第10話 “もう1人”
「そうそう! 俺達以外、誰も信じてくれねぇんだよな!」
少し強めに、勇次は居酒屋のテーブルを叩いた。
芽依が勇次をなだめる。
「ちょっと……興奮するのも分かるけど、静かにしなさいよ」
「わりぃわりぃ! でも……この話をすると同時に──“あいつ”も思い出しちまうな」
あれだけ手を叩きながら大笑いしていた勇次が、一瞬にして静かになった。
手にしていたジョッキを完全にテーブルに起いて、寂しそうな顔をしている。
俺には勇次の気持ちがよく分かった。
なぜなら俺も勇次と同じように、寂しさを覚えていたからだ。
先程からずっと話題にあがっていた、あの大きな流れ星の話……
あの時いたのは、ここにいる3人だけではない。
実は──もう1人いたのだ。
“阿久津 智”
彼は四人の中でも、みんなのまとめ役。リーダー的な存在だった。
俺らは何をするにも4人いつも一緒。それくらい仲がよかった。
やんちゃな勇次。お節介な芽依。幼稚さが残る俺。
そんな3人からしたら、彼は随分と大人びていた。
同級生でありながら、なぜか兄貴であるかのような……
とりあえず迷ったら、智についていけば間違いない。それくらいの信頼があった。
──しかし、彼は…………
去年、亡くなった。
「智が亡くなって、もうすぐ1年か……未だに信じられないわ……」
アルコールが体に出やすい体質なのか、顔を赤く染めていた芽依も、どこか先程より紅潮がおさまって見える。
「事故だったよな……こんな事になるなら、もっと会っとけばよかったよ」
別れは突然訪れた。
智の家庭は勉強熱心で、俺達とは違う私立の中学校に通っていた。
それでも俺と勇次は仲良く、たまに遊んだりしていたが、高校入学の際に親の都合か何かで埼玉を離れた。
それを境に、ほとんど智とは会わなくなってしまったのだ。
でも、まさかもう2度と会えなくなるなんて……
確かに勇次の言う通りだ。
だったら、俺ももっと智と会っておきたかった。
今更嘆いたところで遅い話だが……
実のところ、こうして俺達3人が今集まっているのも、智のおかげというのもある。
智の葬式の際に、俺らは数年ぶりの再会を果たしたのだ。
久しぶりに皆の顔を見て、同窓会みたいになってしまうとは……なんとも皮肉なものだろう。
「何だか、しんみりしちまったな。別の話に変えようか。ほら、誠人も酒注文しろよ。グラス空いてるぞ!」
「あぁ、タイミング失っちゃってさ……何頼むか考えとくよ」
俺がメニュー表を開き、ドリンクのページを眺めていると、芽依が話題を変えるために、新たな話を切り出す。
「じゃあさ、ちょっと聞いて欲しい話があるんだけど。いいかしら?」
「おっ! もしかして恋愛相談か?」
暗いムードを和やかにしようとしたのか、勇次が茶化した。
「何言ってんのよ。そんな話なら、あなた達にしないわよ」
「失礼な! って、それもそうか」
何納得してんだよ。まぁ、俺達彼女いないし、事実か……
俺が心の中でそんなツッコミを入れていると、芽依はほんの少し、渋い表情を見せていた。
「けど、これもちょっと暗い話ちゃ、暗い話なのよね……」
「いいよ。とにかく言ってみろって!」
「そう? なら、話すけど……私、この数ヶ月くらい、頻繁に“悪夢”を見るのよ」
「──えっ?」
思わず俺の手は止まった。
俺はすぐさま聞き返そうとするが、それよりも先に、いち早く勇次が問いかける。
「その悪夢ってのは、具体的にどういう内容なんだ?」
「内容は様々なんだけど、悩んでるのは、そこじゃないのよ。何だかその悪夢……正夢になっていくのよ……」
マジか……これ……
同じじゃないか!! 芽依も俺と同じで、予知夢を見てる!?
『それ、俺もなんだ!』
そう、声を掛けようとした矢先──
勇次がテーブルを両手の掌で強く叩き、すっと立ち上がった。
「俺と同じじゃねぇか!! それ!! どうなってんだ!?」
「──えぇっ!? まさか勇次、おまえも!?」
予想だにしない展開に、俺は大声をあげる。
勇次はきょとんとし、うまく状況を飲み込めていない様子だ。
「おまえもって、どういう意味だよ……」
「だから、俺も同じなんだよ!! 俺もここ最近、毎日のように悪夢を──予知夢を見るんだ!!」
唯一冷静さを保っていた芽依が、現状を割り出す。
「もしかして……ここにいる3人、全員が悪夢……いえ、予知夢を──見てるってこと!?」