表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/22

第二章 異世界ファブラと入隊試験⑥

 「うおおおお!」

 イサークが叫びながらこちらを切りつけてくる。俺は剣先を注視して、またしてもギリギリで躱した。イサークの剣が後ろの壁に食い込む。僅か、本当に僅かだが、イサークの剣技が大振りになっていることに俺は気づいた。逃げ回る俺に、痺れを切らしているのかもしれない。

 石壁に食い込んだ剣を抜こうとするイサークだったが、思ったよりも深く食い込んでいたらしく、一瞬完全に動きが止まった。俺はバックステップを踏みながら、銃を構える。今なら、狙い撃てるはず。

 「させるか!」

 イサークが壁を手で叩いた。その体が一層赤く染まる。石造りの壁が、地面と同じように変形してゆく。石壁は槍となって、こちらに高速で伸びてきた。避けられない!

 貫かれる、そう思った瞬間に、目の前を黒い円状のものが覆った。それは、らせん状に回転した鎖だった。ヴェロニカの鎖が、石壁の槍を受け止めたのだ。

 「ソウゴさん!」

 「ああ、平気だ。ありがとうな。何度も何度も。」

 「いえ、むしろごめんなさい。私がイサークさんを捕まえることさえができれば……。」

 ヴェロニカは鎖の盾を解いた。その向こうには剣を引き抜いたイサークが立っていた。あの野郎。地面以外も操れるのか。あんな固そうな石を加工するなんて。

 加工?俺は、自分の胸に浮かんだ言葉を繰り返した。もしかして、そういうことか?

 「ヴェロニカ。『原初の炎』とは、触れたものを加工する能力なんじゃないか?人類にとって炎は、技術の発展に欠かせないものだった。炎を扱えるようになって、人間の加工技術は飛躍的に上昇した。」

 俺は人類史には詳しくないが、それくらいのことは知っている。炎がなければ、人間に作れるものなんて石包丁くらいだっただろう。

 「イサークの体が赤くなっているのは、奴自体が溶鉱炉の役割を持っているからじゃないのか?イサークは、自分自身を炉にして周りのものを加工しているんだ。」

 「……よくたどり着きましたね。その答えに。」

 ヴェロニカはゆっくりと頷いた。

 「ソウゴさんのいう通りです。イサークさんに触れられたものは、それが何であれ自在に加工されてしまいます。それが土であっても、鋼であっても変わりはありません。ただ一つ、生命を除いて。」

 「生きているものには効かないのか?」

 「はい。加工できるのは無生物に限ります。」

 だったら、直接体を握られても、とりあえず問題はないということか。だったらどうしたという話だが。

 「何をペチャクチャと!」

 イサークが剣を構え、こちらに向かって走り始めた。俺とヴェロニカは、今度は同じ方向へ逃げ出した。

 「あいつは自分の中の炎を使って周りのものを加工している。だったら、それを冷やしてしまえばいいんじゃないか?」

 「確かに、そうかもしれません。でもどうやって冷やすんですか?」

 ここには、奴を冷やせそうなものは存在しない。水も氷も、何も。

 「くそっ!放っといて冷めるのを待つしかないのか!」

 どんな溶鉱炉だって、燃やし続けるには燃料が必要なはずだ。だったら、延々と逃げ回っていれば、そのうち燃料切れで能力は使えなくなるはず。

 「あいつはどれくらいの間能力を使い続けられるんだ?」

 「すみません。具体的なことはわかりません。」

 「とりあえず粘ってみるしかないってことか。」

 今度は目の前から大地の杭が襲ってきた。俺たちは左右に分かれてそれを躱す。

 イサークから時間を稼ぐには、逃げ回るしかない。しかし、単純なスピードはほぼ互角、能力の攻撃範囲はあちらの方が遥かに上だ。逃げ回るのにも限界がある。ならば、一番いいのはヴェロニカの鎖で奴を捕らえること。そうすれば、俺の銃で詰みに持っていける。

