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第一章 異世界からの訪問者①

 平凡な人生とは、どう言ったもののことを言うのであろうか。二○十九年現在の常識で言えば、何事もなく子供時代を過ごし、高校受験や大学受験を経て、就職して結婚してと、まあそんなものだろうか。その中で一流大学に通ったりブラック企業に奉仕したりと色々ブレはあるだろうが、それらを含めても別に非凡であるとは言えないと思う。しかし、実際のところ受検や就職などは人生の転機として大々的に取りざたされるものでもある。俺にはこれがどうにも矛盾しているように思えて仕方がなかった。どう転ぼうが平凡な人生なのだから、そんなに血眼になる必要があるのだろうか。実際に口に出して言うと誰かに怒られてしまいそうなので言わないが。平凡であることと幸せであることは、同じベクトルには無いと言うことか。

 「今日はここまで、みんな、帰っていいぞ。」

 担任の声が俺の耳に入ってきた。ここは平凡な人生の一つである高等学校。そして今は放課後である。どうでもいいことを考えていたせいで、担任の話を聞きそびれてしまった。まあ、別にいいだろう。

 この高校は、別段優秀なわけでもなく、かと言って不良のたまり場でも無い、正に平凡な学校であった。時々スポーツで全国大会に出場するような生徒も出て来るが、そう多いわけでも無い。普通である。

 担任の言葉を聞いた生徒たちは、それぞれバラバラと動き始めた。校門に駆けて行く者、部活に向かう者、友達の席へ向かう者、様々である。高校に入学してまだ一ヶ月ほどしか経っていないが、それぞれの生徒の行動パターンは固まってきているようだ。今日が金曜日ということもあってか、生徒たちの足取りはいつもより軽く見える。

 俺はと言うと、ゆっくりと伸びをした後、カバンの中に教科書を仕舞い始めていた。

 「ソーゴ、帰ろ?」

 声に釣られて顔を上げると、そこには見知った顔があった。

 「ミチルか。」

 朝霧ミチル。俺のクラスメートであり、幼馴染であり、腐れ縁である。家が近いこともあり、こいつと一緒に帰宅することは多かった。

 「どうしたの?不機嫌そうな顔をして。」

 「これは生まれつきだが。」

 「そんな月並みな返しをしないでよ。」

 月並み、か。確かに小説やら漫画やらでよく、見る返しではある。

 「別に、機嫌は悪くない。ただぼーっとしていただけだ。」

 「そう?だったらいいんだけど。」

 ミチルは小さな体を乗り出して、俺の顔をまじまじと眺めている。茶色の大きな目に小さな口。肩にかからない程度のふわふわした栗色の髪が俺の顔に当たって少し痒い。

 「何かあったら言ってよね?世界中の全てがソーゴの敵に回ったとしても、ボクだけは味方でいてあげるから。」

 「何でいきなりそんなに追い詰めらられなけりゃいかんのだ。」

 「ソーゴってそう言うところあるよ?目的のためだったら自分がどうなっても構わない、みたいな。」

 そうだろうか。自分ではそんなこと考えたこともなかったが。

 「気をつけるよ。」

 俺はカバンを持ち上げた。六時限分の教科書とノートが入っているカバンはそれなりに重たかった。

 「帰るぞ。」

 「うん。」

 俺たちは二人並んで教室を出た。廊下の窓から西日が目に飛び込んで来る。これだけ眩しいのだ、明日もきっと晴れるだろう。


 学校からの帰り道。俺の隣ではミチルが何がしかについて色々と喋っていた。しかし、俺はあまり聞いてはいなかった。引き続き、平凡な人生について考えていたのである。

 教室での考えは、出来事から人生を読み解こうとしていた。しかし、人生の切り取り方は他にも様々なやり方が考えられる。例えば、生きている本人についてだ。その人生を歩む人物が非凡な存在であるのならば、人生も平凡ではなくなるのかもしれない。才能が埋もれてしまうということもあるかもしれないが、凡才の埋もれ方に比べればはるかにマシだろう。少なくとも現代日本は、食事にも有り付けないような発展途上国に比べれば、まだ才能を伸ばしやすいと言えるはずだ。

 もっとも、現代日本のあり方なんて俺にはどうでもよかった。大事なのはもっと小さな視点である。要は平凡な人生か、非凡な人生かだ。

 ちなみに俺は、別にどちらかを望んでいるわけではない。平凡だろうが非凡だろうが、俺自身に関してはどっちでもよい。ただ、今までの人生があまり一般的ではなかったので、平凡な人生というものがよく分からない。これまでの考えも、ある種の無い物ねだりなのかもしれない。

