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第一章 異世界からの訪問者⑤

 階段の正面に、俺は立っていた。地響きが俺の体を突き上げる。作戦はうまくいくだろうか?いや、うまくいかなければ俺たちの命はない。

 そんな状況だと言うのに、俺はいやに落ち着いていた。心臓の鼓動はいつも通り。汗もかいていない。拳銃を握ってからはずっとこんな調子だ。俺にはヒットマンの才能でもあるのだろうか。

 だが、それと同時に違和感もまだ抱いている。それが結果に影響するとは思えないが、なんだかとても気持ち悪い。

 階段を、何かがゆっくりと上がってくる。時折壁を殴っているような音も聞こえてくる。尻尾で叩いているのだろうか。

 そして遂に、その頭が見えた。

 「この世界にはよお。リザードマンはいねえのか?」

 誰に聞くでもなく、エルドラゴは喋り始めた。

 「いねえよなあ。いるんだったらこんなヤワな造りの建物を建てないもんなあ。もしかして、亜人種は存在しねえのか?そいつはいいぜ。俺がこの世界で暴れれば、めちゃくちゃ目立つってことだもんなあ。俺の名前が異世界でも轟くなんて、まったくよお。楽しみで仕方がねえぜ。」

 階段を登りきったエルドラゴの目が、こちらを向いた。

 「な、そうだろう?」

 細い舌をシューシューと出し入れしながら、エルドラゴは続ける。

 「あの女はいないのか。大方俺を追って地下に行っちまったんだろう。それで、お前だけが残されたと。お笑いじゃねえか。『猟犬』ってのは犯人確保のためなら犠牲も厭わないってか?まあ、なんだっていいさ。せっかくのチャンス、活かさせてもらうぜえ。」

 そう言い終わると、エルドラゴは俺の方に駆け出した。

 「今だ!」

 俺の声と同時に、階段の横から鎖が伸びる。ヴェロニカがそこに隠れていたのだ。しかし。

 「……そう来るのはわかっていたぜえ!」

 エルドラゴは鎖の方へ尻尾を伸ばしていた。そして、飛んできた鎖を横薙ぎに払い落とした。

 「囮になるとはいい度胸だ。だがなあ、忘れたのか。俺は目で見えなくとも状況を理解できる。温度でなあ。」

 エルドラゴの言葉、そんなものはどうだっていい。俺は駆け出していた。エルドラゴの方へ、まっすぐに。

 「なにい!」

 然しものエルドラゴも、この行動は予測できなかったらしい。面食らった奴は一瞬動きを止めた。それで充分だった。俺はエルドラゴの足元へ滑り込み、銃口を奴の左胸に向けた。

 エルドラゴは言っていた。「そんなチンケなもんじゃあ、自慢の鱗がちょっと傷つくだけだぜ。」と。奴の鱗は確かに傷ついていた。あの刑務官に撃たれた左胸の鱗が、ほんの少しだけひん曲がっていたのである。俺は、その鱗に向かって引き金を引いた。弾丸が射出される。それはまっすぐに、鱗へと飛んでゆく。エルドラゴは反応できなかった。当然だ。こんな近くで銃撃されて反応できるわけがない。

 弾丸が鱗を直撃した。鱗が捲れあがり、皮膚を離れる。そのまま弾き飛ばされた鱗はエルドラゴの目の前を舞い、どこかへ飛んでいった。

 「……だったら、なんだってんだ!」

 振り向いたエルドラゴの右腕が、俺に襲いかかる。俺は転がるようにして階段へと飛び込んだ。鋭い爪が宙を切り裂く。俺の背中を掠ったかもしれない。生暖かい何かが背中に広がる。一瞬遅れて痛みが襲いかかってきた。

