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第一章 異世界からの訪問者④

 俺は、夢を見ているのだろうか。突然黒い球体が現れたかと思ったら、その中からトカゲの怪人が出てきて、今度は少女が現れた。

 「そこのあなた、下がってください。」

 瞬間、それが俺にかけられた言葉だと理解できなかった。

 「……え?」

 「あなたはこちらの世界の人でしょう?ここは危険です。早く、できるだけ遠くへ。」

 「……簡単に言ってくれる。逃げ場なんて、どこにあるっていうんだ?」

 背後には黒い球体、前方にはエルドラゴ。周りの壁は崩れたとはいえ、人が出られる程のスペースはない。逃げられるとしたら、エルドラゴの背後にある壊れたドアくらいのものだ。

 「だったら、そこから逃げてください。」

 「あいつの目の前を通って行けと?」

 「そうです。私がエルドラゴを拘束します。その隙に。」

 「拘束?そうか。その鎖が貴様の能力(グリット)か、『猟犬(ペロ・カサドール)』!」

 エルドラゴが突然吠えた。さっきまでの笑いはどこへやら、その声には怒りが篭っている。

 「だが、こんなもので俺を止められると思うなよ!」

 エルドラゴは叫び声をあげると、俺たちの方へ猛然と走り始めた。あまりの勢いに、床にも大きなヒビが入った。

 「死に晒せえ!」

 しかし、少女は一切動揺を見せなかった。彼女は右手をエルドラゴに向けて、呟いた。

 「『祈りの鎖』。」

 すると、今度は右手の袖から鎖が飛び出し、エルドラゴの体に絡みついた。腕に胴体に足。全身を鎖で捉える。それでもエルドラゴは構わず突っ込んできた。遂に彼女の目の前までやってくると、右手を振り上げた。

 その時、少女は鎖を両手で掴んだ。

 「ファブラに、帰るのです!」

 彼女は鎖を思いっきり引っ張った。勢いのついたエルドラゴはそのまま宙に浮き上がり、俺たちの背後へと吹っ飛ばされた。走ってきた勢いを利用したとは言え、小さな少女がエルドラゴの巨体を投げ飛ばしたのである。

 鎖から解放されたエルドラゴの体は、そのまま黒い球体へと飛ばされていった。

 「させるかあ!」

 エルドラゴは尻尾を伸ばし、近くの壁に突き刺した。そして、そこを支点に体を大きく捻り、球体を躱して向こう側に落ちた。

 「ふう、危なかったぜ。」

 「入りませんでしたか……。しかし、道はできました。」

 少女はそう言うと、唐突に僕の手を掴んだ。

 「何を—。」

 「あのドアへの障害物は無くなりました。今のうちに、奥に逃げましょう。」

 少女に手を引かれ、俺は立ち上がった。さっきのダメージがまだ体に残っている。一歩踏み出すたびに体に電流が走るようだ。それでも、俺は走らなければならない。せめて、この狭い廊下からは抜け出したい。ここでは逃げるにしても戦うにしても不利すぎる。

 戦う?俺は一体何を考えているのだろう。あんな怪物に俺が敵うはずないのに。しかし、その考えは俺の胸に自然な形で浮かんできていた。まるで、それが当たり前であるかのように。

 「逃すかあ!」

 体制を整えたエルドラゴが、こちらに駆け出した。鎖がない分走りやすいのか、先ほど以上のスピードが出ている。

 俺と少女は壊れたドアを蹴飛ばして中に入った。そこは、四角い部屋だった。ドアは一つ。すぐそばに下の階への階段がついている。廊下に比べれば遥かに広い。

 すぐにエルドラゴが追いついてくるだろう。俺は振り向いて銃を構えた。しかし、そこで繰り広げられたのは意外な光景だった。

 球体を越えて、ドアの近くまで来ていたエルドラゴ。しかし、暴れまわる奴の力に、人間仕様の床は耐えきれなかったらしい。元々入っていたヒビが大きく広がり、ドアまであと一歩のところで遂に崩れてしまったのだ。エルドラゴの表情が困惑に変わる。そして、俺たちの目の前で、奴は下の階へと落ちていった。

