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第二章 異世界ファブラと入隊試験⑤

 食堂にいたのは、ヴェロニカだけだった。俺は彼女の隣の席に座る。そして朝食をとりながら、試験について作戦を立てた。これは、今朝フッと思いついたものである。できれば使いたくない手だが、何があるかはわからない。しっかりと打ち合わせをしておかなければ。

 「お、食べ終わったみたいだね。じゃあ、行こうか。」

 話し終えた直後のことであった。ベルナルダが食堂へ入ってきて、俺の元へと近寄ってくる。イサークも付いてきている。もう試験を開始するのか。思っていたよりも早いな。

 俺とヴェロニカは同時に立ち上がった。

 「どうだい?今朝の調子は。」

 「万全ですね。」

 「そいつはいい。楽しみだね。ヴェロニカはどうだい?」

 「はい。実を言うと、緊張して少し睡眠不足気味で……。」

 「はは、試験を受けるのはあくまでソウゴの方なんだけどねえ。あんたらしいと言えばあんたらしいけど。」

 「そんなんじゃ俺には勝てねえぞ!」

 イサークが腕をぐるぐると振り回している。こいつもコンディションに不安はないようだ。

 「試験は闘技場で行う。付いてきな。」

 俺たちはベルナルダに付いてぞろぞろと移動した。闘技場は一階の奥にあった。学校の体育館程度の広さで屋根も付いている。楕円形にむき出された地面が、ヨーロッパの本物の闘技場を彷彿とさせる。楕円の直ぐ横には小さな部屋が一つついている。観戦者はそこに入るということなのだろう。

 「じゃあ早速始めようか。三人とも、位置に付きな。」

 俺たちは無言で従った。楕円の奥にイサークが、手前に俺たちが立つ。その間に、ベルナルダは小さい部屋に入っていった。

 「ルールは簡単。どちらかが相手を追い詰めた時点で終了だ。追い詰めるってのは後一手で相手を殺せるってこと。いいね。」

 恐ろしいルールだが、俺の胸に恐怖はなかった。イサークを睨みつけながら、淡々と頷く。

 「と、その前に、まずはソウゴがどれだけ動けるのか見ておきたい。そのために始めはお互いに能力を封印して素手で戦ってもらう。ヴェロニカはまだ手を出さなくていい。」

 「わかりました。……お気をつけて。」

 「ああ。」

 ヴェロニカが一歩下がる。俺は逆に一歩踏み出した。

 要するに、イサークと殴り合えと言うことか。これでも空手と柔道の経験者だ。格闘には多少自信がある。

 「イサーク、あんたプロなんだから、わかっているね。本気を出しつつ、殺さない程度に手加減するんだよ!」

 そう言われたイサークはと言うと、軽くジャンプをしながら体を解している。その顔は先ほどまでと違い、真剣そのものだった。なるほど、ただのアホではないようだな。

 「二人とも、準備はいいね。」

 もちろんだ。今の俺は気力体力ともに充実している!

 「では……。始め!」

 「見せてもらうぞ。エルドラゴを倒した実力を!」

 そう言うとイサークが俺に襲いかかってきた。軽く弧を描きながら、俺に接近してくる。俺は腰を落とし、構えをとった。相手が突撃してくるのならば、こちらは冷静に迎撃する!

 「はああ!」

 イサークは俺の直前で飛び上がり、くるくると回転しながら俺の横っ面に向かって回し蹴りを放った。俺は左腕でそれを受け止める。腕に食い込むような一撃。体が右に流されそうになるが、足に力を込め、辛うじて持ちこたえる。

 戻ってくる体を利用して、今度は俺が突きを放った。しかしイサークは既に一歩下がっていた。俺の拳が空を切る。

 わずかな攻防だが、それだけでも容易に理解できる。こいつは生半可な相手じゃない!

 再びイサークがこちらに踏み込む。ボクシングのような動きでフェイントをかけつつ、今度は左右のコンビネーションパンチ。ギリギリで右手を躱し、左手を防ぐ。パワーも凄まじい。思わず、一歩下がる。当然、それを見逃すほど甘い相手ではなかった。すぐさま踏み出してきて、連続で攻撃を浴びせかけてくる。俺は一瞬で、防戦一方になった。

