視線と主観
司聡。突然訪ねてきた男の差し出した名刺には、そう綴られていた。しそう、と読むらしい。聞いたときは試走かと思ったのは、さっきまで走っていたからだろうか。
男はデジタルカメラを持っていた。今時珍しいと感じたのは、時代の流れだな、と思った。そこで、本当にデジタルカメラという名前だったか不安になる。どうも物覚えが悪い。歳だな、と思う。
「これを見ていただきたいのです。」
そう言ってそれを差し出す。訳が分からなかった。しかし、昔から断るという行為が苦手だった。素直に受け取った時は、舌打ちが漏れた。勿論、心の中で。
写真が一枚、画面の向こうに表示されていた。あっという間の瞬間を、こうして残すのは当たり前。むしろ、画像の粗が目立つと感じるのだから、きっと明治とかからしたら神様とか思われるだろうか。...流石に無いか。
「女の子ですね。お子さんですか?」
「此方の子を探しています。知っていますか?」
知るわけが無い。こちとら山から帰ってきたばかりだ。衰えた体力と格闘している間に、行方不明とは驚いたが。いや、いつ居なくなったか知らないが。
子煩悩の父親かと思ったが、本気で重い悩みだった。むしろ、これで「可愛いでしょう?」とか言い出したら不審者であるが。
「すいません、力になれなくて。」
「いえ、結構です。ところで、テレビを貸してもらえませんか?」
「テレビを?」
「今壊れていまして。撮ってある物を見たいのですが。」
そこで気づいた。デジタルカメラではなくてビデオカメラだ。映像の撮れるヤツだ。
当然あげるわけがない...と言えない自分が嫌いだ。無力感を感じるよりいい、これは人助けだろ?等と自分に言い訳をする自分も嫌いだ。
『ちぃちゃん、早くー!』
『待ってよ~。早いってばぁ!』
早速、男は画面を見ていた。リモコンを出しっぱなしなのは、歳ではなくて性格だ。片付けが出来ない性格なのだ。
一人の少女が走っていく映像。その先は町の外れにある廃屋。肝試しか、とピンときた。女の子二人でとは珍しいが。赤いのは夕日か、二人を廃屋の向こうから照らしているのだろう。
『お邪魔しまーす!』
『ま、真っ暗だね...。』
二人が入って行く館は、確かに暗かった。窓が割れたからか、板が打ち付けてあったのだ。子供の侵入を防ぐなら、まず鍵をかけろとも思ったが、それは求めている手がかりでは無いだろう。
黙りこくって一緒に見る。これが妻との映画鑑賞なら良かったのに、とふと考えた。まぁ、甲斐性なしの私に愛想を尽かすのは当たり前だが。
『机とか椅子とか、ボロっちいね。』
『勝手に触ったら駄目だよ?』
二人の女の子が机に駆け寄るのが、画面に映る。今始めて写った子が、娘だと言った。つまり探している女の子とは、元気な方か。
その時、枝でも折れたのか、ガタッと屋根から音がした。
『っ!?』
『お、お化け出たんじゃない...?』
『居るわけ無いし!ほら、もう飽きたから出ようよ!』
明らかに怯えている様子の二人。何故怖いと分かっていて行くのか、そんな事を考える。この歳になれば、動けなくなる事以上に怖いものは減っていくものだ、孤独なれば特に。
じっと男が見つめる画面から、二人の女の子が入り口から駆け出すのが見えた。逆光で良く見えないが、手を引く姿は確かに二人の筈だ。
「...。」
「何か、分かりましたか?」
「いえ、ありがとうございました。娘のビデオカメラが、何か写していればと思ったのですが。」
唐突に来た男は、唐突に去っていった。なんだったのだろうか。私の心にはもやもやしか残らない。せめて誰かに話せれば、とも思う。
どうしようか、延々と考えたが、一週間後に私は受話器を取った。
『...でな、お前が見とらんかと思ってな。』
「なぁ親父。事件を俺の側で発生すると考えてんならさ、間違いだぜ、そりゃぁよ。」
相変わらず人の為人の為と。そんなだからお袋が実家で暮らすんだ、お袋も大概ワガママな人ってのもあるけど。というか、もう離婚して良いんじゃね?なんだかんだ未練あんの、見てて嘆かわしい。
親父と話してると、俺と違いすぎて腹が立つ。いや本人に自覚はねぇだろうけど。
「てかよ~、先に帰ったんだろ?そいつ。迷子だよ、迷子。」
『ん?何でだ?』
「いや、ビデオカメラが手元にあんじゃん...。」
テキトーに聞き流してても、それは分かった。ビデオを見始めた辺りから聞いて無かったけど。
『迷子...なんかなぁ。』
「そーだよ、腹へったら帰ってくるって。」
そーしてくれ、でないと俺も気になり始めんだろが。
『そうかもしれないな。うん、ありがとう。』
「あいよ、体気ぃつけろよ。」
ったく、ボケてねぇのが救いなのか、どうなのか。とりあえず俺は、山積みに積んだ残業に手をつけた。チクショー、人に丸投げしやがって老害どもめ!
受け取った仕事を片付けながら、俺が寝落ちしたのは言うまでも無かった。
ネタバレぇ~
男が怪しすぎるのはスルーで。
まず、最初は司聡の娘さんがビデオカメラを持っていた。そして二人が写り、その後走っていった。
この時、ビデオカメラを持つ人を含めると、三人いますね。一体誰が残っていたのでしょうか...。
それと、いつもの如く日の向きが変わっています。現世と違う世界って、日の向きが逆転させたくないですか?