第二章 異世界ファブラと入隊試験⑦
「ヴェロニカ!」
イサークが叫んだ、咄嗟にその体はヴェロニカの方を向く。
その瞬間、俺は駆け出していた。最後の力を振り絞って、必死に大地を蹴った。そのままイサークの懐に飛び込む。そして、その胸に銃口を向けた。ヴェロニカに気を取られたイサークは、今度ばかりは反応できなかった。胸に銃口を向けられたまま、イサークの動きが止まった。
「そこまで!」
闘技場に、ベルナルダの声が響き渡る。その声で集中が解けたのか、俺はその場に座り込んでしまった。しかし、
「てめえ、よくもヴェロニカを!」
イサークに襟を掴まれ無理やり立たされると、思い切り揺さぶられた。まだイサークは能力を解いていない。俺の首に燃え上がるような熱が襲ってきた。『原初の炎』は生命には作用しないと言うことだったが、その熱は人を傷つけるのに充分なようだ。
「落ち着いてください。イサークさん!」
「落ち着いていられるか。こいつはヴェロニカを—。」
そのヴェロニカが、イサークのすぐ横に立っていた。
「何で?お前こいつの変な武器でやられたんじゃ……。」
「……ごめんなさい。あれは演技なんです。」
ヴェロニカの表情に赤みがさした。それと対照的に、イサークの体から熱が抜けてゆく。
「見事だったよ、二人とも。」
小部屋から出て来たベルナルダが手を叩きながらやって来た。
「まさか本当にイサークに勝つとはねえ。」
「師匠、どう言うことなんだ?」
イサークはまだ理解できていないらしい。腑抜けた顔で俺たちとベルナルダの顔を交互に見ている。
「簡単なことだよ。あんたは担がれたのさ。この二人に。」
そう、とても簡単なことだった。ヴェロニカとイサークは、今回たまたま対決しただけで、本来は味方同士である。そして、イサークが仲間思いなのは、昨日の会話を聞いていれば誰にでもわかることだ。そんなイサークの目の前で、突然仲間が撃たれれば、しかも仲間であるはずの人物から攻撃されれば、どう思うだろうか。イサークは俺の想像通り、咄嗟にヴェロニカの方へと注意を向けた。その隙を突かせてもらった。単純な話である。
この作戦については、試験の直前に食堂で話し合った。ヴェロニカに当てない自信はあったが、それでも危険なことに変わりはない。ヴェロニカが嫌がれば、俺はこの作戦を封印するつもりでいた。しかし、ヴェロニカはそれを受け入れた。
「ソウゴさんが当てないと言うのならば、私は当たりません。」
彼女の態度は妙に自信満々だった。なぜ俺なんかのことをそんなに信用してくれるのだろうか。
「ふふ、わからないのですね。」
ヴェロニカは楽しげに笑っていた。俺は憮然とした顔をするしかなかった。
ともかく、そう言う経緯で作戦は実行に移されたのだ。
「よく思いついて、よく実行したね。単純な強さだけじゃない、勝利への渇望。見せてもらったよ。ただね。」
ベルナルダは俺の顔を覗き込んで言った。
「今回うまく言ったのはヴェロニカとイサークが本来味方同士であったからだ。そんなケース、基本的にはない。わかっていると思うけど、他でやるんじゃないよ。」
「ええ、当然です。それで、ベルナルダさん。結果は?」
「ああ、そうだね。結果なんだが……。」
彼女の顔が曇る。いかにも言いにくいんだと言わんばかりに、目を俺から逸らす。
「結果は……。」
「結果は……?」
ベルナルダが破顔した。
「もちろん、合格さ!」
「……でしょうとも!」
何なんだよ意味深な間を取りやがって。ここまでやって不合格だったらキレるわ!
