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第二章 異世界ファブラ①

 門の中は薄暗い空間が広がっていた。そこら中に、銀河のような渦巻きが点在している。俺たちは、それらの間を流されていた。

 「門の中は通常の時空とは切り離されています。何が起こるかわかりません。」

 「あの渦巻きは一体なんだ?」

 「具体的なことは、私にもわかりません。おそらく、それぞれが独立した時空になっているのではないでしょうか。」

 さっぱりわからない。ともかく、不用意に近づいていいものではないのだろう。

 前を向くと、一際眩しい白い空間が目に入った。俺は目を細めながらもそれをじっと見つめていた。なぜかはわからないが、あれを見ていると心がざわついて仕方がない。きっと、あれこそが。

 「あれが、出口か?」

 「はい、そうです。あれがファブラ側の門です。あれに飛び込めば、ファブラに行くことができるはずです。」

 「そうか、意外と近いんだな。」

 「それが、そうでもないのです。」

 「どういうことだ?」

 「先ほども言いましたが、門の中は外とは異なる時空で構成されています。そのため、近くにあるように見えても、到着するまで時間がかかることもあるようなのです。」

 「なるほど?」

 めちゃくちゃな場所だということだけは、よくわかった。

 「早く着いてもらわないとこま……。」

 俺が言いかけた、その時だった。突然雷のような光が目の前を走った。

 「うわあ!」

 気づけば、周りに暗雲が立ち込めている。どうなっているんだ?さっきまでこんなものはなかったはずなのに。

 「これは、時気嵐です!」

 「なんだそりゃあ!」

 「門の中の時空が乱れているんです。絶対に手を離さないでください。どこかに飛ばされたら、帰ることができなくなります!」

 ヴェロニカはそう言うと、俺の手をぎゅっと握った。俺もその手を握り返す。

 俺たちの体は、回転するように門の中を振り回されていた。せっかく見えていた出口もどこかに行ってしまった。

 しばらく、そのまま俺たちは振り回され続けていた。無理やり引っ張られたかと思いきや、突然その力が消え、今度は落下するかのように下に……。まるで風に遊ばれる木の葉のようだ。覚束ないことこの上ない。

 再び俺たちの体を強く引っ張る力が現れた。俺たちは為す術もなく飛ばされてゆく。目の前には大きな銀河。その中の輝きの一つが、俺たちを吸い寄せているようだ。

 「おい、このままじゃあ別のところに!」

 「落ち着いてください。振り回す力はそんなに持続しません。すぐに元に戻るはず。だから、何があっても手だけは離さないで!」

 ヴェロニカの言葉の通りだった。あと少しで銀河に衝突しそうなところで、力の向きが唐突に変わった。俺たちは無理やり元の位置に引っ張り込まれた。

 「胃を直接引っ張られたような気分だ……。」

 「大丈夫ですか?」

 そう尋ねるヴェロニカの顔も、もはや真っ青であった。

 「大丈夫だ。いつになったら着くんだろう。」

 「確かなことは言えませんが、あと少しのようですよ。」

 ヴェロニカに言われて前を向くと、確かに白い輝きが大きくなっていた。彼女の言う通り、あと少しで体が出口に触れそうだ。

 そんな時に限ってアクシデントは発生する。俺たちの体が、突然また大きく振り回されたのである。

 「くそ、あと少しだってのにい。」

 俺たちは吹き飛ばされ、出口の端まで追いやられてしまった。そしてそのまま、出口に吸い込まれて行く。

 「このまま行きます!」

 なんとか体勢を立て直し、俺たちは出口に突っ込んだ。そのまま俺たちの体は加速してゆく。一瞬、緑の豊かな景色が見えたような気がした。


 門から弾き出された俺たちは、緑の上に転がっていた。そこは、綺麗な原っぱであった。

 「着いた、のか?」

 俺は体を起こし、首を振った。激しく振り回されたせいか、少々気分が悪い。

 どうやらここは丘の上らしい。確かエルドラゴが逃げ出したのも丘の上という話だったはず。おそらく、ここがその丘なのだろう。

 「何者だ!」

 突然誰かに怒鳴りつけられた。それは男の声だった。顔を上げて見ると、槍を携えた男達が、俺たちを取り囲んでいた。鈍く輝く鎧と兜を身に着けた、如何にも兵士といった格好だ。