 「……これは、幸運、か?」

 俺はエルドラゴの落ちた穴を覗き込んだ。下の階の床にも穴が空いている。エルドラゴの体重を支えきれなかったらしい。奴はどこまで落ちていったのだろうか。

 少女は廊下を眺めている。

 「これで廊下側には戻れなくなってしまいました。」

 確かにそうだ。これだけ大きな穴が開いてしまっては、通ることは叶わない。

 「だったら別の道を。」

 俺は部屋にあったドアのところまで行き、ノブを掴んだ。しかし、どれだけ強く回そうとしても動かない。

 「つまり、俺たちに残された道はこの階段だけか。」

 下の階へと繋がる階段。なんて事のない階段のはずなのに、今は極めて不気味に見える。

 「しかし、下に行けばエルドラゴと鉢合わせになるでしょう。奴は必ず登って来ます。一度定めたターゲットは絶対に逃さない。それが殺人鬼エルドラゴです。」

 「おいおい、それじゃあ逃げ場なんてないじゃないか。」

 少女は顔を曇らせている。どうするべきか考えているようだ。

 しばらくして、少女は口を開いた。

 「ここで、迎撃します。構造のわからない地下を彷徨うよりも、広いここの方が幾分かマシでしょう。ですが、あなたは。」

 「逃げろってか?一人で?冗談じゃない。」

 「しかし。」

 俺は拳銃のシリンダーを確認した。残りの弾数は二発。これで、奴を倒せるだろうか。全身を硬い鱗に守られた怪物を。

 「こうなったら、意地でも鉛玉を喰らわせてやる。」

 予想外の言葉だったのだろう、少女は目を点にした。

 「あなた、一緒に戦うつもりですか?」

 「そうだ。と言うよりも、あんたが戦わなくても俺はやる。」

 「無茶です!そんなことをすればあなたの命は……。」

 「それはあんたも一緒なんじゃないのか?あんたも決め手にかけるんだろう?」

 さっきの戦いで、彼女はエルドラゴの拘束に成功した。しかし、まともなダメージは与えられていない。放り投げたところでエルドラゴには効いていないようだった。

 「それは、確かにそうなんですけど。これでも私は『猟犬』の一人です。そう簡単にやられたりしません。」

 「その『猟犬』とやらが何かは知らないが、そんなことはどうだっていい。俺に一つ作戦がある。あいつにこれをお見舞いしてやる策が。だから、協力してはくれないか?」

 少女はまじまじと俺の顔を覗いている。そして目をそらすと、呟いた。

 「あなた、人の言うことを聞かないタイプですね?」

 「そうかもしれない。」

 「私としては、これ以上こちら側の世界に被害を出すわけにはいきません。当然、あなたが殺されないように行動しないといけないのです。」

 そして彼女は小さくため息をついた。

 「わかりました。協力します。」

 少女は右手を差し出した。俺はその手を軽く掴む。

 「鬼塚宗吾だ。」

 「ヴェロニカ。ヴェロニカ・レジェスです。」


 「ところで、お前たちは一体何者なんだ?」

 俺は、ずっと抱いていた疑問を口にした。

 「……ここまで巻き込んでしまっては、説明するしかないのでしょうね。」

 ヴェロニカは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 「私たちは、こことは似て非なる世界、ファブラの人間です。」

 「ファブラ?」

 そう言えば、エルドラゴもそんなことを言っていたような気がする。だが。

 「俄かには信じられないな。」

 「そうでしょうね。ファブラ側も、初めて異世界を認識した時は大論争になったそうですから。『そんなもの、あるはずがない』って。」

 「認識?」

 そのファブラとやらでは、地球の存在を知っていたというのか。

 「私たちファブラの人間には、稀に不思議な力を授かるものがいます。その中に、別の世界を観測できるものがいたのです。」

 何ともはや、荒唐無稽な話である。

 「地球と似ている世界ってさっき言ったよな。地球にはそんな力を持ったものはいないが。」

 もちろん、本当にまったく存在していないのかどうかはわからない。探せばどこかにいるのかもしれない。念動力だの透視だのと、超能力を持つと言い張る人間は定期的に発生する。その中に少しぐらい本物がいたって別におかしくはないのかもしれない。

 しかし、少なくともそれが一般的に認められるということは、ない

 「あくまで、似て非なる世界ですからね。それでも、似ているところはたくさんあるのですよ?豊かな自然に豊かな文化。そもそも人類が存在しているだけでも、酷似していると言えるでしょう?」

