82
夏は自分があの、銀色の拳銃を手にしているかもしれないと思ったからだ。しかし、夏の手にしていたそれは、銀色の拳銃ではなかった。もう少し大きいもの。見ると、それは夏が愛用しているお気に入りのカセットテープレコーダーだった。四角いレコーダーには白いイヤフォンがぐるぐる巻きにされていた。
それを見て、夏はほっと胸をなでおろした。
「これが欲しいの?」夏は言う。
「はい」と雛は元気よく答える。
「それって音楽を聴くための道具ですよね。私、音楽っていうものに、すごく興味があるんです」雛の顔は真剣そのものだった。
夏はどうしようかと迷って遥を見た。
遥は優しい顔をしていた。それはもしよかったら、雛にそれをプレゼントしてあげて、という合図だった。夏は遥の許可を受けて、雛にそのカセットテープレコーダーをプレゼントすることにした。
「いいよ。これ、雛ちゃんにあげるね」夏はそう言って雛の手の上に四角いカセットテープレコーダーをそっと置いた。
「本当にいいんですか?」雛は言う。
「もちろん。ハッピーバースデー。雛ちゃん」夏は言う。
「お誕生日おめでとう。雛」と遥が言った。
「……ありがとうございます」
雛は感動しながらそう言った。
雛の小さな体は小さく、ふるふると震えていた。
「じゃあ、雛ちゃん。今度は私のお願い、聞いてくれる?」と夏が言った。
「夏さんのお願い、ですか?」と雛は言った。
「うん。私も雛ちゃんにお願いがあるんだ。それを雛ちゃんに叶えて欲しいの」
「そのお願いってなんですか?」雛は首を小さく傾けた。
「雛ちゃん」
「はい」雛は言う。
「私と、お友達になってください」雛の目を正面から見ながら、姿勢を正して夏は言った。
すると雛は目を丸くして驚いた。
その顔があまりにもおかしかったので、夏は思わず笑ってしまった。
「本当ですか?」
「うん。本当だよ」夏は言う。
「本当に私と、友達になってくれるんですか?」
「うん。もちろん」
そう言って夏は小さな雛の体をぎゅっと抱き締めた。
か細い体。
すぐにでも消えてしまいそうなくらい、軽い、空気のような雛の体。まるで雪で作られているみたいに冷たい体。
「嬉しい」雛が言った。
雛がそっとその両手を夏の背中に回した。
夏と雛は緑色の世界の上でお互いその存在を確かめ合った。
そんな二人の姿を、遥はとても嬉しそうな顔で見つめていた。
透明な風が大地の上を駆け抜けた。
幸せな夏の夢はそこで唐突に終わった。




