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第四章 深まる謎と、本当の始まり①

 「グギャゥアアア!」

 悲鳴をあげたのは俺ではなく、奴の方だった。一際大きな叫び声とともに、俺にかかっていた奴の体重が消えて無くなった。

 俺はボロボロの体を転がすようにして、奴の方を見た。奴は、のたうち回っていた。さっきの石炭の時と同じ、いやそれ以上に。その体は、さらに一回り小さくなっていた。

 なぜかはわからない。しかし奴は再び弱体化している。その姿はもはやただの人間に近い。獣のような荒々しさを失い、線の細い男性になりつつある。

 「この野郎……、ふざけるな……。」

 俺は息を切らしながら必死に立ち上がった。肩からも、喉からも激しく出血している。意識も朦朧とするが、それでも、倒れるわけにはいかない。そんなことは、後でいくらでもできる。

 奴はヨロヨロと闇の中を進んで行く。今までのような音のない動きではない。ベタベタと歩く姿は、人間そのものだった。向かっている先にはミアが転がっている。それを食い、回復を図るつもりか!

 「させるか……!」

 幸運にも、俺が受けた怪我は上半身に集中している。つまり、足はまだ動く。俺は一歩を踏み出した。裂けた上半身の筋肉が悲鳴をあげている。歩くたびに血液が噴き出す。それでも、俺は歩く。歯を食いしばって、動く右手を前に突き出して。

 とにかく今は、足を回転させることに集中しろ!歩くんじゃあ間に合わない。走るんだ!どれだけ無様な姿だろうと構うものか。追いつきさえすれば、この手が届きさえすれば……。

 「うおおおお!」

 俺は最後の力を振り絞って走り始めた。奴の背中を一心に見つめて。奴はこちらを振り向いた。その顔は恐怖に歪んでいた。何を今更。お前が襲った人間たちの方が、怖かったに決まっている!

 遂に奴に追いついた。俺は奴の背中に自分の体をぶつけるようにして飛び込んだ。倒れ込む俺と元怪物。それでも奴は懸命に手を伸ばす。その先にはミアがいた。後数センチ。絶対に届かせるものか!

 俺は奴に馬乗りになると、その肩を掴み、表に返した。

 「あ、ああ。」

 奴の口から言葉にならない悲鳴が漏れた。その顔にはどこか見覚えがあった。だが、考えている暇はない。

 「これで……、終わりだ……!」

 俺は全身で奴に体重をかけて動きを止めると、奴の口の中に右手をねじ込んだ。今や牙を失ったただの人間の口、それも恐怖で開いているのだ。ねじ込むのは簡単だった。

 「うう、ううう……。」

 奴はじたばたと暴れている。しかしそこに先ほどまでのパワーは微塵も残っていなかった。もはや傷ついた人間のそれでしかない。それも、時を追うにつれて弱まっていった。

 「……失礼じゃないか……。あれだけ人間を食らっておいて、俺は食えないっていうのか?ああ?」

 奴の目から大量の涙が零れ始めた。パタパタと力なくその両手が地面を叩く。それでも俺は手を緩めなかった。それどころか、今度は体重を全て右手にかける。普通の人間だとしても、ここまでやられれば最低でも失神は免れないだろう。ましてやこいつは、なぜかは知らないが俺の腕を食えない。奴はさらに弱っていく。髪の毛が抜け始め、皮膚は年老いたかのようにシワが深くなる。

 遂に、奴の目がぐるりと反転し、完全に意識を失った。ようやく、無力化に成功したのだ。これで、殺戮は終わるはず。そう考えた途端、全身が緩み、右手の力も抜けていく。俺の意識もこれまでか……。警ら隊の連中、そろそろやってこないかな……。

 気付けば俺の意識も、闇の中に落ちていた。


 俺は、闇の中を走っていた。重たい足を懸命に持ち上げて、大地を蹴っていた。今、自分がどこにいるのか、何のために走っているのかすらもわからない。しかし俺は、全速力で走っていた。そうしなければならない、そんな気がするのだ。

 前方には、小さな光が見えていた。その中には、小さく人影のようなものも見える。

 「宗吾、どこに行くんだ?」

 突然背後からかけられる言葉に、俺は足を止めて振り返る。

 「誰だ?」

 「宗吾、こっちに来なさい。」

 背後に立っていたのは、一人の男だった。にこやかに微笑みながら、俺の方をじっと見つめている。しかし、その姿には大きな違和感があった。

 「こっちに来るんだ。」

 男はそればかりを繰り返す。埒が明かない。俺は男を無視して先に進もうとした。

 「宗吾!」

 声が突然、怒声に変わった。背中にビリビリ来るような、激しい声。そして、突然鳴り響く銃声。俺は思わず振り返った。

 男の顔が、怒りに燃えている。拳銃を構え、こちらをまっすぐに見つめている。今にも次の一発を放ちそうな雰囲気を湛えている。しかし、俺の心に恐怖は浮かばなかった。それどころか、この状況に納得さえしていた。そうだ。これが正しいのだ。確かにあの時、父さんは拳銃を構えていて。