 「ねえ、ソーゴってば。」

 「……ん?」

 「聞いてなかったでしょ、ボクの話。」

 「ああ、聞いてなかった。」

 ミチルの頬が少し膨らんでいる。

 「だったら言うことがあるんじゃないかなあ。」

 「……すまん。」

 「別にいいんだけどね。ソーゴが話を聞いてくれないのはいつものことだし。」

 俺はそんなに失礼な人間なのだろうか。確かに担任の話も聞いていなかったし、本気で気をつけたほうがいいのかもしれない。

 「でも、せっかく一緒の高校に入れたんだからさ。もう少しくらい……。」

 「それで、何の話だ?」

 なぜかミチルの頬がさらに膨らんでしまった。しかしそれは一瞬のことで、すぐにミチルはため息をついた。

 「まあ、いいや。ちょっとこれを見てみてよ。」

 そう言うとミチルはスマートフォンの画面をこちらに向けた。背の低いミチルは必死に手を伸ばしている(俺との身長差は三十センチを軽く超える)。俺はその腕を掴んで下ろすと、自分が中腰になってスマートフォンを覗き込んだ。そこにはニュース記事が載っていた。


 夜の繁華街で発砲事件か?

 昨日深夜、滝谷において拳銃発砲事件が発生した。その場にいた複数の人間が銃声を聞いており、建物の外壁にも銃撃の痕跡が残されていた。しかし、使われた拳銃、弾丸は共に発見されていない。滝谷における発砲事件は今年に入って三度目であり、過去の事件においても弾丸は発見されなかった。また、過去の事件では貫通された壁も発見されており、違法に強化された拳銃が使われているのではないかという専門家の声も上がっている。


 俺が記事を読み終わり、顔を上げると、そこには心配そうなミチルの顔があった。

 「ソーゴも時々滝谷に行くでしょう?巻き込まれたら大変だよ?」

 「そうだな。」

 滝谷は、この街で唯一と言っていい繁華街である。そのため、街の若者を始め、少々危険な香りのする連中もたくさん集まってくる。中には武器を持っている者も当然存在する。

 「だが、大丈夫だろう。今回も、過去の事件も具体的な被害者はいないんだろう?」

 「それはそうだけど……。しばらく滝谷に行くのは控えたほうがいいと思うよ。」

 「考えておく。」

 人間がそう答える時は、大抵言われた通りにしない時である。ミチルもそれに気づいているようだったが、それ以上は何も言ってこなかった。

 

 そのあともミチルは様々な話題を提供してくれた。本日出された宿題はとても難しいだの部活には入らないのかだの、割とどうでも良い話題が続いた。だが、今回は極力耳を傾けることにした。

 「まだ高校には慣れないな。中学校と何が違うんだろう。」

 「俺は特に違わないと思うが。」

 「だったら、ボクはソーゴよりも繊細ってことだね。」

 それはおそらく事実だろう。俺はどうも他人に対して鈍感な面があるようだし。

 「中学校までの同級生がほとんどいないから、緊張しているんじゃないのか?」

 鈍感な俺なりに慮って意見を出してみたが、ミチルはフルフルと首を降っている。

 「それはないよ。」

 「なんで。」

 「ソーゴがいるもん。」

 逆に言えば、俺以外には知り合いもいない環境であるはずなんだが。本人がそう言うのだから、そうなんだろう。

 そうこうしているうちに、ミチルの家が見えてきた。住宅街の中にある。一般的な一軒家。茶色い屋根の二階建てで、長く住んでいるはずなのにその壁は新築のように白かった。手入れが行き届いているのだろう。

 「じゃあ、また来週な。」

 俺はミチルに背を向けた。

 「あ、待って。」

 「ん?」

 「明日、だよね。会いに行くの。」

 「ああ。」

 そう、明日は一つ予定がある。それも、極めて重要な。

 「ソーゴ。」

 「だからなんだ。」

 振り返ると、唐突にミチルが抱きついてきた。小さな体を全部使って、俺を抱きしめようとする。

 「なんだ?どうした?」

 俺はあまり気に留めなかった。ミチルが突拍子もない行動を取るのは今に始まった事ではないし、抱きついてくることも昔から時々あった。とは言え、最近はあまりなかったのだが。

 「うん、なんでもないんだけど……。」

 ミチルが顔を上げた。その表情は真剣そのものだった。

 「どこにも行っちゃイヤだよ?」

 ミチルはただ一言、そう言ったのであった。


 ミチルと別れた俺は、自分の家へと向かった。昔はミチルの家の隣に住んでいたのだが、今は少し離れたアパートで一人暮らしをしている。気楽と言えば気楽な暮らしだ。俺には合っているのかもしれない。

