第10話 元凶
状況を理解していないまま、話だけがトントン拍子で進んでいく。
それがどれほど恐ろしいことなのか、カリオスが理解するのに時間は左程必要ではなかった。
必要ではなかったが、せめてもうワンテンポ遅く進んでくれればいいのにと、心の中で独白する。
自身の右腕に装着されている籠手を撫でながら、周囲の状況を見渡す。彼らは今、王都の市場へとやってきている。
サーナによる装備の講座が終わり、出発の準備として食料などの調達にやってきたのだ。
勿論、彼らと言うからには、カリオス一人ではない。
ミノーラと言う狼と一緒に来ている訳なのだが……彼はいまだにその狼のことを理解できていない。
そもそも、なぜ言葉を発しているのか?彼の知る限り、狼は言葉を発することなどない。
それに、言葉を発するだけではなく、人間と会話が成り立っていることも見逃せない疑問点なのだと彼は思っている。
その辺、本人がどのように思っているのか直接、問い質したいところではあるが、それは実現することが出来ない。
彼は尋問の過程で謎のマスクを口元に取り付けられており、それのせいで発声することが出来ないのだ。
少し呻くことならできるが、それは意思の疎通には使えない。
「わぁ、おいしそうですね! なにか食べましょうか?」
彼の傍らで物騒なことを言っているミノーラ。いったい何を食べるつもりなのだろうか?
様々な屋台が出ている中、彼女はちゃんと屋台に並んでいる食べ物を見て言っているのだろうか。
間違っても、市場を練り歩いている大勢の人間を見て言ってはいないだろう……。たぶん。
「カリオスさん? もう足の具合は大丈夫ですか? 食料を買うのは私がするとして、私では荷物を持つことが出来ないので、カリオスさんにお願いしたいのですが」
彼が思う以上に彼女は理性的な考え方をしているようだ。そんなことを考えながら、彼は足を軽くさすり、問題は無いと頷いて見せる。
これでちゃんと伝わっているか定かではないところがなんとももどかしい。
「とりあえず、あのケバブってやつを買いましょう! きっとおいしいですよ!」
どうでも良いが、ミノーラの尻尾は非常に分かりやすく心情を現しているなと思う。
「さあ! 行きましょう!」
尻尾をブンブンと振りながら駆けて行くミノーラに置いて行かれないように、彼は早歩きで屋台まで向かう。
食料も大事だが、衣服や装備品なども見ておく必要があるだろうか。今のところ、人を探すという目的以外、何もわかっていないのだ。
それはつまり、四方八方どの方角に向かうのか決まっていないことを意味している。だからこそ、どんな場所に向かっても大丈夫なようにしなければならない。
……のだが、カリオスにそんな金があるわけもなく、当面は収入の確保を目指す方が先なのかもしれない。
「あの! ケバブを二つ売ってくれないでしょうか」
「はいよ、ケバブ二つね。それは良いが狼さんよぉ、金はちゃんと持ってんだろうなぁ? 流石にサービスってわけにはいかないぜ?」
屋台ではミノーラがやたらとガタイの良い店主にケバブを二つ注文している。そんな様子を見ていた彼は、ふと気が付く。
どうやって飯を食えばいいんだ?ていうか、今まで空腹を感じなかったが、どうなってるんだ?
今までなぜ疑問を抱かなかったのか不自然なぐらいに、食欲を綺麗サッパリ忘却していた自分に気が付く。
「勿論持ってますよ。サーナにもらったので。ところで、店主さんは私を見て驚かないのですか?」
「この街に住んでりゃ、不思議な事だらけでよぉ! あんたみたいなのも慣れてきたってもんだぜ!あんたは寧ろ可愛い方だぜ?」
「……か、可愛いですか? あ、ありがとうございます!」
明らかに言葉の意味を履き違えているミノーラ。その隣に立つカリオスに店主が気付き、豪快に笑う。
「あんたらはサーナ様に何をされたんだい? まぁ、あれで結構可愛いところのある嬢ちゃんだもんで、勘弁してやりなぁ!」
やはりそうだ。全ての元凶はサーナである。そしてそれは、カリオス達だけに降りかかっているわけでは無いようだ。
「私は普通の狼だったんですけど、なぜか話すことが出来るようになってました。やっぱりこれはサーナ様のお陰なのでしょうか? あ、それと、彼はカリオスさんです。いろいろあって、今は話すことが出来ないんですけど、悪い人ではないです」
さらりと自分たちの情報を垂れ流しにするミノーラを横目に、彼は肩を落とした。
このまま街を出てしまえば、確実に二人の噂が広がってしまう。それはなるべく避けたいのだが……むしろ、広めた方がいいのか?
ミノーラを襲ったという男がどんな奴なのか知らないが、面識があるのなら噂を聞いて会いに来るかもしれない。
まぁ、逆に逃げられる可能性もあるわけだが。
一度、ミノーラと話をする必要があるだろう。どんな理屈か、彼女は文字を読めるみたいなので、筆談で何とかしようと思う。
「んむむぅぅぅぅぅぅ! おいしいです! これがケバブと言うお肉なのですか!? さっき食べたお肉もそうですけど、お肉って生じゃなくてもおいしいものなんですね」
隣でケバブに食らいついている彼女を見ながら、カリオスは少し和んだ気がした。




