第13話 “眠れる羊”
久々に訪れた悪夢からの翌朝。
俺は目を覚ますなり、早速スマホを手にした。
昨夜見た夢をみんなに報告しようと、メッセージグループを開く。すると……
昨日まで何もなかったはずなのに、すでに1件のメッセージが届いていた。
それは芽依からのもので、俺はそのメッセージ内容に衝撃を受ける。
『おはよう。朝から暗い話になるんだけど、昨日私、悪夢を見たんだ。それは私と同じくらいの年齢の女性が、ビルから飛び降りる夢……最悪』
思わず3回も読み直してしまった。
どういうことだ……これは……
俺も昨夜、似た夢を見たぞ……
まさか俺達は、同じ悪夢を見ている!?
俺は夢の記憶を忘れないうちに、すぐにメッセージを残した。
『おはよう。信じられないかもしれないけど、俺も同じ夢を見た。年齢は分からなかったけど、女性が飛び降りる夢だ』
どうやら勇次はまだ寝ているみたいだ。
メッセージを読んだかどうか判断できる、“既読マーク”がない。
数分後、芽依から再びメッセージが届く。
『うそ? もしかして、私達全員が同じ夢を? 勇次はどうなのかな。勇次が見てれば、もうこれ確定ね……』
2人なら、たまたま似たような夢を見たなんて偶然があるかもしれない。
でも、3人なら間違いなく決まりだ。俺は勇次の返信を待った。
──けれど、じっと待っても仕方がないので、学校へ行く準備をしながら待つことにする。
正直、この時点でソワソワして気が気でないが、大学にも行かなければならない。
結局、勇次の返信があったのは、それから1時間後の話。
メッセージが届いた音を聞いた俺は、即座にスマホを手に取って、中を確認した。
『なんだかやべぇことになったな、これは。実は俺も見たんだよ。間違いない、俺達全員が、同じ夢を見てることになるぞ!』
やはりそうか……これで確定だ。
前回の飲み会で、俺達3人が会ったことにより、共鳴反応でも起こしたというのか?
理由は分かりはしないが、まずは情報の照らし合わせをしようということになり、俺達はまた集まることにした。
今週末、またあの同じ居酒屋で!
・・・
──約束の日の夜。
大学から帰った俺は、電車に乗って移動していた。
実はあの後、勇次からの提案で集合場所の変更があったんだ。
今回は内容が内容なだけに、不吉な言葉が飛び交う。
前回のガヤガヤと人が多い居酒屋では、話もしにくいことだろう。
また、前回は俺の家から近すぎた。勇次や芽衣は来るのが大変だ。
そのため、集まるのはみんなの中間地点の“東京”になった。
厳密に言えば中間ってわけでもないのだけど、俺の実家は埼玉といっても、東京よりの埼玉。
電車を何駅か乗っていけば、すぐに東京都内に入る。
芽衣も大学は都内だし、何かと都合がつきやすい。
もしかしたら、勇次が一番遠いのかもしれないな。
今回集まる場所は、某都内にあるバーだ。
なにやら、勇次の知り合いが経営しているらしく、色々融通が効くのだとか。
俺はスマホのマップ片手に、そのバーへと1人で向かう。
「ここか。“バー・眠れる羊”ってのは」
地図に印されたバーは、外装はすべてが真っ黒で、看板だけは白を基調としていた。
ピアノの鍵盤を彷彿させるような彩りだ。
正直、勇次からの紹介がなければ、決して足を踏み入れない店だろう。
酒自体は好きだが、そもそもバーというものをあまり好まない。
どうも、あの暗い雰囲気が馴染めないんだよな……
酒は明るい場所で飲んだ方が、その分、楽しく飲める気がするんだ。
──と、いくつもの言い訳を用意したが、本当の理由は違う。
そんなカッコいい店に連れていく、女性がいない……
たったそれだけの理由だ。
でも、今はそういったことにしていてくれ。
俺は少し緊張感気味で、バーの扉を開けた。
「いらっしゃいませ」
バーのマスターと思われる、カウンターの内に立った男性が、静かな口調で俺に挨拶する。
そして、ゆっくりとした足取りで、こちらへと近づいて来た。
年齢はさほど俺と変わらない気がする。すらっとした、イケメンマスターだ。
「お1人様ですか?」
「いえ、武藤で予約してるんですけど」
「あぁ、勇次のお友達。それなら奥になります」
マスターはニコッと笑顔を見せ、そこからは別の男性スタッフに代わり、俺は店の奥へと案内される。
VIPルームとでも呼べるのだろうか。
ただでさえ黒の内装に、黒のカーテンで隠された個室へと導かれた。
「こちらでお連れ様がお待ちです。ごゆっくりと」
「あ、はい。ありがとうございます」
俺は黒のカーテンを開ける。
「──なんだ。2人ともいたのか」
中を覗くと、そこにはすでに勇次と芽依の姿があった。
どうやら2人はすでに、先に着いていたようだ。
これまた黒のソファーにふたりは対面に座り、俺を待ち構えている。
「おっ、やっと来たか誠人。遅ぇぞ!」
俺はスマホで時刻を確認した。待ち合わせ時刻ぴったりだ。
「だから、勇次が早いんだっつーの」
「ほんとよね。私も5分前に着いたけど、すでに勇次はいたのよ」
よかった。芽衣がまともで。
俺はふかふかのソファーに腰をかける。
勇次はメニュー表を俺に手渡し、これから戦でも始まるのではないかというくらいの、威勢いい声をあげた。
「まぁ何でもいいや。飲み物決めたら、始めようぜ。俺達の悪夢に打ち勝つ話をよ!」