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目をさますと夏はいつの間にかカプセルを背もたれにして、鉄製の床の上に座り込んでいた。どうやら夏はいつの間にかここで眠りに落ちていたようだ。
周囲を見渡すと部屋の中に雛の姿はなくなっていた。
雛ちゃん。
夏は心の中で雛の名前を呼んだ。でも、雛の声はどこからも聞こえてこなかった。次の瞬間、ぶるっと夏はその体を震わせた。ここは寒い。しかも夏は白いワンピースという服装だった。その冷気に冷やされたため、太ももに隠してある拳銃がやけに冷たく感じられた。
夏は雛のお話を思い出した。
雪山で遭難をする女の子の話だ。夏は今自分がその女の子と同じような境遇にあると思った。お話と違うのは夏の年齢が女の子と呼ぶには少し高めなことと、それから不思議な生き物が夏の近くにいないことだ。でも、その代わり夏には銀色の拳銃があった。それもきちんと弾丸の装填されたいつでも発砲できる拳銃だ。
いざとなれば、それで自分の頭を撃ちぬけばいい。
その選択肢があるから、夏は寒さの中でも、一人でも、絶望に心を支配されずに、冷静に物事を考えることができた。夏にとってその拳銃はまさに希望そのものだった。
夏は拳銃を触り、それから体を起こしてカプセルの中を一応、確認してみた。
カプセルは空っぽで、その中に雛はいなかった。
雛は再び、夏の前からその姿を消してしまったのだ。きっと雛はどこかで眠っているのだろうと夏は思った。そして夏と同じように夢を見ているのだろうと思った。その夢が、さっき見た夏の夢と同じように、とても幸せな夢であるようにと夏は祈った。
するとなぜか夏の体の内側がほんの少しだけあったかくなったような気がした。夏はそこで思考を止めた。
夏は大きな部屋の中を見渡した。周囲は壁。天井は目には見えないくらいに高く、暗い闇が支配していた。明かりはある。いくつかの照明がカプセルを照らすようにして部屋を照らしている。
夏はその風景に違和感を覚えた。
眠りに落ちる前、雛と一緒にこの部屋の中にはいったとき、部屋はこんなイメージだっただろうか? と思い夏は首をひねった。なんとなく、とても似ている別の部屋にでもいるような、奇妙な感覚に夏は襲われた。以前の部屋のイメージを思い出そうとしても、なぜかうまく思い出すことができなかった。
夏は自分の記憶力に自信を持っていたので、それは意外な出来事だった。
夏は歩いて部屋の中に一つしかないドアの前まで移動した。足の裏がとても冷たかった。当然だ。夏は裸足だったのだから。
開くかな?
夏はドアの前に立った。でも、ドアはなにも反応を示さなかった。何度か手を振ったり、少しだけ場所を移動してみたりしたけど、反応に変化はなかった。どうやら夏はこの冷蔵庫のような部屋の中に閉じ込められてしまったようだ。
「はぁー。まいったな」と、腰に両手を当てながら夏は言った。
「でも恨んだりしないよ。雛ちゃん。だって、ここに来たのは、私の意志だったんだからね」
夏はそう言うと、太ももにつけていた簡易型のフォルスターの留め金を外して、銀色の拳銃を手に取った。夏は目をつぶり、大きく息を吸い込んで、そしてゆっくりと上を見上げてそれを全部、吐き出した。
「夢は終わり」夏はつぶやく。
そして現実が始まるの。
誰かがどこかで、そうつぶやく声が聞こえた。