 俺は空中で一回転して踊り場に着地した。ズキズキと背中が痛む。しかし、構ってはいられない。俺はその場で振り向くと、銃を構えた。

 「何回言わせるつもりだ。それは効かねえ。さっさと名前を吐きやがれ!」

 「お前なんざに明かす名前はない!」

 俺は引き金を引いた。最後の一発、弾丸はエルドラゴの左胸へと進んでいく。まるでスローモーションの世界にいるようだ。弾丸の軌道がはっきりわかる。

 エルドラゴの鱗には、確かに拳銃では歯が立たない。だが、それはあくまで鱗の話だ。鱗の下の皮膚はそこまで硬くはないはず。だったら、皮膚を直接狙えるようにすればいい。俺たちの作戦は、鱗を剥がしてその僅かな隙間を狙い撃つと言うものだった。今、作戦は成功した。今の俺なら狙い撃てる。ほんの少しのスペースでも、問題ない。なぜだかわからないが、その確信があった。実際に弾丸は、鱗の禿げた左胸へと飛んでゆき……。

 「『絶対断絶(パレー・アブソルータ)』。」

 気づいた時、弾丸は俺の頬を掠めていた。血が激しく吹き出し、痛みが走る。

 「惜しかったなあ。本当に惜しかった。ただのリザードマンだったら、確実に殺られていたぜ。」

 エルドラゴは、悠然と立っていた。その周りを球体の膜が覆っている。

 「だが、相手は俺だった。エルドラゴだったんだぜえ!」

 エルドラゴが走り出し、俺の方へ向かってきた。階段を一足飛びに駆け下り、そのまま俺に……。

 膜が俺にぶつかった途端、俺は弾き飛ばされて踊り場の壁に激突した。さらにエルドラゴは俺に追突する。膜が再び俺に襲いかかり、衝撃で壁にクレーターができた。

 俺の意識は、半分以上飛んでいた。今までの痛みなんて遊びでしかなかった。今俺は、本当の激痛を味わっていた。壁と膜に挟まれて、押しつぶされそうになる。息もできす、体がぺしゃんこになるのを待つしかない。

 「『祈りの鎖』!」

 階段の上から鎖がエルドラゴに向かって飛んでくる。しかし、鎖も膜に弾かれてしまい、本体には届かない。

 「まさか、これがあなたの能力?」

 「そうだ。これが俺の切り札だ。全身を守るこのシールドは、本気になればあらゆる攻撃を防ぎ、跳ね返すことができる!」

 さらにエルドラゴが一歩近づく。それに合わせて俺の体もより深く壁にめり込む。

 口から血が溢れ出る。今にも骨が砕けそうだ。

 「おっとあぶねえ。殺っちまうところだったぜ。」

 ほんの少し、圧力が弱まった。しかし、すぐに腕を掴まれる。

 「どうせしばらく話せやしないだろう。ちょっと寝てろや。」

 そのまま俺は、奴に投げ飛ばされた。階段の上を綺麗な弧を描き、俺の肉体は宙を舞う。そしてそのまま、床に激突した。受け身すら取れなかった。

 「ソウゴさん!」

 ヴェロニカが側に駆け寄ってくる。

 「大丈夫ですか!ソウゴさん!」

 俺は返事をすることができなかった。ただ彼女の目を見つめるだけ。それだけしかできなかった。

 「しっかりしてください!ああ、なんてことを!」

 「そりゃあそいつが生意気な真似をするからだぜ。」

 ゆっくりと、怪物が階段を上がってくる。シールドを全身に纏ったまま。

 「くっ!」

 再び鎖が宙を舞い、エルドラゴへと向かってゆく。しかし、やはりシールドを破ることはできなかった。簡単に弾かれてしまう。

 「まさか、お前らガキ相手に能力を披露することになるとは思わなかったぜ。そもそもこの能力、俺には合ってないからなあ。俺はガンガンころしてまわりたいのによお。よりにもよって自分の身を守る力とはなあ。」

