第47話 用件
ミノーラとカリオスがボルン・テールに到着する一日前。
オルタは、昨晩クロムから預かった薬の小瓶のことなど、すっかり忘れてしまっていた。
いつものように朝から坑道へ入り、つるはしで岩壁を削っていく。しばらく削ると一度手を止めて足元に転がっている鉄鉱石を拾い集め、背負っている籠に放り込む。
作業内容としては、その繰り返しだ。
ただし、クラミウム鉱石が出た場合は、そういうわけにはいかない。
つるはしを振るうたびに鳴っていたカーン、カーンと言う音が、時折鳴らない時がある。まるで、衝撃が吸収されたかのように。
その場合は、つるはしが当たった場所にクラミウム鉱石がある証拠だ。
まずは、あまり衝撃を与えないようにしながら、クラミウム鉱石の範囲を特定する。つるはしから小ぶりなハンマーに持ち替え、クラミウム鉱石があると思われる範囲を軽く叩くのだ。
「拳くらいの大きさ……結構大きめだ。」
ハンマーとタガネでクラミウム鉱石周辺の岩を削って行き、ある程度の形を整えると、岩壁から切り出す。
そうして切り出したクラミウム鉱石は、専用の入れ物に入れて、他のクラミウム鉱石に触れないように保管する。
「今日は中々集まったな。」
鉄鉱石で一杯になった籠とクラミウム鉱石を入れた腰袋に目をやり、彼は一人頷く。
「よし、一旦上がるか。」
近くに掛けていたランタンを手に取り、坑道の入口に向かって歩き出したオルタ。空腹を感じつつ、野太い鼻歌を奏でながら歩く彼の姿は、どこか間の抜けた様子に見えた。
整備されていない坑道を、彼は硬い素足で歩いていく。そこだけを見れば、彼らウルハ族がこの職場に適しているように見える。
しかし、巨体を折り曲げるようにして坑道を歩かなければいけないため、決して向いている仕事では無いと誰もが感じるだろう。
「別の仕事探すかなぁ……腰がいてぇ」
元々彼はこの坑道で働いていたわけでは無かった。本人には自覚が無いのだが、彼はあまり頭が良いわけでは無い。
元々大工として働いていたオルタだったが、力仕事は出来ても構造設計や測量などと言ったものが苦手であり、当時の親方に使い物にならないと判断されてしまう。
しまいには口の上手い親方と今の雇い主に言い包められた彼は、結果として坑道で採掘を行なっているのだ。
それでも、持ち前の能天気さと頑丈な身体で仕事をこなし、今では雇い主のお気に入りである。
まぁ、そんなことは、当の本人が知るわけもないのだが。
肩や腕を坑道の壁にこすりつけながら歩くこと数十分。ようやく坑道の入口へと続く階段に辿り着いた彼は、今まで以上に軽快な足取りで階段を進んだ。
やはり、地上の方が好ましい。
階段を上り切った先は、作業場と小さな倉庫を兼ねた小屋に繋がっており、採掘した鉱石は、一度ここで保管することになっている。
鉄鉱石とクラミウム鉱石をそれぞれの決められた箱に放り込んだオルタは、一旦外の空気を吸うために小屋を出た。
彼の居た小屋と同じ小屋が、まるで整列をするように並んでいる。そのどれもが別々の坑道へと繋がっているのだ。
ちなみに、オルタが担当している坑道は第三坑道と呼ばれている。
「オルタ!丁度良かった!お前に客だぞ!」
第三坑道の小屋の前で背筋を伸ばしていたオルタに、採掘場の本部から声がかけられる。
何事かと声の方に視線を向けると、この採掘場でリーダーをしている人間の男と、昨晩話をしたばかりのクロムが立っていた。
「クロムじゃないか!どうした?昨日の今日で何かあったか?」
二人の元へ駆け足で向かいながら声を掛ける。その問い掛けに、クロムは短く答えた。
「何かあった訳ではないですけど。明日少し手伝って欲しい事がありまして。空いてますか?」
「俺はまぁ、休みを取れるなら構わないぞ?」
そう言いながら、オルタはクロムの隣でニッコリと笑っているリーダーに視線を投げた。休みを取れるかどうかは、彼に確認する必要があるのだ。
「おう、良いぞ。休め休め。久しぶりの友人との再開を邪魔はできないからな。」
「ありがとうございます。」
正直、オルタは休みが取れるとは思っていなかった。予想外の展開に、少し驚きつつも、素直に喜ぶことにする。
「私からも感謝します。と言うことで、オルタ。明日の朝、精霊協会前で落ち合おう。詳しい事はその時話す。」
事務的にそれだけを述べると、クロムは軽く会釈をして、その場を去って行った。
「何の用があるんだ?まぁ、明日になれば分かるか。」
「おいオルタ、早く仕事に戻れ。時間は有限だ。ノルマを達成できないなら、給料から引くぞ!」
「勘弁してくださいよ。すぐに戻ります……。」
いつもの様子に戻ったリーダーに睨まれ、駆け足で第三坑道へと戻るオルタ。作業を続けながらも、クロムの用件のことばかり考えていた彼は、当然のごとく、ノルマを達成することが出来なかった。