 歩くこと三分。俺は自宅の前に立っていた。そこら中の金属が錆び付いている、ぼろぼろのアパート。初めて見た人間なら、暮らすことに間違いなく躊躇するだろう。壁はひび割れているし、周りには雑草が生えまくっている。一応管理人と呼ばれる人間が存在しているらしいのだが、俺はそんな奴が働いているところを見たことがない。

 俺は階段を登り、自分の部屋へと向かった。ギャンギャンと足元から悲鳴のような音が鳴っている。そのうち抜けるのではないだろうか。

 俺の部屋は角部屋である。そのため日当たりだけはいい。部屋に入ると、やはり西日が差していた。クリーム色のカーテンから透けて見える光が、俺のお気に入りだった。

 手洗いとうがいを済ませた俺は、いつも通り仏壇に向かった。そこには俺の両親の写真が飾ってある。二人が死んでからもう六年になる。色々な事情があり、俺はずっと一人暮らしをしている。二人がいない生活にも、とっくの昔に慣れてしまった。

 「明日、あいつに会いに行ってくるよ。何も喋ってくれないと思うけど、やっぱり俺は諦めきれない。」

 手を合わせた後、俺は二人に報告した。あいつに会いに行くのも何度目のことだろうか。一度もまともに喋ってくれたことがない相手に会いに行くというのも、滑稽な話であろう。だが、俺は会いに行くのをやめなかった。あいつしか両親の死の真相を知っている人間はいないのだ。俺はそれを聞き出すまで、諦めるわけにはいかない。

 俺の父親、鬼塚恭介は、警察官だった。若いうちからいくつもの難事件を解決へと導いた、優秀な刑事だったらしい。そして母親、鬼塚切花は、専業主婦だった。二人は刑事と事件関係者として出会い、恋に落ちたらしい。昔母からそう聞いた。あまり詳しいことは教えてもらえなかったが、とにかく激しい父からの猛アピールに、母は参ってしまったのだと言っていた。そんな言い方をしていたが、二人の仲はとても良かったように俺は思う。俺のことも大事にしてくれた。父は仕事柄なかなか家に帰って来られなかったが、わずかな時間を見つけては俺を可愛がってくれた。母は父の分も俺に愛情を注いでくれた。

 そんな彼らがこの世からいなくなったのも、一つの事件が原因だった。

 六年前、俺と母は誘拐された。誘拐犯の名前は賀東真吾。過去に父の手で逮捕されたことのある人物で、父を恨んでいたらしい。罪状は殺人罪。元々チンピラだった賀東は、喧嘩の延長線で相手を殺してしまったらしい。本人曰く、殺すつもりはなかったそうだが、執拗に攻撃を受けていた死体から、殺人罪として検挙された。父を逆恨みした賀東は刑期を終えた後、俺と母を誘拐した。

 俺たちを誘拐した賀東は、身代金を要求した後、とある倉庫に立てこもった。刑事である父は、その情報を掴んで現場に急行した。父が賀東に銃を向けた。ここまでは俺も憶えている。しかし、ここから先の記憶が、俺にはない。だからここから先は、あくまで記録上のことである。

 倉庫で爆発事故が発生した。その衝撃で、父も母も木っ端微塵に吹き飛んだ。生き残ったのは、俺と賀東の二人だけである。

 爆発の原因は、ガスが溜まった倉庫内で父が発砲したこと、となっている。実際に、後から発見された父の拳銃は、弾が一つだけなくなっていた。そのため父は、ガス漏れに気づかず発砲した間抜けな警察官として、世に発表された。妻を救うどころか、命を奪う原因となった男、そう報道されたのである。

 しかし、その倉庫にガスが溜まっていたという証拠はどこにもなかった。後の資料作りにおいて何か理由をつける必要があったため、そうであったと推測されただけなのである。それ以外にも、この事件には謎が多い。そもそもなぜ俺が生き残っているのか。俺と母が一緒にいたのならば、俺も消し飛んでいなければおかしいではないか。

 その謎の答えを知っているただ一人の人物、それは賀東だ。賀東は大した怪我もせず、現場から生還した。あいつだけが全てを見ていたのだ。しかし奴は、裁判でも何も喋らなかった。ただ自分は誘拐しただけだと主張した。そして、それは通った。賀東は再び収監された。今度は誘拐の罪で。無期懲役であった。現在賀東は、入間刑務所というところにいる。

 俺は、ガス爆発という定説では納得ができないのだ。俺だってその場にいたのだから、本当にガスが溜まっていれば気づいていたのではないか。仮に無色無臭のガスだったとしても、そんなものがなぜあの倉庫に充満していたのか、誰も説明できないのだ。だから俺は会いに行くのだ。収監されている賀東に。何度でも、何度でも、真実を聞き出すために。それだけが唯一の、俺の生きる理由だった。


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