 焦るな。大丈夫だ、相手の動きは見えている。冷静になれ。壁に追い込まれさえしなければ、反撃の機会はあるはずだ。

 イサークの左のジャブを右手で防ぐ。ガードの高くなった俺に対し、イサークの右が俺の腹を捉えた。

 「んぐぅ。」

 空気が口から漏れる。しかしダメージはさほどではない。こうなることを見越してほんの少し下がっていたからだ。

 イサークの攻撃は止まらない。腕の少し下がった俺に対し、今度は右のストレートが俺の顔面に襲いかかる。

 これを待っていた。

 俺は気合で体を起こし、イサークの右手を躱しながら、服の襟を掴む。

 「うおおお!」

 突っ込んできたイサークの勢いを利用し、思いっきり投げ飛ばした。イサークの体は宙を舞い、地面に叩きつけられる……はずだった。

 空中で体を捻ったイサークは俺から無理やり脱出すると、そのまま体勢を立て直し、まるでスタントマンのように地面を転がった。これでは大したダメージを与えられない。

 当然、イサークはすぐに立ち上がった。そしてすぐさま両手をあげて構えをとる。

 「そこまで!」

 闘技場にベルナルダの声が響いた。

 「基本的な動きに関しては大体わかった。いい腹ごなしになったんじゃないかい?」

 きつい冗談だ。これが腹ごなしなら、本番はどれだけ凄まじいことになるのだろうか。あれだけの猛攻を受けて、クリーンヒットを一撃に抑えられたのは僥倖だった。腹は多少ジンジンするものの、戦闘継続には問題ない。

 「さて、次が本番だよ。能力ありのイサークにどこまで付いてこられるか。楽しみだねえ。」

 俺とイサークは一旦元いた位置に戻る。腹を摩っていると、ヴェロニカが駆け寄ってきた。

 「ソウゴさん。大丈夫ですか?」

 「ああ、問題ない。それにしてもあいつ、強いな。」

 「ええ。イサークさんの体術は本物です。ベルナルダさんが直々に教えているほどですから。」

 ヴェロニカの表情に曇りが見えた。

 「正直に言って、イサークさんの強さは私の比ではありません。お役に立てるかどうか。」

 「何を言っているんだ。昨日言っていたじゃないか。本気で頑張ってくれるんだろう?」

 「……そうでしたね。すみません、ソウゴさんがこんなに頑張っているのに弱音を吐いてしまって。」

 「いや、いいんだ。」

 あのイサークの動きを見た後では、弱音の一つも吐きたくなるだろう。現に俺の喉元にまで、それは登ってきている。しかし、ヴェロニカが先に言ってくれたことで、俺はその言葉を吐き出さずに済んだ。

 「俺たちは俺たちにできることをすればいい。確かに強敵だが、付け入る隙が全くないわけではない。」

 しかし、ヴェロニカの表情は晴れない。そんなに恐ろしい相手なのだろうか、能力ありのイサークは。

 「二人とも、準備はいいかい。イサークはいけるみたいだよ。」

 イサークの方を向くと、また軽くジャンプしていた。彼にとってのルーティンなのかもしれない。

 「はい、俺たちもいけます。」

 「そうかい。ソウゴ、あんたは殺す気でいきな。じゃないと相手にならないだろうからねえ。」

 おいおい、本気かよ。これは本当に恐ろしい相手らしい。

 「それじゃあ……。」

 ベルナルダが間を取る。俺は再び構えをとった。ヴェロニカも両手を伸ばし、いつでも鎖を出せる姿勢をとった。

 「始め!」

 「うおおお!」

 始まりの合図とほぼ同時に、イサークが唸り声を上げ始めた。

 「『原初の(ジャーマ・プリミヘミア)』!」

 そう叫ぶと、イサークの体がうっすら赤くなり、彼の周りの景色が揺らぎ始めた。

 「何だあれは、熱でも操るのか?」

 「近いです。」

 まだヴェロニカは答えを話してくれないらしい。真面目にも程があるぞ!

 イサークが右足を振り上げ、地面を激しく打ち鳴らした。それと同時に、地面が持ち上がる。そのままイサークの身長と同じくらいの高さになり、さらに形が変わっていった。

 何が起きているのかわからないが、これはチャンスかもしれない。俺は右手に力を込めた。

 「『紫電の銃』」

 右手の中で、拳銃が生成されてゆく。始めに当たったものなら、何物であれ貫く弾丸。弾は五発。打ち切る前に勝負を決めなければ、勝ち目はない。

 俺は銃を構えた。狙いはイサーク本人。奴はまた地面を踏みならしている。俺は引き金に指をかけた。

 「危ない!」

 突然俺の体に鎖が絡みつく。そしてそのまま俺は後方に引っ張り込まれた。その瞬間。俺のいたところの地面が盛り上がり、大きな杭となって宙を貫いた。

 「あぶねえ!」

 何なんだあいつ。地面を操る能力か?

 「大丈夫ですか?ソウゴさん。」

 「ああ、ありがとうな。今のは危なかった。」

 イサークの手元の地面の変化に気を取られ、自分の足元の変化に気づかなかった。後一瞬ヴェロニカの鎖が遅かったら、俺は串刺しになっていただろう。わかってやっているのだとすれば、あの男、意外と頭も切れるのか?