 しかし、その隙を作るためには、結局逃げ回るしかなかった。俺は全力で駆け続けた。追いつかれそうになる度に必死に奴の斬撃を躱す。

 本音を言うと、こんなに何度もイサークの攻撃を躱せるとは思わなかった。毎回かろうじてだが、その剣の軌道を見ることができている。もしかしたら、能力に目覚めた時から動体視力が上がっているのかもしれない。弾丸の軌道を見られるくらいだ。目だけはイサークの剣技に付いていけているらしい。

 そうは言っても、体は悲鳴をあげていた。少しずつ、限界が近づいている。息は上がり、汗が滝のように流れ出す。

 イサークはと言うと、俺と同じような疲れ方はしていないようだ。整った呼吸で、汗もほとんどかいていない。しかし、少しずつ体の赤みが薄くなって来ていることに、俺は気づいていた。やはり、奴の能力にも限界があるのだ。粘り続ければ、『原初の炎』を封じることもできるかもしれない。

 しかし、残念ながらそこまで俺のスタミナが持ちそうにない。そろそろ打って出なければ、体が限界を迎えてしまう。

 後ろを軽く振り返る。大剣を構えたイサークが。すぐ側まで来ている。俺はタイミングを計り始めた。追いつかれる瞬間に、振り返って反撃する。一瞬でもイサークの動きを止めなければ、ヴェロニカの鎖も届かない。

 追いつかれるまで後三秒。一、二、三!

 俺は右足を軸にくるりと回転した。その瞬間、イサークの剣が俺に振り下ろされた。刃が鈍くきらめく。俺はそのきらめきに、銃口を突きつけた。刃が銃口に当たる直前、俺は引き金を引く。発射された弾丸が、刃に直撃した。普通の弾丸なら、切り裂かれていたかもしれない。しかし、俺の弾丸は逆に、剣を貫き砕いた。

 刀身の上部が宙を舞い、振り下ろされた剣は俺を掠めた。イサークは目を見開いている。

 俺はイサークの懐に飛び込んだ。そのまま銃を奴の体に突きつける。しかし、それは読まれていた。地面から細い杭が伸びて来て、俺の腕を掠める。鮮血が吹き出し、俺は思わず銃を手放してしまった。

 「だったら!」

 振り下ろした剣に引きずられ、奴の頭は少し下を向いている。その頭を両手で掴むと、俺は奴の顔面に自分の頭を思い切り叩きつけた。

 さしものイサークにも、今のは相当効いたようだ。鼻血を吹き出しながら、フラフラと後ずさる。

 「今だ、ヴェロニカ!」

 俺が叫ぶまでもなかった。俺の後方から何本もの鎖が飛んでゆき、イサークの体に巻き付いた。両手首と両足首に一本ずつ。さらに胴体にも絡みつき、完全に拘束する。そのまま縛り上げた体を、ヴェロニカは宙に持ち上げた。

 勝った!後は奴に銃を突きつければ、完全に「後一手で相手を殺せる」状況に持っていける。俺は急いで右手に集中した。銃が生成されるまで、一秒もかからない。これで、『猟犬』に入ることができる!

 「すまん、ヴェロニカ!」

 突然、イサークが叫んだ。その顔は、苦難に満ちていた。何だ?何を考えている?

 イサークは自分の両手首に巻き付いている鎖を掴んだ。

 「まさか!」

 そのまさかだった。その瞬間、何と鎖が変形し始めたのだ。ドロドロに溶け出してイサークの体を解放すると、それは二振りの剣となった。

 「ああああああ!」

 後方から響く絹を裂くような悲鳴。それはヴェロニカのものだった。その悲鳴と呼応するかのように、イサークの足と胴体に絡みついていた鎖が消滅した。何が起きているのかわからない。わかることは、イサークが拘束から抜け出したことと、ヴェロニカが大きなダメージを受けたことだけだ。

 俺は急いで銃を向けた。しかし、遅かった。イサークは既に動き出していた。まっすぐ俺の方へ駆けてきて剣を振り下ろしていた。一歩下がってそれを躱すも、もう一振りの一撃がすぐさま飛んでくる。今度は躱しきれず、剣は俺の腹を薄く裂いた。服が血液に染まる。だが、内臓までは届いていない。まだ動ける!

