第5話 取引
「これは何ですか?」
「椅子と机だよぉ。あ、小さいほうが椅子で、大きい方が机ね。椅子にこうして座って、食事をする場所なんだよ」
サーナが初めに彼女を連れてきたのは食堂と呼ばれるところだった。彼女以外にも大勢の人間がいて、椅子に座って食事をとっている。
そんな様子を物珍しく見回していた彼女は、自分の方がこの場所の人間にとって物珍しいのであると自然と悟らざるを得ない。
そんな彼女を余所に、手に持ったパンを口に運びながら、サーナは説明を続けた。
「まぁ、アナタにはあまり馴染みのない文化だと思うけど。あたしたちはこうして座って食事をするんだよ。ところで、何か食べたいものはあるかい?」
「……お肉とかありますか?」
少しためらいを覚えたのだが、空腹には耐えられない。思えば、狩りの途中であんなことになってしまったため、しばらく食事をしていないことになる。
そういえば、あの日からどれだけ時間が経っているのだろう。
正直、サーナがあの男の仲間である可能性は非常に高い。しかし、ここがどこで、あれからどれだけの時間が経ったのか、自分の置かれた状況を完全に把握できていない現状で、後先考えない行動をとることが彼女には出来なかった。
「どうしたんだい? そんなに凝視しないでおくれよ。あたしはこう見えてもシャイなのさ」
そんなことを言うサーナを改めて観察する。
背丈はそれほど高くないだろう。周りの人間と比較しても小さい部類だ。また、特徴的なのはその毛髪の色か。真っ白な長い毛髪が肩口で切りそろえられている。
周囲の人間は黒色なのだが、なぜ彼女だけ白色なのだろう。
「いえ、なぜサーナの毛髪は白いのかと思いまして」
「ほほう! むしろあたしが聞きたいね! アナタにとってなぜあたしの髪が白色に見えるのか…って、なるほどです! 納得しました! アナタにとっては白と黒以外の識別はできないのではないですか!? どこかの誰かが書いていた論文で見たことがありますねぇ! 人種及び亜人種以外の多くの生物は色の識別範囲が極端に狭いという内容のどーでもいいものだったんですが、いやはやこうして意思の疎通ができるとなると大きな問題になりますね! 」
何気ない質問のつもりだったのだが、予想以上にサーナは白熱している。内容について、理解できる部分が少ない分、非常にややこしい。
そうこうしていると、いつの間にかサーナによって頼まれていた肉が運ばれてきたため、食事にありつくことにする。
あまりにも食欲をそそる香りのため、自然と尻尾が左右に動いてしまうが、これはどうしようもないことなのだ。
そんな彼女をサーナはじっとりとした目で見つめている。
「……ところでアナタ、名前はなんていうのですか?」
「私に名前はありません」
「名前が無いのは不便ではないのですか? それとも、それを補う何らかの方法を会得してるとか!? そもそも、どうやって意思の疎通をしているのですか? むぅ、気になることばかりですが、今は我慢しましょう。時間もあまりないようですし、そろそろ本題に入りたいと思います」
サーナは自身を抑えるように両手で頬を叩いた後、打って変わって真剣なまなざしで話し始めた。
「あたしと取り引きしませんか? と言うか、しないと殺さないといけないので、取引しましょう!」