第7話 依頼
部屋に入ったミノーラが初めに目にしたのは、椅子に座った状態で動かない人間の男だった。
ただ、その様子からしてリラックスしているとは到底言えない。
何しろ、四肢を椅子に固定されており、身じろぎも自由にできない状態だからだ。
また、口元には何らかの器具が取り付けられていて、何かもごもごと言っているようだが、言葉を聞き取ることが出来ない。
「彼は……?」
急激に身の危険を感じたミノーラは、なるべく目の前の女性二人を刺激しないように気を付けながら言葉を紡ぐ。
「はい、彼はとある森の中で捕縛した人間の男です。少し込み入った事情があったので、アナタと一緒に取引をしてもらうことにしました」
腕の中で暴れるサーナを容易く抑え込みながら答えるサチ。
その表情は相も変わらず“にこやか”だ。
「サーナさんが苦しそうですけど……?」
あまりに強く抱きしめているのだろうか、サーナはサチの腕を両手でひっかきまわしている。
そんな様子を見て流石にやりすぎたと感じたのだろう、サーナがようやく解放された。
「だはぁ……死ぬかと思いました……サチィ!! いつもいつもアタシを殺すつもりですかぁ!!」
「なんのことでしょう? そんなことよりも、早く話を進めてはいかがでしょうか?」
「……まぁ、いいや。全く良いところなんて無いんだけど、とりあえずは置いておくとするよ。確かにミノーラを待たせるのも悪いし、そっちの男にも話をしなくちゃだからねぇ」
そう言って自分を落ち着かせたサーナはミノーラにウインクをすると、拘束されている男の下へと歩み寄った。
男の隣に立ったサーナはミノーラに手招きをして近くに来るように促す。
少し警戒しつつも、彼女はサーナの隣へと駆け寄る。
「紹介するよ。彼はカリオス君。まぁ、『君』とつけるほど幼いわけでは無いけれど、便宜上アタシは彼をそう呼んでいる。彼の置かれている状況は至極単純。取引を断って、今にも命を落としかけたところをアタシが何とか拾ってやったってところかな?」
そんなサーナの説明の最中、カリオスと呼ばれた男は唸り声をあげながら暴れている。
今にもサーナに飛び掛かって噛みつきそうだ。
「……拘束は解かないのですか?」
暴れまくるその様子に若干の憐れみを感じた彼女はサーナに提案をする。
そんな提案に応えたのはサーナではなくサチだった。
「拘束を解く必要は皆無です。そもそも、命を取るのがセオリーなのですから。サーナは甘すぎるのです」
そんなものでしょうか?と疑問を残したまま、ミノーラはそれ以上の追及はやめることにした。
今は意味があるか分からない追及をするよりも、話を進めてもらった方が賢明だと判断する。
「アタシは甘くはないよぉ。って、そんなことはどうでも良いんだよ。いいかい、ミノーラ。これから本題に入るからしっかりと話を聞いてもらう必要がある。君にはこの男とチームを組んで、とある男を探してもらいたいんだ。君も会ったことのあるあの男だよ」
サーナはそこで話を切った。
おそらく、ミノーラが頭の整理をすることを望んでいるのだろう。
そして、その思惑通り、彼女は頭の整理をすることで手一杯だった。
あの男。
今の話で彼女が思いつく男は明らかにあの男しかいない。
ミノーラの仲間や家族を惨殺した、あの男。
その男はあの時、彼女に何らかの攻撃を加えたのは間違いない。
そうでなければ、突然全身が震えあがり、体が動かなくなるなどありえないのだから。
そしてそれは、彼女が抗う事のできる範疇を超えている。
しかし、サーナはあの男を探せと言う。
探してどうするのだろうか?
そこまで考えが及んだ時、再びサーナが口を開いた。
「大まかな内容の把握はしてもらえたかなぁ? 具体的に言えば、君の仲間を殺した男を探して、見つけて、殺してほしいんだ。それほど難しいことではないでしょう? それに、君もそれを望んでいるんじゃないかなぁ?」
「そ、それは、確かに仇を討ちたいですけど……私が敵うような相手ではないと思います」
「もちろん拒否してくれても構わない。どちらにせよ、アタシが取る行動は決まっているんだから、できれば引き受けてほしいんだけどなぁ」
先程までの冗談交じりの答えではない。
どちらかと言えば、対応するのが面倒だという意思の方が強いようだ。
だからこそ、彼女は引き受けざるを得ない。
「……わかりました」
その答えを聞いて、サーナはにっこりと笑みを浮かべる。
「ミノーラとは仲良くなれそうだぁ! よぉし、せっかくだから空に向かって吠えに行こう!!」
そう言って元気よく部屋を飛び出していったサーナ。
しばらく視線の行き場を探した末にサチと目が合ったのは言うまでも無い。
そんなサチは小さく肩をすくめると、サーナの後を追うように部屋を出て行った。
どことなく楽しげな表情なのだが、それが表面だけに見えて仕方がない。
ぺろりと鼻先を舐めた彼女は、思い出したように耳を掻き始めたのであった。