 イサークの方を見ると、持ち上がっていた地面の変形が終わっていた。そこに現れたのは、巨大な剣だった。大地の色をした両刃の大剣。イサークはそれを手に取ると、こちらに向けて駆け出した。

 「近づかれては危険です。距離をとって闘いましょう。」

 俺とヴェロニカは左右に散開した。走りながら後ろを見ると、イサークは俺の方を追いかけていた。当然か。これは俺の戦闘力を見る試験なのだから。

 巨大な剣を持っているにも関わらず、イサークのスピードは全く落ちていなかった。なかなか距離を稼げない。それどころか、徐々に追いつかれていく。

 「逃げてばかりでどうするつもりだ!」

 そう叫ぶとイサークは大きくジャンプした。そのまま切りつけてくるつもりか。

 俺は振り返る。振り下ろされる剣が視界に入った。思ったよりも速い。躱せない!

 俺は拳銃を両手で持つと、刀身を受け止めた。鈍い音が闘技場に響き渡る。通常の拳銃なら、銃身が曲がって使い物にならなくなっていたかもしれない。しかし俺は知っていた。俺の銃は、そんなにヤワじゃない。

 辛うじて剣を受け止めることに成功したが、追い込まれている状況に変わりわない。とんでもない力で押し込まれる。能力発動前よりも、明らかに力が強くなっている。だが、押し負けるわけにはいかない!

 一瞬の膠着。その瞬間、再び足元の地面が動きだすのが見えた。これはさっきと同じ!俺は銃身を斜めにして剣を逸らすと、後ろにひとっ飛び。予想通り、は俺のいたところにまたしても鋭い杭が現れていた。

 剣を逸らされたことで僅かにだがイサークのバランスが崩れた。その瞬間を、俺の相棒は逃さなかった。イサークの左後方から、ヴェロニカの鎖が襲い掛かったのだ。

 「拘束さえしてしまえば!」

 「甘い!」

 イサークが再び地面を踏みしめる。その瞬間、奴の周りに何本もの杭が現れ、鎖を迎撃した。一本としてイサークには届かない。

 「トドメだ!」

 杭はさらに伸びてゆき、巻き付くようにして合わさって、巨大な一本の杭となった。そしてその杭は、まっすぐ俺の方へと向かってくる。

 俺は、銃を構えた。どれだけ巨大であろうと、どれだけ頑強であろうと、俺の銃には関係ない。向かってくる杭の中心を狙って、引き金を引いた。鳴り響く銃声と共に弾丸がまっすぐ飛んでゆき、杭を捉える。杭の中心、軸を銃弾は破壊した。そのまま貫かれ、軸を失った杭は俺を目前としながら瓦解した。

 俺はすかさずイサークに銃を向けた。奴の攻撃を俺の銃が上回ったのだ。僅かでも動揺してくれれば、勝機はある。

 しかし、イサークは冷静だった。まるで何事もなかったかのような顔をして、俺に向かって飛びかかり、剣を突き出したのだ。

 「うおぅ!」

 引き金を引く暇もなかった。俺は体を捻ると、イサークの剣を躱そうとした。しかし、完全には躱しきれない。左肩に走る鋭利な痛み、貫かれこそしなかったものの、確かに切り裂かれてしまった。

 「ソウゴさん!」

 再びヴェロニカの鎖がイサークに飛びかかる。しかしイサークは既に後ろに下がっていた。イサークのいた場所に鎖は降り注ぎ、俺とイサークとの間に壁を作った。

 「今のは一体どういう芸当だ?その筒で何をした。」

 イサークから見れば、突然杭を破壊されたように見えたはずだ。どうやらファブラには銃は存在しないらしい。仕組みを理解されていないのなら、打てる手はある。しかし、

 「まあいいか。どんな能力だとしても、俺の『原初の炎』は破れまい。」

 イサークが剣を構え直した。これは、本当にまずいかもしれない。イサーク自身のスピードはもちろんのこと、剣技に加えて独立して襲ってくる地面の杭。これらに対処しながら弾丸を打ち込むのは至難の技だ。

 イサークの能力もまだ完全には理解できていない。わかっているのは、奴が地面を踏み鳴らすたびに地面が変形しているということ。そして、能力の名を『原初の炎』ということだけだ。『原初の炎』一体どういう意味なんだ?

 考えている暇はあまりなかった。イサークが鎖の壁を回り込んで襲ってきたからだ。ヴェロニカがその動きを止めようと再び鎖の雨を降らすが、イサークは鎖の位置を把握しているかのように、それを躱しながら向かってくる。

 また近づかれてしまえば、今度はより強力な一撃をもらいかねない。俺は後ろに駆け出した。なんとか時間を稼いで、あいつの能力を見極めなければ。何か、弱点があるはずだ。

 壮絶な追いかけっこが始まった。俺は必死で逃げ回る。それを追いかけるイサーク。さらにそれを妨害しようとするヴェロニカ。何度も追いつかれそうになりながらも、俺は奴の攻撃を躱し続けた。一瞬でも隙を見つければ反撃しようと思っていたのだが、その機会はなかなか訪れない。それどころか、少しずつ追いつかれていく。遂に俺は、壁を背にするところにまで追い込まれてしまった。


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