 「何者かと聞いている!」

 最近は人の名前を聞くのがブームなのだろうか。俺はチカチカする目をこすりながら立ち上がった。答えようと口を開いたが、俺よりも先にヴェロニカが喋り始めた。

 「待ってください。この方は怪しいものではありません。」

 隣でゆっくりとヴェロニカが立ち上がる。そして徐に、彼女は懐から手帳を取り出した。

 「私は『猟犬』のヴェロニカ・レジェスです。これがその証明です。そして彼は、異世界からの来訪者です。危険な人物でないことは私が保証します。」

 彼女はエルドラゴの死体を鎖で持ち上げて、その場にいた全員に見せつけた。

 「これはあの連続殺人鬼エルドラゴの遺体です。門から異世界へと逃げ出したエルドラゴを、彼が倒したのです。」

 「ヴェロニカ、その説明じゃあその少年が危険じゃないとは言い切れないんじゃない?」

 男たちの向こうから、豪快な声が聞こえてくる。そちらを見ると、一人の老女が男達をかき分けてこちらに向かっているところだった。老女といっても、その足取りは極めてしっかりしたものであった。腰は伸び、体も引き締まっている。背の高さも俺とほとんど変わりない。歴戦の猛者であることは、一目でわかった。顔に刻まれたシワが、その経験を物語っている。

 「ベルナルダさん!」

 ヴェロニカが老女に駆け寄り、ぎゅっと抱きしめた。ベルナルダと呼ばれた老女も、彼女を強く抱きしめ返す。

 「よく帰ったねえヴェロニカ。心配したよ。」

 「ベルナルダさん。私、私。」

 緊張の糸が切れたのだろう。ヴェロニカの声に嗚咽が混じる。しばらく二人は抱き合っていた。その間俺はというと、男達に槍を向けられにじり寄られていた。俺は致し方なく。両手を上げた。

 「あんた達、その少年に手を出すんじゃないよ。」

 ベルナルダが男達に声をかける。男達は全員びくりとした。

 「ですが、いいのですか?異世界の住人、しかもあのエルドラゴを倒した危険人物ですぞ?」

 そう言ったのはヒゲを生やした小柄な男であった。おそらく、男達のリーダーなのだろう。

 それにしても酷い物言いである。人のことを危険人物とは。俺はお前達の尻拭いをしてやっただけだと言うのに。

 「私がその少年を引き取るよ。もし本当に危険なら私が処理する。それでいいだろう?」

 「ベルナルダさんがそこまで言うのであれば、我々に依存はありませぬ。」

 ヒゲの男が槍を下げるように指示を出す。ようやく俺は男達と槍から解放された。

 「少年。あんた、名前は?」

 また名前かよ。内心そう思ったが、このベルナルダという女性、相当な大物らしい。無下にするべきではないだろう。

 「鬼塚宗吾です。」

 「オニヅカソウゴ、異世界の人間は名前も変わっているんだねえ。」

 こっちからすればあんた達の方が変わっているんだが。

 「それじゃあソウゴ、こっちにおいで。」

 「どこに連れて行くつもりですか?」

 「そりゃあ決まっているよ。『猟犬』の本部さ。」


 エルドラゴの死体を男たちに預けて、俺たちは昼の日差しを浴びながら丘を下っていた。

 「あんたのことだから、そうそう死んだりしないとは思っていたけど、それでも心配はしたんだよ。」

 「ご迷惑をおかけしました。」

 「謝る必要なんてないさ。それより、よく門に飛び込もうと思ったもんだねえ。怖くはなかったのかい?」

 「それは、少しですが。でも、追いかけないわけにはいかないと思って。」

 「ほう、何故だい?」

 「エルドラゴを野に放つわけにはいかない、というのが一つ、それと……。」

 「それと?」

 「ベルナルダさんやみんなだったらそうすると思ったからです。」

 ヴェロニカの耳に、赤みがさした。それを見てか、ベルナルダは声をあげて笑いはじめた。

 「そりゃあそうだ。私も含め、みんなバカだからねえ。」

 「そんな、そういうつもりでは。」

 「いいんだよ、それで。バカみたいに真面目で一生懸命、そうでなくちゃ『猟犬』なんて務まらないからねえ。」

 ヴェロニカとベルナルダは、俺のことなど忘れたかのように二人で話を続けていた。できれば少し気にしてもらえればありがたいが、かと言って割り込む言葉も持っていない。結局俺は、黙ってついて行った。

