悪夢を見ても、まだ夢か現実かの区別すらつかないのに。
そんな確認の方法があったのか……
芽依のピンクゴールドの時計には、今日の日付の数字が入っていた。
分かるのは日にちまでで、何月かは分からない。
月単位では分かりはしないが、悪夢が近々あるものだとするならば、来週の火曜で間違いないのだろう。
「さすがだな。芽依。芽依の言う通り、日にちと時間は間違いないと思う。俺も時計を見て確認したからな」
勇次も芽依と同じように、時計を見せる。
芽依同様、時計には日付が記されていた。
「でも妙だな……俺は最上階ではなく、1階のロビーだった。そこから何やら鈍い音が聞こえて、駐車場へと向かったら、すでに女性はもう……」
これまた勇次の見た景色も、全然俺とは違っているな。
俺と芽依の見た悪夢はビルの上と、それとなく近いものはあった。
夢の中の話だ。記憶違いも考えることができる。
しかし、勇次は1階。間違いようがないだろう。これでは全くもって話は変わってくる。
「じゃあ最後に、誠人はどうだった?」
「俺は、2人みたいにまだこの悪夢に慣れてないから、時間とか日にちは分からないんだけど……」
そう前置きした上で、俺は持っている情報を提供した。
俺がいたのは6階だったこと。
上の階から女性が落ちたこと。
参考になるかは分からないが、一番手前の部屋の外が、少し特殊な照明を使用していること。
──主に、この3点だ。
このそれぞれの情報から、俺達は結論付ける。
やはり俺達は、同じ事件をそれぞれが別の視点から見ている。
これらの情報を擦り合わせて行けば、あの女性を救うことができるかもしれない!!
俺達は一致団結し、女性の救出を試みることにした。