第12話 “悪夢、再び”
──翌日。
俺は昨日の飲み会のおかげで、1つの決心がついていた。
今までは悪夢をどう回避できるか、軽減できるかをずっと考えていたけど……
どうやら半年以上前から、悪夢を見続けている先輩がいるらしい。
これはもう、治そうとかどうとかの問題じゃない。受け入れるしかない。
そうなると、家族には迷惑がかかる。
夜な夜な、俺のうめき声には手を焼いていることだろう。
また、この前みたいに途中で妹に起こされても、それはそれで困る話だ。
だから俺は、1人暮らしをすることにした。
「えっ? あなたが1人暮らしを? 何でまた急に……」
想像していなかったのか、俺の提案に母は大変驚いてる様子だった。
「俺だって、もう20歳を越えてるしさ。1人立ちした方がいいかと思って」
「大学だって近いのに、する必要ないじゃない。お金はどうするのよ? 1人暮らしって、お金かかるのよ?」
「それは……またバイトでも始めるさ」
俺は先月、バイトを辞めたばかりで、それからは何もしておらず……
新しくバイトを探そうと思った矢先、悪夢にうなされ、手付かずにいたのだ。
「あっ! もしかしてあなた……この前の病院に行ったことと関係があるんじゃ……」
「まぁ……そうなるかな。特に異常はなく、何ともないって話なんだけど……原因はストレスとかなのかな……」
「ストレスって……だからね、急にひとり暮らしを始めるなんて言い出したのは」
「やっぱバレたか! これ以上、妹に迷惑かけたくなくて」
俺はひとり暮らしに話が持っていけるように、それなりの理由をつけた。
まぁ、この理由もあながち間違いではないのだけど。
「……そう。分かったわ。いい勉強になるのは確かだし、やってみなさい」
「ありがとう! 母さん!」
このようにして、俺は──
『家の近くに住むこと』、『無理そうだったらすぐに辞めること』
その2つを条件に、1人暮らしの許可を母にもらった。
実はこれ、妹の居ないときに、こっそり話してたんだ。
居るとこで話すものなら、きっと反対するだろうし。
物件探しにバイト探しと、これから大忙しになる。早速、取り掛からなきゃな。
・・・
それから3日が過ぎた。
あの飲み会は本当に悩みの解消になっていたのか、ピタリと悪夢は止まっていた。
せっかく作ったメッセージグループも、誰からのメッセージはなく、まっさらの状態。機能しないままだ。
今更だが、メッセージグループとは、例えば俺がメッセージを送れば、グループ全員がその内容を見ることができる仕組みになっている。
これでみんなと情報を共有できるってわけだ。
まぁ、悪夢は無いに越したことはない。
それはそれでいいことである。
──しかし、この日の夜。
俺は数日ぶりに、悪夢を見ることとなる。
ーーー
ぼんやりしていた景色が、徐々にくっきりと浮かびあがってくる。
どこだ、ここは?
エレベーターの中か?
どうやら俺は、エレベーターの中にいるみたいだ。
きょろきょろと中を見渡していると、エレベーターが止まり、扉が開いた。
『開いたな……とりあえず、降りてみるか』
“6階”と書かれた階に降りる。
正直なところ、このマンションは見た感じ、かなりボロい。
とても年季が入っており、築何10年とたっているはずだ。
今は真夜中だろうか? 辺りは相当暗い。
俺は暗がりの中、足下に警戒しながら道なりに進んでいく。
しばらく歩くと、廊下が左右に別れたV字路へと辿り着いた。
左右どちらの道の先にも、ずらりと部屋は並んでいる。
俺はそのV字路のちょうど分岐点に立ち、どちらに進むか考えていた。
すると、そこであるものが視界に入る。
『ん? なんだこれ』
何やら右廊下の一番手前の部屋の外に、他とは違う色の光が放たれているのだ。
その光に誘われるような形で、俺はV字路を右へと進み、光の前まで歩み寄っていく。
『──なんだ……ただの照明か』
だが、近寄ってみたところで、何てことはない。
その部屋の住人の単なる趣味なのか、他の部屋にある据え置きの照明とは違う、強いオレンジ色の蛍光灯が使われていただけだった。
その正体に拍子抜けした俺は、その場を振り返るが……
突然、目の前に“人影”らしき姿をとらえる。
俺はその姿に、思わず自分の目を疑った。
『おい……今のって……』
人影の何がおかしいのか? 住人が外にいても何らおかしくはない。
だが、その理由は簡単だ。なぜならその人影は……
上から下へと落ちてしまっていたのだ。
人が落ちないようにと立ててある、格子状の柵の外に。
『──もしや“飛び降り自殺”か!?』
事態を瞬時に把握した俺は、柵に顔だけを乗り出し、遥か下を見た。
そこには……
地面にうつ伏せとなり、血だらけになった女性の姿があった。
ーーー
「うわぁぁぁっっ!!!」
叫び声と共に、俺は夢から目を覚ます。
「くそっ……悪夢……予知夢か?」
嫌なものを見てしまった……最悪な気分だ。
やはり悪夢は、終わってなんかいなかった。また始まったんだ。あの悪夢の日々が。
「とりあえず……明日起きたら、メッセージグループに、この事を書こう」
そう考え、その日は再び寝ることにした。
──だが、次の日。
俺の身に……ある不思議な出来事が起こったんだ。