第49話 絶望
「おい!起きろ!」
掛けられた怒声と顔面の鋭い痛み、そして、両肩の強い圧迫感を覚えたオルタは、薄っすらと目を開けた。
「やっと目が覚めたか?」
十人程度の人間の男が彼を囲むように立っている。ここはどこか。何が起きたのか。それを聞こうとしたとき、彼は唐突に違和感を覚えた。
両腕の自由が利かない。万歳をするように挙げられた両腕が、壁の鎖で拘束されている。
言葉の自由が利かない。大きく開かれた顎が閉じられないように、きつく猿轡を噛まされている。
何が起きているのか。どうしてこんなことになっているのか。彼には全く分からなかった。
そんな様子の彼を見て、周囲の男たちが笑う。
「ようやく気が付いたか?おめぇは騙されたんだよ!アホだよなぁ。こんなところに病人を連れてくるわけねぇだろ?ちょっと考えれば分かるじゃねぇか。」
その言葉を聞いた彼は、目を見開く。そんなオルタの様子を見た彼らは、再び笑い声をあげた。
「でもやっぱり、ウルハ族は体が丈夫だよなぁ!あの男に気絶させられたってのに、ほんの数十分で目を覚ましちまうんだからよぉ!まぁ良い。いたぶってる最中に反応が無いのは面白くねぇからな。」
そんなことを言った男が一人、手に持った棒で肩を叩きながら近づいたかと思うと、思い切り振りかぶり、オルタの頬を殴りつけた。
強烈な衝撃と振動が脳を揺らし、一瞬意識が飛びかける。しかし、続けざまにわき腹を蹴り付けられ、苦しさで気を失えない。
どうやら殴られた拍子に口の中を切ったらしく、苦みが広がっていく。
「痛いか?痛いだろう?当然だよなぁ?殴られたんだからな。でもまぁ、お前らウルハ族は丈夫だからよぉ、俺たち基準の普通よりも厳しくいかねぇと、ダメだよなぁ。」
そんなことを一人が言ったかと思うと、他の男たちが同意するかのように、全身に打撃が加えられる。
なぜ、こんなことになったのか。理解できない。
分かるのは、全身の痛みと口に広がる血の味。そしてこのままでは殺されてしまうかもしれないという事だけだ。
しばらくの間、淡々と暴力を振るわれる時間が続いた。意識が飛びかけ、そのたびに全身の痛みで覚醒する。それを何度も繰り返した。
鼻や口から血液が垂れ、自身の足元に血だまりが出来ているのをぼんやりと眺める。暴力が始まってから数分間は働いていた彼の思考は、次第にぼやけ始めた。
そんな様子を見て取ったのか、男たちは手を休め、代わりに口撃を始める。
「おめぇも馬鹿だよなぁ。本当にバカだ。自分じゃ何もできない大バカ者だ。だから厄介払いされちまうんだよ。新しいところで働いていたと思えば、裏切られて利用される。」
彼に投げかけられる言葉は、とてつもないほどに軽い言葉だった。普段のオルタであれば、激昂こそすれど、真に受けたりはしない。何か文句でもあるのかと言い返すだけの気力はあっただろう。
しかし、それらの言葉は、まるでスポンジが水を吸収するかのように、オルタの心に浸透してゆく。
「お前はいつもいつも利用される側の存在だ。利用されて、搾取されて、何も与えられることは無い。そんな、いてもいなくてもいい存在だ。そうだろ?オルタ。」
オルタの心に浸透していったそれらの言葉が、少しずつ容積を増やしていく。それを狙っているかのように、男たちは言葉をかけ続けた。
「お前はしょうもない存在なんだぜ?それは、お前が一番理解してるんだろ?誰かに与えてもらえるような男じゃ無い。」
その言葉を皮切りに、再び暴力の嵐が始まる。鉄の棒だろうか?一人の男が持っているその棒が彼の頭を何度も叩き、他の男たちの蹴りが鳩尾やわき腹目掛けて繰り出される。
そのうちの一発が、腹部を強烈に圧迫し、彼は強烈な吐き気に襲われる。当然、抑えることなどできずに、吐しゃ物をまき散らしてしまった。
「あーあぁ……汚ったねぇなぁ。」
自身の血液と吐しゃ物が混ざっていく様をぼやけた視界で見つめていると、自身の瞳から涙が零れ出していることに気が付いた。
このまま、どうなるのだろうか。殺されてしまうのだろうか。
状況も理由も分からず、ただ、男たちの発する言葉だけがオルタの頭を支配していく。何もできない。いてもいなくてもいい存在。大バカ者。汚い。
確かにそうだ。
仕事も、今の仕事が向いているとは到底思えないし、友人だと思っていた男に騙され、こんな目にあっているし、今まさに殺されようとしている。
彼が居なくなったとして、誰が困るだろうか。
シフトの代わりは、誰にだって勤まるだろう。
居なくてもいいのだろう。
そんなことを考えると、涙が溢れてきたのだ。
「おいおい、泣くなよ。泣いたところで、誰も助けには来ないぜ?まぁ、安心してくれ。お前にはもう少しだけ生きていてもらうからよぉ。」
もう少しだけ生きていてもらう。
それが、どういう意味を持ったものか、オルタには判断できなかった。ただ、今すぐに殺される訳では無いと分かった時、彼は、少し安堵している自分に気が付いた。
「よーし。次はあの女だ。楽しみだなぁ。俺は女をいたぶるのが一番好きなんだよ。」
その言葉を耳にした瞬間、オルタは先ほどの安堵など消し飛ぶほどの絶望を、胃の奥深くに感じた。
そうして男たちを見上げるオルタに気が付いたのか、男たちは、悪意の籠った目つきのまま告げる。
「なんだぁ?参加したいのか?悪いな、声だけで愉しんでくれ。」