 突然、背後から何かが俺の側を通り過ぎて行った。俺と同じくらいの大きさの何か。それは、父さんの元へ一直線で向かって行く。一体、何だ?それを確認したいのに、俺の目は徐々に霞んでゆく。父さんの顔も、すぐに見えなくなってしまった。

 「父さん?父さん!」

 もう、どれだけ声を上げても届かない。それは俺にもわかっていた。それでも、俺は懸命に声を上げた。そうすることでしか、俺は俺を保てそうになかった。

 再び世界が闇に落ちる。


 なんだろう、体が揺れている。ガシャガシャと金属の擦れるような音の中、俺は意識を取り戻した。俺の目の前には誰かの後頭部があった。どうやら、誰かに背負われているらしい。

 「目が覚めましたか。」

 その声で気付く。俺を背負っていたのは、アーロンだった。どうやら、警ら隊が街道を行進しているらしい。進行方向にクエントの城壁が見える。

 空は赤く染まり始めていた。俺が気を失ってから、かなりの時間が経ったようだ。

 「アーロンさん。」

 「まったく、無茶が過ぎます。あれだけの被害を出した犯人に対してたった三人で向かって行くなんて。」

 そう言いながらも、アーロンは微笑んでいた。俺も釣られて頰が緩む。

 「ここは、お手柄だって褒めるところじゃないですか?」

 「それは、俺の役目じゃないでしょう。あなたたちの上官がしっかりと褒めてくれるはず。楽しみにしておくことです。もしかしたら、城からも何か出るかもしれない。」

 褒賞ってやつか。別にそんなものが欲しかったわけではないのだが。

 「奴は、どうなりましたか?」

 「ああ、全身を縛って連行しています。大丈夫。奴の能力については、ミア殿から聞いています。」

 「意識が戻ったんですね。ヴェロニカは?」

 「心配はいりません。外傷はないですからね。今は眠っています。」

 「……よかった。」

 心からの言葉だった。ヴェロニカはもちろんのこと、たとえ俺に対して辛辣だとしても、ミアも俺の仲間なんだと闘いの中で実感した。二人がいなければ、奴を倒すことはできなかったし、二人がいたから、最後まで戦い抜くことができた。この右も左も分からない世界で、信用できる人間に出会えたのだ。それを失うことだけは、あってはならない。

 「ところで。」

 アーロンの顔が真面目なものに変わった。声も幾分か硬くなっている。

 「あの犯罪者の正体を、ソウゴ殿は知っているのですか?ミア殿が言っていた。あいつのことを、ソウゴ殿は知っているかもしれないと。」

 その言葉を聞いた時、俺は奴との最後の格闘のことを思い出していた。あの時見た奴の顔には見覚えがあった。それも、地球で。さっきはそれどころではなかったが、今なら自信を持って言える。

 「ええ、知っています。あいつの名前は阿久津玄二。俺の国で何人もの命を奪った殺人鬼です。」

 「……そうか、ソウゴ殿の故郷の犯罪者でしたか。そういえば、あなたはどこの出身なんですか?」

 言ったところで通じるだろうか。いくら地球の存在が観測されているからと言って、それをここで話しても信じてもらえるかはわからない。

 だが、アーロンだって警ら隊の一員だ。門が開いていていたことくらいは知っているだろう。そうだとしたら、一番わかりやすい言葉はこれだろう。

 「異世界です。」

 アーロンは声を上げて笑い出した。俺も釣られて笑い出す。そりゃあそうだ。異世界って。言われた方も困るだろう。

 「だったら、さながらソウゴ殿はおとぎ話の英雄というわけですか。」

 間違ってはいないだろう。俺は危険な犯罪者を二人も対処したのだから。

 「まあいいです。正直に言って、俺はあなたのことを信用していなかった。こんな何処の馬の骨かも知れない奴が『猟犬』だなんて、てね。だけど、認めます。ソウゴ殿は、本物の『猟犬』だ。」

 「そりゃあ、どうもありがとうございます。」

 「これから、よろしく。……さて、クエントが近くなってきましたな。あと少しです。」 

 確かに、クエントの門が見えるところまで、俺たちはやってきていた。あの賑やかな街に、やっと戻ってこられたのだ。安堵の気持ちが胸いっぱいに広がる。

 「すみません、安心したらまた眠たく。」

 「ああ、構いません。今は休んでください。」

 「ありがとう、ございます。それじゃあ、お言葉に甘えて……。」

 俺は再び夢の世界へと落ちていった。今度は闇じゃない、まともな夢が見られますように。


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