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「どうしてあなたはいつも目を伏せているの?」と夏が言う。
「誰かの視線を受け止めると、私はその人の所有物になってしまうからです」と雛は答えた。
その人の所有物になる。誰かに所有される。
木戸雛の木戸は、木戸研究所の所有物であるということの証。
夏は遥の言葉を思い出す。
「それは現実のあなたの話であって、今のあなたはこうして目を合わせても大丈夫ってことなのね?」夏が言う。
「はい。そういうことです」と嬉しそうに雛が言った。
「あなたは夢の世界の住人なの? それとも私の空想が生み出した幻なの?」
「どっちも不正解です」雛が言う。
「私はそうした嘘や欺瞞で作られたような、不純な存在ではありません。私は木戸雛です。『本物の』、木戸雛なんです」
雛はそう言ったあとに胸を張る。
夏は雛の話を聞いて余計、訳がわからなくなってしまった。でも、本来そんなことどうでもいいことなのかもしれない。夏は雛の正体や遥の研究にはそれほど興味があるわけではないし、それに、本格的に説明されたとしても雛の言っていることを(それはつまり遥の言っていることを理解するのと同じことだ)、夏は自分が理解できるとは思えなかった。
ドームの中では不思議な現象が起こる。
ここはあの天才、木戸遥の研究所の中なのだ。だからそれでいい。私は私の眼の前で起こった現象を、ありのままに受け入れていけばいいだけなのだ。
夏はそう思うことにした。
すると急に気が楽になった。
雛を見ると、照子はにっこりと笑っていた。もしかしたら夏の考えていることが、繋いでる二人の手を通して、雛にまで伝わっていたのかもしれない。