 「でも、本当に帰ってこられてよかったよ。あんたがいなくなって十日、いつ門が閉じるかってヒヤヒヤしていたからねえ。」

 ヴェロニカの顔に驚愕の色が浮かぶ。

 「十日?私が門に入ってから、そんなに経っているのですか?私の感覚では、数時間しか経っていないはずなのですが……。」

 「少なくともこっちでは十日経っていたよ。門の中では時空が歪むからねえ。あんた達もそれに巻き込まれたんじゃないのかい?」

 「そう言えば……。」

 おそらく俺とヴェロニカの考えていることは、同じだっただろう。

 「……あの時気嵐が、原因かもしれません。」

 「やっぱり何かあったんだね?」

 「はい、門の中で時気嵐と思われるものに遭遇しました。雷のような光が走って、私たちも大きく振り回されました。それで、門を出るときに出口から大きくズレてしまったんです。」

 「なるほど、そんなことがねえ。」

 ベルナルダは深く頷いている。

 落ち着いて考えてみると、俺たちは随分と危険な目にあったんだなあ。もしもっと大きく振り回されていれば、よりわけのわからない時間に飛ばされていたのかもしれない……。

 その時、俺はとんでもないことに気づいてしまった。

 「なあ、ヴェロニカ。俺たちが十日後にいるってことは、脱獄囚たちもよくわからん時空に飛ばされているんじゃないか?」

 俺の言葉を聞いたヴェロニカは、ハッとした顔でこちらを振り向いた。

 「そうでした。まずはその話をしなくては。」

 「ん?なんだい。何かトラブルでも起きているのかい?」

 怪訝な顔をしたベルナルダに、俺たちは地球からの脱獄囚について説明した。

 「つまりなんだい?地球の殺人犯達が今ファブラにきているかもしれないってことかい?しかも、いつこっちに来たのかわからない、と。」

 「そういうことです。彼がファブラに来たのも、その脱獄囚の一人を捕まえるためです。」

 「ほう。少年、あんたは私たちでいう『猟犬』のようなものなのかい?」

 「いえ、俺はただの学生です。」

 「ただのってことはないだろう。私の目は誤魔化せないよ。持っているんだろう?能力を。」

 その言葉はかなり衝撃的なものであった。俺は思わず身構えた。この婆さん、そんなことがわかるのか?

 「ソウゴさん。警戒しなくても大丈夫です。ベルナルダさんは『猟犬』の隊長なんです。長く戦い続けている間に、能力者(グリッター)かどうか直感的にわかるようになったそうです。」

 ヴェロニカはそう言うが、俺は体勢を崩せずにいた。

 「そもそも、『猟犬』ってのはなんなんだ。」

 俺はベルナルダから目を離さずヴェロニカに尋ねた。警察のような組織、というのは予想できているが、やはり本人達からの説明が欲しかった。

 「そういえば、説明していませんでしたね。『猟犬』は凶悪犯専門の捜査チームです。王国直下の部隊で、警ら隊では対応できないような危険な犯罪者を専門で取り締まっています。」

 「つまり、『猟犬』は公的な組織なんだな?凶悪犯専門ってことは、いつもエルドラゴみたいな奴を相手にしているってことか。」

 「そうです。場合によっては、より危険な人物や組織とも戦うことがあります。」

 「当然能力者と戦うことも多くてねえ。何となく、わかるようになっちまったんだよ。」

 しみじみとした口調でそう話すベルナルダに対して、俺は質問を重ねた。

 「それで、俺の能力もわかったということですか。」

 「ああ、とは言っても、どんな能力かまではわからないから、安心していいよ。」

 そう言われても、心の底から安心することは不可能だった。この世界の住人は、未だ不確定な要素も多い。ヴェロニカのことは多少信用できるが、『猟犬』自体が俺の味方をしてくれるとは限らない。

 そんな俺には、一つだけ確認しないと行けないことがあった。

 「地球からの脱獄囚も『猟犬』が担当するってことですか?」

 「そうなるだろうねえ。」

 ベルナルダは軽く頷いている。

 「どうもあんたの話を聞く限り、こっちに入って来たのはただの殺人犯と呼ぶには凶悪すぎる連中のようだ。私たちの仕事が増えることになりそうだよ。もちろん、本当に入って来ているなら、だけど。さて。」

 話をしている間に、街に到着したようだ。巨大な壁が、街を取り囲んでいる。その壁の、これまた大きな門がついている。今は昼だからか、門は大きな口を開けていた。

 「ようこそ、私たちの街クエントに。大きな街だからね、迷子になるんじゃないよ。」


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