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マナリウム ~私、狼だけど神様を目指しても良いでしょうか?~  作者: 内村一樹
第3章 狼と精霊術師

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第44話 日常

 ミノーラとカリオスがボルン・テールに到着する二日前のこと。


 タシェルは自室に入ると同時に、固く結われた髪を解き、自由を感じた。


「はぁ……。疲れた。なーにが『精霊術師になる自覚があるのか!』よ。自覚なんてなくても、話せるんだから良いじゃない!ムカつく!」


 鬱憤を晴らさんとばかりに愚痴をこぼしながら、流れるような動作で窓のカーテンを閉め、着替えを始める。


 先程まで着ていた精霊協会の制服を脱ぎ捨て、クローゼットに掛けてあったワンピースを纏う。


 洗面台の鏡を眺めつつ、足元のバケツから桶に水を汲み入れると、それで顔を洗った。


「あとで水汲みに行かなきゃ。怠いなぁ。」


 彼女の住んでいるこの二階建ての建物は、協会の寮である。見習い精霊術師の彼女がここに住み始めて二年。一階の貯水層からバケツで水を汲んでくるのにはそろそろコリゴリしている。


「一階に部屋を代えてもらおうかな……ううん、ダメ。やっぱダメ。シルフィと話が出来なくなっちゃう。でもなぁ……。」


 そんなことを呟きながら、顔と手を拭き、余った水は洗面台に流した。


 のそのそとベッドへと向かって歩いた彼女は、重力に任せて体をベッドへと沈めた。最近干すこともできていないためか、特別フカフカと言うわけでは無い。


 それでも、彼女を眠りへと誘う力は格別だった。


 ウトウトと意識が遠のいていく心地よさを感じていた彼女は、窓をコンコンと叩く音で目が覚める。


「……シルフィ!」


 覚醒とはこのことを言うのだろう。音の正体を思い出した途端、頭がスッキリと冴え渡り、心なしか身体も元気を取り戻している。


 先程閉めたカーテンを勢いよく開け放ち、ベランダに現れた友達と視線を交わす。


「シルフィ、今日はずいぶんと早かったね?何かあったの?」


「なにも無かったから!早く来てみたよ!嬉しい?ねぇ嬉しい?ねぇタシェル!早くおしゃべりしよー。今日は何があったの?」


「うん。嬉しいよ。聞いてくれる?今日ね、嫌なことがあってねー。」


 タシェルは自室のベランダに置いてある小さな椅子に座り、ベランダの手すりで軽快なダンスを踊っている風の精霊シルフィに今日の愚痴をこぼし始めた。


 これが、彼女の日課である。


 ちなみに、シルフィの能力で彼女達の会話が他の人に認識されることは無い。少し騒がしいくらいには聞こえるだろうが、話の内容を理解されることは無いのだ。


 それ故に、気兼ねなくおしゃべりができる。


 そして、シルフィにはもう一つ能力があった。


「ねぇ、シルフィ、あの辺はどう?」


「うん!任せて!」


 タシェルが街の方を指さしながらそう言うと、シルフィは何やら一点を凝視し始めた。


 途端に、声が聞こえだす。


『こら!あんたまた!何回言えば分かるんだい!』


 怒鳴る女性の声が聞こえて来たかと思えば、狼狽える男性の声も少しだけ聞こえた。


「あははっ!誰か怒られてる!何したんだろうね?」


「あはは!ねぇ、楽しい?タシェル楽しい?」


「うん、楽しいよ。次は、あ、そこの、寮の前を歩いてるウルハ族の男の人は?」


「いいよ!」


 そう言うと、シルフィは寮の前を歩いているウルハ族の男を凝視し始めた。


 が、特に何も聞こえない。


「うーん、まぁ、一人だから喋ってないかー。」


「仕方ない!仕方ないよ!あ、何かしゃべるよ!」


 ワイワイとはしゃいでいたシルフィがそう告げた直後、一言だけ声が届いた。


「可愛いなぁ」


 何の脈絡もない言葉に、タシェルは一瞬狼狽たものの、別に自身に向けられているわけでは無いのだと改めて考え直す。


「タシェル!可愛い!タシェル!可愛い!」


「ちょっ!やめてよシルフィ!絶対違うじゃん!なにか、そう、猫でも通ったんだよ。」


「タシェル照れてるー!」


 ここぞとばかりに弄ってくるシルフィはいつにも増して楽しそうだ。そんなシルフィの様子を見て、彼女も笑う。


 そうして、その日も日が落ちるまで語り続けた二人は、流石に迷惑になるので解散する。


 いつもの通りの流れ。その中で、彼女は自身の身に迫る危機など知る由もなく、無情なほどに、時だけが流れていった。

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