雨の精としずく
雨が降り続きます。
雨の精は、今日は南天の葉っぱに座っています。
白装束に、水色の薄絹の烏帽子をかぶった、小指の先くらいの可愛らしい子供で、手にはユリノキの種で作った笏を持っています。
南天の枝先に、たくさんの赤い実が実って、そのひとつひとつに、水晶玉のような雨のしずくがぶら下がっています。
しずくの中には、向かいの通りの家並みや、庭のすみの柿並木が、すっかり逆さまになって映っています。
「あの家には、逆さまに人が住んでいて、さかさまにご飯を食べて、逆さまの夢を見ているにちがいない。」
雨の精はそうひとり言を言って、しだいに大きくなったしずくが、南天の実から離れて根方の水たまりに落ちるのを見送りました。
「水たまりの家は、しずくの家と形が同じだけども、ずいぶん大きい。そして、やっぱり逆さまだ。だから、しずくの家の人は、手ぜまになったしずくの家ごと、水たまりの家に引っ越したのだ。」
そう言っているうちに、南天の実からは、また一しずく、雨粒がこぼれて、水たまりに落ちました。
雨の精は、南天の実にぶら下がったしずく、一つ一つに映った小さな家を見て、
「何軒引っ越しても大丈夫。水たまりの家では、一部屋が一つの国くらい大きいもの。」
と言いましたが、ちょっと小首をかしげると、
「もし、水たまりの家が、空き家じゃなかったら困るな。そういう時は、しずくの家の人たちは、『ちょっと屋根裏を間借りします。』と断わったり、近所に手ごろな空き家がないか、あっせん所を訪ねて回ったりするかもしれない。」
と付け加えました。
雨の精は、自分の思い付きが気に入ったので、足をぶらぶらさせて、南天の冷たい葉っぱをゆらしました。
すると、しずくの家の何軒かが、それならと、まとめて水たまりに引っ越しました。
おしまい
ずいぶん昔に書いた作品です。もう、いつ書いたのかさえ、忘れていたくらいです。
でも、読み返すと、すごく丁寧に、心を込めて書いているのが伝わって来ます。
忘れっぽいと、自分の作品を他者の作品のように新鮮に楽しめるのが良いですね。