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夏と遥は並んで歩いて、遥の部屋にまで戻ってきた。
部屋の中に入ると、そこにはとても珍しいものが転がっていた。
赤い毛糸の玉とそこから伸びている赤い糸。
そしてその糸の先にある編みかけのマフラーとそれを編むための棒が二本、テーブルの上に置いてある。
「これ、遥が編んでるの?」夏が言う。
「そうだよ」
そう言いながら遥は椅子に座って、棒を手に取り、マフラーを編む作業を始めた。
遥の手先はとても器用で、そして編み物もとても編み慣れているようで、その仕草は見ていてとても心が洗われるような美しさが感じられた。夏は遥と反対側にある椅子に座って、そこからじっと遥の編み物の様子を眺め始めた。
まじまじと編み物をする手元を見る夏を見て、遥はくすっと笑った。
「遥は編み物も上手なんだね」夏が言う。
自分が笑ったことについて文句を言ってくるかな? と予想をしていた遥は、案外安定している夏の態度を意外に思った。
「うまくはないけど、たまにね」
「たまに」
「そう、暇つぶしにね」
「暇つぶし?」
「そう、暇つぶし」
遥の言葉を聞いて、夏が首をかしげる。
「遥に暇な時間なんて存在するの?」夏が言う。
「ふふ」それを聞いて遥が笑う。
「あるよ」
「ある?」
「うん。私にだって、暇な時間くらい、あるよ」
「そうなんだ。……なんか、意外」
「そう?」
「うん」
「だって、私完璧じゃないもの」
「完璧じゃない?」
「うん」
「遥が?」
「うん。そうだよ」
遥が夏を見る。
「完璧な人間なんて、この世界のどこにも存在していないよ」
遥は笑う。