 「まさか、あなたが能力を持っているなんて。」

 「持っていますとも。あまり使わないだけでよお。今回ばかりは、この力に感謝しないといけねえなあ。さてと。」

 ぎろりと睨みつけられたヴェロニカが、一歩後ずさった。

 「貴様の名前も聞き出さねえといけねえよなあ。誰が俺に返り討ちにあったのか、しっかり広めねえといけないからよお。これからお前の名前は、哀れな敗北者として、逃亡を許した間抜けとして、世に知らしめられるんだぜえ。」

 「……誰があなたなんかに!」

 「そう言うだろうな。『猟犬』どもはいつだってそうだ。頑なで仕方がない。だからちょっと揉んでやらねえと。」

 エルドラゴが再び走り出した。今度はまっすぐヴェロニカの方へと向かってゆく。対してヴェロニカは、両手から鎖を一斉に放出した。鎖は空中で絡み合い、巨大な一本の鎖となってエルドラゴへと放たれた。鎖がエルドラゴのシールドにぶつかる。一瞬、エルドラゴの動きが鈍った。しかしそれは、本当に一瞬のことだった。鎖はあっけなく弾き飛ばされ、エルドラゴのシールドがヴェロニカに直撃する。まるで木の葉のように、ヴェロニカの体が宙を舞った。吹き飛ばされたヴェロニカは壁に激突すると、そのまま倒れてしまった、意識を失ったらしい。

 「おいおい、今ので終わりかよ。こっちのガキの方がまだ頑丈だったぜ?」

 足元に転がる俺を、奴の尻尾が軽く小突く。そうしながらエルドラゴは、何かに気づいたようだった。

 「あ?なんか落としたな。」

 見てみると、確かにヴェロニカの側に、手帳のようなものが落ちていた。一体なんだろうか。

 エルドラゴの尻尾が手帳に伸びる。器用に手帳を巻き取ると、手元まで運ぶ。

 「これは、『猟犬』の証明書かあ?」

 それは俺たちの世界で言う、警察手帳だったようだ。ヴェロニカの写真と、名前が載っている。

 「『ヴェロニカ・レジェス』ねえ。ヴェロニカっぽいと言われれば、そんな気もするかねえ。」

 ヴェロニカの方へと向き直り、エルドラゴは近づいてゆく。そして、地面をバシバシ叩いていた尻尾を持ち上げると、ヴェロニカの方へ伸ばした。尻尾はヴェロニカの首に巻きつくと、そのまま宙に持ち上げる。意識のないヴェロニカの体は、簡単に持ち上がった。

 「先にこいつの名前がわかったわけだ。貴様が名前を吐かないから、こいつが記念すべき十人目になりそうだぜ。そこんところについて、どう思うよ。」

 俺はようやく体が動かせるようになっていた。必死で体勢を整えると、ゆっくりと立ち上がる。足がプルプル震えている。生まれたての子鹿だって、ここまで無様じゃないだろう。

 「まあ、記念すべき十人目が『猟犬』のメンバーってのもインパクトがあっていいかもしれないなあ。貴様はその後だ。クソガキ。」

 「……や、めろ。」

 やっと口から言葉が出た。一緒に血も溢れてくるので喋りにくい。それでも、俺は止まらなかった。

 「ヴェロニカから、離れろ。」

 「ああ?いつまで偉そうな口を聞いているんだクソガキがあ。貴様は無力なんだよ。何にもできねえ。人間のクズだな。ゴミ。カス。だからよお、黙って見てろ。自分の無能さを呪いながらなあ!」

 クソガキ、クズ、ゴミ、カス、無能。なんでこんな奴に言われなければならないんだ。なんでこんな、犯罪者に。

 頭の中に、あの男が浮かんでくる。賀東も俺を馬鹿にしていた。あいつだってどうしようもない犯罪者のくせに。ルールを破っている奴らが、どうしてそんなに偉そうにしているのだ。

 許せない、許せない、許せない!

