第99話 直勘
「亀ですか!?その亀さんは私と同じように、言葉を話したりはしませんでしたか?実は、その亀さんに会いたくて、私たちはここに来たんです!」
ハイドの言葉にいち早く反応したミノーラが、興奮気味に問いかけている。
突然の勢いに流石のハイドも驚いたのか、戸惑いを隠せずにいる。
「いや、その亀は話さんかったばい。」
必然的に短くなった彼の言葉を聞き、ミノーラは落ち込むわけでもなく、期待のこもった目で海を眺め始めた。
「ハイドさんが会った亀さんは言葉を話せなかったとしても、言葉を話せる亀さんがいる可能性はありますよね。」
それっきり、ミノーラは無心で海を眺め始める。タシェルも同じように海面をじっと眺めてみた。
キラキラと揺らめく海面と、同じリズムで浮き沈みする小舟。初めは手前の方に視線を固定していたのだが、揺らめく海面を見ているうちに、少しずつ視界が開けていく。
途端に、海の圧倒的なまでの広さと大きさを感じると共に、心なしか、全身に浮遊感を覚え始めた。
何故だろう。まるで魔法にかかったようにフワフワとする頭を軽く振ってみると、弱い吐き気に襲われる。
「……ふぅ。」
すぐさま船の中へと視線を戻して、深呼吸をする。そんなタシェルの様子を見ていたのか、ハイドがぶっきらぼうに告げた。
「海面をじっと見るな。船酔いするぞ。」
「……もう遅いです。ちょっと気分が悪くなりました。」
「吐くなら海に出してくれよ。ニオイでこっちまで気分悪くなるけん。」
ハイドという男は一言多いとよく言われてそうだ。と感想を抱いたタシェルは、ひたすら前を見て漕ぎ続けるハイドがどこを見ているのか気になった。
ゆっくりと背後に近寄り、視線の先を追ってみる。
「なんだ?」
タシェルの気配に気が付いたのか、ハイドが振り返ることなく問いかけてきた。
「あ、いや。ハイドさんはどこを見てるのかなと思ったので。雲を見ているんですか?」
かなり遠い空の雲に向けられている彼の視線を指摘すると、一つ息を吐いたあと、こちらを横見しながら応えてくれる。
「島に近づくにつれて、風が強くなってる。それに、雲の量も段違いに増えてるように見えるけん、そろそろ海が荒れ始めるばい。絶対に船から落ちないように、どこかに掴まれ。精霊の力も心なしか弱くなってるみたいやしな。」
「え?」
ハイドの指摘を受けて初めて、タシェルは先程よりも船の揺れが大きくなってることに気が付いた。
嵐に近づいているから、シルフィの力でも抑えきれないのだろうか。そう考えていた矢先、海面からシルフィが飛び出してくる。
「タシェル!タシェル!ここ変なの!吸い込まれるの!」
「シルフィ?どうしたの?吸い込まれる?何が?」
珍しく慌てている様子のシルフィが、矢継ぎ早に言葉を並び立てる。
「風も水も、いろんな物が吸い込まれてるの!島!あの島!いるの!きっといるの!」
「シルフィ落ち着いて。島に何がいるの?」
「アタシと同じ!いるの!アタシ分かる!アタシより大きい!風も水も引き寄せてる!アタシじゃ抑えられない!とっても強いの!」
シルフィと同じで、大きな何かが目的地である島にいる。シルフィの言葉を頭の中で整理したタシェルは、シルフィの言わんとすることを、なんとなく察することが出来た。
「シルフィよりも力の強い地の精霊が、島にいるって事?引き寄せるってことは、マイナスの力エネルギーって事だったっけ?どうしてこんなところに精霊が?」
一つ謎が判明したことで、いくつかの疑問が発生する。そんな疑問を今一度整理しようと頭をフル回転させようとしていたタシェルに、ミノーラから声が掛けられた。
「タシェル!」
「今度は何?まさか、亀がいたの?」
「いいえ、亀さんはいないんですけど、見えるようになりました!今タシェルの肩に乗ってるかわいらしい精霊が、シルフィですよね?」
咄嗟に肩のシルフィに目を向けると、そこにシルフィがいることを確認できる。ハリス会長の話では、姿を認識できるのは契約者だけだという話だが……。
少なくとも、ミノーラの口調から察するに、嘘はついていない。本当に見えているのだろう。
「もう、何がどうなってるのよ。いろいろ訳が分かんない。」
完全に混乱する頭を整理しようと愚痴をこぼしてみるが、一向に頭が冴え渡ることは無く、分からないことが頭の中をぐるぐる回るだけだった。
島に精霊がいる理由、その精霊がシルフィよりも強い力を持っている理由、ミノーラが突然シルフィを視認できるようになった理由。
それらが頭の中で混ざり合い、絡まり合う。
一旦落ち着いて考えよう。と上空を見上げたタシェルの頬に、雨粒が一つ落ちてきた。
「本格的に荒れるばい!しっかり掴まれ!」
ハイドの言葉で一気に現実に引き戻された彼女は、ここに来て初めて思い出す。
そもそも、落ち着いて考えられるような場所にいないのだ。先程まではシルフィのお陰で船の揺れも収まっていただけなのだ。
「ミノーラ!今はとにかく!島に着くことを考えよう!」
徐々に高くなる波に煽られ、小舟が大きく上下する。加えて雨風がタシェルやミノーラの全身をゆすり、体力を削っていく。
シルフィが風を弱めてはくれているようだが、先ほどまでに比べて明らかに効果が薄い。
島に向かって吹く風と徐々に加速していく小舟の様子を確認したタシェルは、確信する。
島には本当に精霊が居るのだと。
海神の正体がその精霊なのか定かではないが、一つ確かめるべきことがあるだろう。船の縁にしがみついたまま、雨でかき消されてしまいそうな島に目を向ける。
嵐を作っているのは、この精霊ではないだろうか。
理由も方法も分からないけれど、彼女の勘がそう告げていた。