 それは確かに、そうかもしれない。

 「ただ、地球とは違って、ファブラには人類にもいくつかの種類があるのです。」

 「その一つが、リザードマンか。」

 エルドラゴは「この世界の人権はどうなっているのか」と言っていた。つまり、元の世界での奴は、人権のある人間というわけだ。

 「エルドラゴはそのリザードマンの一人です。そして、その種族内でも稀に見る凶悪な犯罪者でした。」

 「本人から聞いたよ、八人殺したって。」

 今は九人だが。

 「そうです。エルドラゴは本物の連続殺人鬼です。」

 「それで、そんな奴がどうしてここにいるんだ?」

 結局のところ、聞きたいことはそれに集約される。異世界があろうがなかろうが、それがどんな世界なのかなんてことはおまけに過ぎないのだ。

 ヴェロニカは顔を顰めた。

 「詳しいことは、私の口からは説明できません。これは、説明しないのではなく、できないのです。」

 「だが、わからないで済まされる問題ではないだろう。」

 「もちろんそうです。ですから、私にわかる範囲での説明をこれからしようと思います。」

 ヴェロニカはそこで一息ついた。どう説明するべきか悩んでいるようだった。

 「簡単に言えば、(プエルタ)が開いてしまったことが原因です。」

 「門?」

 「あの、黒い球体です。我々は、あの球体のことを門と呼んでいます。その正体がなんであるのかは、まだわかっていません。わかっていることはただ一つ、門は別の世界とつながっているということです。」

 「その別の世界ってのが、あんたの言うファブラって世界ってことか。」

 ヴェロニカは頷いた。

 「我々からすると、繋がっているのは地球の方という認識ですが、まあそれはどちらでも良いでしょう。とにかく、ファブラと地球は稀に繋がってしまうことがあるようなのです。」

 「稀に、か。」

 「そうです。稀に、です。一体何が原因なのか、そもそも原因と言えるような具体的な条件が存在しているのか、まだわかっていません。」

 「その門が、なぜだか知らんが今日、開いてしまったと。それも、この刑務所に。」

 「刑務所なのですか?ここは。」

 「ああ、それも凶悪犯ばかりが収容されている、な。」

 ヴェロニカの顔から血の気が引いた。

 「なんてことを、そんな危険な場所に開いてしまうなんて……。」

 ヴェロニカはそこで黙り込んでしまった。見ると、絶句しているようだった。

 「それで、そのファブラ側で、一体何があったんだ?」

 「え、ええ。そうですね。ファブラでは最近、一人の凶悪犯を捕まえたところでした。」

 「それはもちろん?」

 「ええ、そうです。エルドラゴ、です。先ほども言いましたが、彼は本物の連続殺人鬼です。それも、極めて功名心の強いタイプでした。」

 功名心。つまり名を上げたかったということか。俺も実際に名前にこだわる奴を見ている。

 「エルドラゴの名前に関するこだわりは、異常なものでした。自分の名前を世に知らしめるためだけに、あいつは殺人を重ねたのです。名を上げたいのならば、他にも方法はたくさんあったはずです。犯罪に手を染める必要なんてなかった。それなのに、エルドラゴは次々に人の命を奪いました。そして、そのことを自ら表明しました。」

 ヴェロニカは、拳を強く握りしめた。

 「エルドラゴは、新聞に犯行声明を送ったのです。それだけじゃありません。犯行予告も添えられていました。私たち『猟犬』は、その犯行を止めるために必死に活動しました。見回りや警護、被害者についてもたくさん調べました。それなのに、あいつは。私たちを嘲笑うかのように!」

 唇がわなわなと震えている。よっぽど悔しいのだろう。どうやら『猟犬』というのは、俺たちで言うところの警察に当たるらしい。

 「しかし、その犯行も、先日終わりを告げました。我々があいつを捕まえたのです。九人目の被害者が出る直前のことでした。遂に、事件を終わらせることができた、そう思ったのに……。」

 ヴェロニカはさらに強く拳を握りしめた。しかし、すぐに力を抜いた。

 「エルドラゴを私たちの街に輸送していた時のことです。私はエルドラゴの監視役として輸送に使われた馬車に同乗していました。街が見えてくる丘の上、そこで突然、地面が激しく揺れ始めました。当然馬車は止まりました。そして、馬車の客室を巻き込むように、門が現れたのです。私はそれが門であることを直感的に理解しました。おそらく、エルドラゴもそうだったのではないでしょうか。門はあいつのすぐ横に発生しました。あいつはすぐに門へと飛び込んだのです。鎖で捉えようとしましたが、私の鎖も門には太刀打ちできませんでした。」

 「それで、エルドラゴはここに現れたのか。」

 ようやく、状況を理解することができた。おとぎ話のようなありえなさだが、実際に目にしてしまっている以上、信じるほかないだろう。

 地下から地響きが聞こえてくる。あいつが階段を登ってきているらしい。

 「一応聞いておくが、エルドラゴに弱点はあるのか?」

 ヴェロニカは首を横に振った。

 「リザードマンは全身を硬い鱗に覆われています。それを貫くには、相応の武器が必要です。」

 拳銃以上の武器か。少なくともここには存在していないな。

 「……そろそろ、お出ましのようだ。」

 地響きは強くなっている。エルドラゴが近づいている証だ。

 「さっき話した作戦の通りに。頼む。」

 「わかりました。」

 俺たちは暗い部屋で散開した。


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