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夏(旧)  作者: 雨世界
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 私に会えたから?

 それとも、私個人、というわけではなく、こうして誰かとお話ができること自体が嬉しくてたまらないということなのだろうか?

 ……そうかもしれない。

 夏は思った。

 この子はずっと、孤独だった。

 この子はずっと、一人ぼっちだったのだ。

 二人の会話がそこで途切れる。

 テーブルの上には夏が自分で淹れたコーヒーが一つ置いてある。その隣には夏のラジオがある。

 そこからは夏お気に入りの音楽が流れている。

 雛はその音楽がとても気に入ったようで、テーブルに顎を乗せ、耳をすませて、その音楽にうっとりと聞き入っていた。

「もしさ、あなたが外の世界に出ても大丈夫なようになったらさ、私と一緒に、世界に冒険に出かけようか?」夏が言った。

「え? 冒険、ですか?」雛が言う。

「そう。冒険。外の世界を思う存分、冒険するの。楽しそうでしょ?」にっこりと笑いながら、夏が言う。

「は、はい! ぜひ、行きたいです」笑いながら雛が言う。

 今まで一番、嬉しそうな笑顔だ。

 夏は自分が雛と二人で世界を冒険している姿を想像した。

 夏は冒険服を着て、頭にライト付きのヘルメットをかぶっていた。手にはロープを持ち、背中には大きなリュックを背負っている。夏はロープを頼りに、どこかくらい洞窟の中に降りていく途中だった。

 それはどこかの映画で見たワンシーンそのものだった。

 その少し上には雛がいた。

 雛はなぜか宇宙服とも、潜水服とも、とれるような服装をしていた。大きなガラスのボールを頭に被り、服はぱんぱんに膨れていて、それはもう服というよりは着ぐるみのようだった。 

 そのガラスの中の顔は笑っている。

 上を見ると、ロープの先端にはなにか大きな船があり、そこには小さな人影があった。どうやらあれは遥のようだ。遥はそこからトランシーバーで夏と雛に指示を出している。それはいかにも遥といった役回りだった。とても似合っている。

 夏は先陣を切って洞窟の中に降りていく。

 そして、暗闇の大地に足をつけたとき、夏の空想は終わりを告げた。

 目を開けると、そこは静かな部屋の中だった。

 遥の部屋。

 テーブルの上には飲みかけのコーヒーカップが一つ。ラジオの音楽はいつの間にか止まっていた。

 静かだ。

 どうしてこんなに静かに感じるのだろう?

 静けさには、もう随分と慣れていたはずなのにな、と夏はぼんやりとする頭の中でそんなことを考えた。

 どうやら夏はいつの間にか少しだけ眠ってしまったようだった。

 背伸びをして、ぬるくなったコーヒーを飲み干した。

 そして部屋の周囲を見渡したところで、夏は静けさの原因に気がついた。

 ……雛が、いない?

 部屋の中からはいつの間にか雛の姿が消えていた。

 雛がいないことを確認すると、夏の胸がずきっと少しだけ痛んだ。

「雛ちゃん?」

 夏は声に出して雛の名前を呼んでみた。

 しかし返事は世界のどこからも返ってはこなかった。

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