第55話 治療
マーカスとタシェルの隣を歩きながら、ミノーラは見たことのない街の様子を興味津々に見回していた。
見たことの無い物ばかりという意味では、以前買い物などをした王都と変わりはないのだが、このボルン・テールの街は、王都とは異なった意味で賑やかだった。
ミノーラにとって王都の印象は、住んでいる人々が楽しげにしていたというくらいだ。街並みもきれいに整っており、買い物を楽しむ人が練り歩く。
しかし、このボルン・テールは楽しげと言うよりも忙しないと言う方が彼女にとってしっくりきた。
街並みも王都のそれとはまるで違う。建設中の建物や何かを作っている人々が大勢いて、注意深く彼らの話している内容を聞いてみると、歓談ではなく、怒声や掛け声、真剣な話し合いが殆どであった。
「何してるんでしょうか?」
思わず思ったことを呟いてしまい、こっそりとマーカスの様子を伺う。どうやら聞かれていなかったようだ。
タシェルから静かにしているようにと言われるまで、彼女は自身が離せるという事実が異常なのだと言うことを忘れていた。
別にバレることは良いのだが、今はその話で時間を取られる訳にはいかない。一刻も早く大男さんを治療しなければならないのだ。
「どうかしたかい?ミノーラ。安心したまえ。もう少しで目当ての病院さ!ドクターファーナスならば、彼も瞬く間に直してもらえるよ。」
まるで彼女の心を読んだかのように話しかけてくるマーカス。危うくお礼を言いそうになったミノーラだが、グッと堪えた。
「私、ちょっと先に行って事情を話してきますね!」
そう言ったタシェルは、道を歩く人々の間を縫うようにして駆け、少し先の建物へと入って行った。そこが病院なのだろう。もう少しでドクターファーナスと言う人が、大男さんを治してくれる。
そう思うと、ミノーラは居てもたってもいらずタシェルの後を追い、駆け出した。
道を歩いていた人々が駆けていくミノーラを避け、カリオス達の前に小さな道が出来た。様々な視線を感じるが、それよりも今は目の前の建物だ。
彼女は建物の中から聞こえる物音で、二人の人間が出てくるのを待った。しばらくすると、扉がゆっくりと開き、タシェルに連れられた老齢の女性が現れた。
「あらまぁ。こぉんなに毛むくじゃらで。はてさて、ケガはしていないように見えるけどねぇ。」
左手の杖で体を支え、右手で眼鏡をかけなおしながら、その女性は言う。艶々の白髪をふんわりと結っているその女性は、優しい手つきでミノーラの左頬を撫で始めた。
その優しくも心地いい触り方に、身を任せそうになった彼女は、目的を思い出し、全身をブルブルと振った。
「おや?」
少し楽しげな様子のその女性に、隣で微笑ましそうに見ていたタシェルが告げる。
「ドクターファーナス。患者はこの子じゃないんです。今そこの方々が運んできているウルハ族の男性です。」
「あらまぁ、ごめんなさいね。もう歳だから。かわいらしいお客さんが二人も来て、動揺しちゃっていたわ。……あれまぁ!」
ようやく担がれた大男を見たドクターファーナスは、驚いた様子で口に手を当て、首を左右に振る。
「すぐに診察台に寝かせてあげなさいな。それと、ここまで運んでくださった皆さんにはあとで紅茶を入れましょうねぇ。ほぉら。おあがりなさい。あなたもよ。シルフィ。」
優しく告げて建物の中へと入っていくドクターファーナス。その後に着いて中へ入ろうとしていたミノーラの耳が、タシェルのつぶやきを拾った。
「……あれ?なんでシルフィを知ってるの?」
愕然としているタシェルを余所にマーカスをはじめとする面々がミノーラの後に続いて入ってくる。
「右の部屋のベッドに寝かせてちょうだい。私はちょっと準備するから。」
玄関を入ってまっすぐ続く廊下の奥から、ドクターファーナスの声が響いてくる。言われるままにマーカスが廊下を進み右側一つ目の扉を開けた。
そうして、カリオスを筆頭に、担いでいた面々によって大男がベッドへと寝かせられる。
そこでようやくタシェルが部屋へと入ってきた。
マーカスの部下を合わせると結構な人数になってしまう。おかげで部屋が狭く感じられた。
「ふむ。これではドクターが治療に専念できないではないか。仕方ない!我々は外で待っているとしよう。行くぞ!」
そう言いの残したマーカスたちは、ゾロゾロと建物の外へと出ていく。それと入れ替わるように部屋へと入って来たドクターファーナスは、よろよろと杖で体を支えながら、水の入った容器を持ってきた。
その様子を見たカリオスが容器を持ってあげなかったら、落としていたかもしれない。
「あら、ありがとう。おかしな口輪ね。暑くないのかしら?」
カリオスの口元を見たドクターファーナスがポツリと呟き、それを聞いたカリオスは苦笑している。
そんな様子を微笑みで流したドクターファーナスは、大男のベッドの隣にある椅子へと腰かけた。
「さて、始めましょう。お湯を作ってちょうだい。シルフィはとりあえずこのまま、彼の止血をお願いね。傷が大きいところから縫合するから。えっと、口輪のお兄さん。そこのガーゼをお湯につけて、私が指示する傷の洗浄をして貰えるかしら?」
ミノーラには何が起きたのか分からなかった。一つ分かったのは、カリオスが持っていた容器から突然、コポコポと音が聞こえ始め、瞬く間に湯気が上がり始めたという事だけだ。
その様子にカリオスも驚いているようで、動揺しながらも、言われたとおりにガーゼを手にしてベッドへと歩み寄っている。
「ドクターファーナス。やっぱりすごいなぁ……私もこうやって精霊術を使えたら良いのに。」
ポツリと呟いたタシェルの言葉から察するに、勝手にお湯が出来上がったのは精霊の力によるものなのだろう。
そーっとドクターファーナスのそばに近づき、何やら作業中の顔を覗き込んでみる。
そこには先程までのほんわかとした表情は無く、真剣に治療に取り組んでいる表情があった。
「なんか……カッコいいです。」
思わず呟いてしまったミノーラの言葉に気づかないほど、ドクターファーナスは集中して大男の治療を続けた。