 犯罪者どもが憎い。自分勝手で、他人を簡単に傷つける。その上こいつらは反省もしていない。

 怒りで体の痛みはどこかに吹っ飛んだ。気づけば俺は、右手を前に出していた。拳銃はさっきの衝撃で何処かに行ってしまった。だが、それで構わない。あんな、俺のものではない銃がどこに行こうが関係ない。俺は、俺の銃であいつらをぶち抜いてやる。

 「『紫電の銃』」

 右手の中が、紫色に光輝き始めた。光が手の中で凝縮されていく。何かの形に変わっていく。

 「なんだ?おい、それは一体……。」

 狼狽するエルドラゴ。それはそうだろう。今の今まで、俺自身こんなことが起こるなんて思ってもみなかったのだから。しかし、手の中で生まれようとしているそれに対して、俺は疑念も疑問も持たなかった。それが当たり前であるように、俺はすでに受け入れていた。

 それが何か、俺はとっくに理解していた。これこそが、俺の、俺だけの……。

 手の中に、回転式拳銃が一丁現れた。どこかで見たことがある。そうだ、これは。

 「……なんだよ。驚かせやがって。」

 その拳銃を見た途端、エルドラゴの口調に余裕が戻った。それどころか、にやにやと笑い始めた。

 「まさかこっちの世界にも能力を持つ奴がいるとは思わなかったが、よりにもよって、俺に全く効かなかった鉄の筒じゃねえか。」

 遂には大声で笑い始めた。そのせいだろうか、エルドラゴはヴェロニカを取り落とした。

 「おっとっと、笑いすぎて落としちまったぜ。まったく、今更そんなも向けられたとしても、怖くもなんともねえってえの。」

 俺はゆっくりと銃を持ち上げた。

 「この『絶対断絶』がある限り、それは俺には効かねえ。何回言えばいいんだ、これ。」

 自分の手の中で生まれた拳銃。そうか、これが俺の能力か。なぜそんな力があるのかとか、そんなことはどうでもいい。

 俺は、銃をエルドラゴに向けて構えた。あの日の、俺の人生をがらりと変えたあの事件の日の父親のように。まっすぐに、奴を見据えながら。

 「いい加減鬱陶しいな。もう一発痛い思いをしねえとわからねえか。」

 エルドラゴは、そう言うと、また俺の方へ走り出した。シールドで体当たりをするつもりだろう。

 しかし、俺は落ち着いていた。自分の能力は、誰に教えられなくとも理解していた。一発。たった一発で充分だ。それで奴を仕留めることができる。

 「喰らえやあ!」

 怪物が迫ってくる。俺は躊躇いなく引き金を引いた。もう一度、奴の左胸へ。

 弾丸は回転しながら一直線に進んでゆく。シールドが迫ってくる。そして、弾丸とシールドが衝突した。エルドラゴがニヤリと笑った。

 跳ね返ると、思ったか?

 弾丸はシールドを貫いた。あっさりと、それが自然だと言わんばかりに。そのまままっすぐ飛んでゆき、鱗にないむき出しの皮膚に到達した。当然、皮膚は弾丸を防げない。弾丸はそのまま皮膚を貫き、心臓をも破壊した。

 俺の能力。それは、「最初に弾丸に当たったものを必ず貫通する」というものだ。

 エルドラゴの動きが止まった。目を見開き、こちらをただじっと見ている。何が起きたのか理解できていないようだ。

 「せっかくだから、ファブラで広めてもらうとするぜ。エルドラゴを倒した男の名前をな。お前の知らない、俺の名を。」

 最後に抱いた感情は、怒りだったのだろう。エルドラゴは口を大きく開き、何か叫ぼうとした。しかし、出てくるのは大量の血液だけだった。

 遂に怪物が膝から崩れ落ちた。そのままうつ伏せに倒れ込む。俺の足の、ほんの数センチ先に、奴の頭があった。その目はもう何も見てはいなかった。


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