「いやあ、悪かったね。せっかくだから盛り上げようと思って。」
「いいですよそんなの……。」
ベルナルダは豪快に笑っている。そこに、ヴェロニカがおずおずと口を開いた。
「あの、ベルナルダさん。私は、どうでしたか?」
「ああ、ヴェロニカ。言いたいことはいくつかあるが、とりあえずよく頑張ったね。」
「はい、ありがとうございます。」
「何しみったれた顔をしているんだよ。あんたがいなければ、ソウゴは簡単にやられていただろう。それに、鎖がちぎれた後、よく立ち上がったね。」
そうだ、イサークが鎖を能力で加工した時、ヴェロニカの悲鳴が聞こえた。あれは一体?俺は二人の会話に口を挟んだ。
「そのことなんですけど、一体何が起こっていたんですか?」
「ああ、能力ってもんはね、多かれ少なかれ弱点や制限があるもんなんだ。あんたのそれにだって、何かあるんだろう?」
そういえば、俺は銃を出しっぱなしにしていた。俺はまざまざとそれを見つめる。確かにこの銃にも制限がある。弾数は五発。一晩眠った後は回復しているようだったから、一日五発が限界なのだろう。
「この子の『祈りの鎖』の場合、鎖を破壊されるとそのダメージが本体に行くんだよ。」
「ということは、さっきも?」
ヴェロニカは弱弱しく微笑んでいる。
「鎖を溶かされた時、両腕にその痛みが押し寄せて来ました。まるで腕の方が溶かされているかのように。」
「ごめんな本当に。ヴェロニカを攻撃するべきじゃないとはわかっていたんだけど。」
イサークが慌てて謝り始めた。わざわざ試験中に叫んで謝っていたほどだ。本当に不本意な行動だったのだろう。
「そんな、もう謝らないでください。むしろそうしてくれてよかったです。おかげでまだ立ち上がれるってわかりましたから。」
「そう、あんたは立ち上がった。今までのあんたなら無理だっただろう。ソウゴに声をかけられた時、返事もできなかったはずだ。それがよくここまで来たもんだ。」
目を細め、遠くを見つめるベルナルダ。
「力の差を感じると、いつも一歩引いてしまっていたあんたがねえ。」
しばらくしみじみと感じ入っていたベルナルダだが、ふとこちらを向いた。
「そうそう、あんたにこれを渡さないとねえ。」
そう言って彼女は何かを差し出した。それは、手帳だった。
「この手帳は『猟犬』に所属している証だよ。絶対に無くさないようにね。」
「はい。」
早速中を覗いてみる。そこには、「臨時職員」とあった。
「前にも言ったけど、いきなり正規職員にするわけにもいかなかったからねえ。」
「正規職員と臨時職員とでは、何が違うんですか?」
「面倒なことを聞くね。まあ給与形態とか責任の範囲とか色々だよ。後で詳しく説明するさ。それよりも……。」
ベルナルダの視線が、俺の肩、腹へと動く。
「まずは治療しないとね。医務室に行こうか。」
そう言えば、いくつか切りつけられたんだった。それまではアドレナリンでも出ていたのか痛みは感じていなかったのに、意識すると突然痛く感じる。
「医務室はこっちだ、付いてきな。」
そう言ってベルナルダは扉へ向かう。俺たちもそれに付いて行く。ベルナルダが扉を開けようとした、その時。
「大変ですベルナルダさん!」
向こうから扉が開き、入って来たのは一人の男。濃いヒゲが生えている。見覚えがあるような。ああそうか。昨日ファブラにやって来た時俺たちを取り囲んでいた警ら隊のリーダーか。
「どうしたんだいそんなに慌てて。何があったんだい?また門が開きでもしたのかい。」
「いえ、そっちではありません。パラグアス通りで、また殺人事件です。今度は若い男が殺られました。」
「パラグアス通り?ということは、まさか。」
「そうです。食人鬼です!」
食人鬼?人間を食らう殺人者?
「またかい!これで何件目だい?」
「三件目です。」
「ちょっと待ってください。連続殺人事件が起きているのですか?しかも、人を食べる?」
「ああ、そうだ。今から十日前位から、貧民街の住人が殺される事件が起きている。しかもその死体は、解剖されて内臓が食べられているんだ。」
解剖して、内臓を食らう。その殺人方法には聞き覚えがあった。地球で犯罪者について調べた時、いの一番に目に飛び込んで来た猟奇的な殺人者。
「地球からファブラに逃げたと思われる殺人者の中に、同じような犯罪者がいます。」
「何だって?誰なんだい、それは!」
「……阿久津玄二、俺の故郷の国で十五人を殺害しその内臓を食らった、連続殺人鬼です。」