 「うおおおお!」

 俺は決死の思いで一歩を踏み出す。剣と剣の間を抜けて、イサークの体に突撃する。しかし、同じような策が二度も通用する相手ではなかった。俺の背中を走る鈍い衝撃。為す術もなく地面に叩きつけられる。剣の柄で殴られたのだ。

 ここまで来てやられてなるものか。俺はすぐに回転して上を向いた。イサークが剣を構えている。これで刺されれば、完全にやられてしまう。

 剣が突き出される瞬間、一本の鎖がイサークに向かっていった。こっちを見ているイサークは気づかなかった。そのまま鎖は奴の胸を打った。

 「ぐっ。」

 大したダメージではなかっただろう。だが、それは完全に想定外の一撃だったようだ。ほんの僅かだが、奴は怯んだ。それで充分だった。俺は転がってイサークから離れると、しゃがんで銃を構えた。

 訪れる静寂。荒くなった自分の呼吸と鼓動だけが、嫌にはっきりと聞こえてくる。

 「……まさか、ここまでやるとは思わなかった。」

 突然、イサークが喋り始めた。何のつもりだ?

 「本音を言えば、一瞬で終わると思っていたんだ。最初の一撃で串刺しにして、『猟犬』の力を見せつけるつもりでいたんだよ。まったく、それをお前らは……。」

 その顔は、笑っていた。少し複雑そうな、困ったような笑いであった。

 「よく耐えたもんだぜ。それどころか、まさか一瞬でも追い詰められるとは。……ヴェロニカ、大丈夫か?痛かっただろ?」

 「……大丈夫です。」

 とてもそうには見えなかった。辛うじて右手だけは上がっているが、左手はだらんと垂れ下がっている。呼吸も俺以上に荒く、完全に肩で息をしている。

 「お前らの実力は認めてやるよ。だが、もう充分だろ?」

 「何だと?」

 イサークは笑顔を浮かべながら、両手を広げた。

 「ここまで耐え抜いたお前らに敬意を示し、最後は俺の全力で潰してやろうじゃん。」

 そう言うと、イサークの体の色が変わり始めた。赤かった体が明るく変わり始め、徐々に白くなっていく。まさか、温度が上がっているのか?ここに来て?

 「逃げ続ければ、『原初の炎』は使えなくなると思っていたんだろ?」

 イサークの口角が、さらに上がる。

 「残念だったな!この程度じゃ俺の『原初の炎』は破れないぜ。」

 もはや、離れていても熱を感じるほどイサークの力は膨れ上がっていた。その両手に携えた剣も、熱を帯び始めている。

 「どうする。降参でもするか?」

 降参。確かに今の俺たちの実力では、イサークには敵わないだろう。それは、よくわかった。

 だが、そんなことは関係ない。

 俺は立ち上がった。もちろん、銃口をイサークに向けたまま。

 「ヴェロニカ!」

 「はい!」

 ヴェロニカもまだ折れていない。俺たちは、まだ闘える!

 「ここまで来ても諦めないとは、本当に大した奴だぜ。だったら、本気でねじ伏せてやるよ。」

 イサークはそう言うと、俺の方へ駆け出した。そのスピードは、今までの比ではない。今度は躱せないだろう。何よりも、体が言うことを聞かない。だが、まだ終わりじゃない!

 俺は引き金に指をかけた。そしてそれを、ターゲットに向けた。イサークの顔に困惑の色が広がる。そうだ、それでいい!俺は引き金を引いた。弾丸が射出され、ターゲットの方へと飛んでゆく。

 ターゲットのヴェロニカへ—。

 ヴェロニカの体が宙を舞った。後方へ吹き飛ばされ、地面に倒れ込む。どさりと音がして、彼女は動かなくなった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