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第二章 異世界ファブラと入隊試験③

 彼女はようやく納得したらしく。朗らかに笑って去って行った。まさかあんなにグイグイくる女性とは思わなかった。アーロンがいた時は大人しくしていたというのに。

 「それでは、私たちも行きましょうか。」

 「ああ、そうだった。」

 俺たちはまた歩き始めた。

 「『猟犬』の本部はもう近くなんだよな?」

 「ええ、もう目の前ですよ。」

 路地を右に曲がると、そこに一際目を引く建物が一軒あった。周りの建物と比べて少々古そうではあるが、造りはかなり立派である。白い床に白い壁、窓も部屋ごとに大きなものがついている。部屋の数もかなり多そうだ。

 「ここが『猟犬』の本部です。」

 「随分立派な建物なんだな。」

 「一応王立の建物ですからね。少し古いですが、管理は行き届いています。」

 俺たちは門をくぐり、本部の中に入った。

 「やっと帰って来たね。」

 扉を開けると、ベルナルダが立っていた。

 「あんまり遅いんで迎えに行こうかと思ったよ。」

 「ごめんなさい、ベルナルダさん。」

 「ああ、いいんだよ。で、あの泥棒はどうなったい?」

 「捕まえはしたんですがね。」

 廊下を歩きながら、俺はベルナルダに詳しく説明した。一度は捕まえたこと、アーロンの所為で逃げられたこと、犯罪者扱いされたこと。ベルナルダは初めこそ真面目な顔をして聞いていたが、俺がしょっぴかれかけたあたりで笑い出した。

 「そりゃあ災難だったねえ。よりにもよってアーロン・ヨンパルトとはねえ。」

 「知っているのですか?」

 「私の教え子の一人だよ。腕っ節は大したものなんだが、とにかく思い込みが激しい男でね。勘違いで王族を捕まえかけたことすらある。」

 教え子ということは、彼女は教育者か何かだったのだろうか。

 「……そんな人が、よく警ら隊なんて務まりますね。」

 「その思い込みの強さがいい方向に働くこともあるからね。それに、強いのも確かだ。」

 どうやらとんでもない人物と邂逅してしまったようだな。今後は注意しよう。

 「さて、ようやく本部に到着だ。」

 そう言ってベルナルダは、廊下の奥にあった扉のノブを回した。

 「みんな、ヴェロニカのお帰りだよ!」

 扉の向こうは広い部屋だった。いくつかの机が並んでいて、まるでオフィスのようだ。

 「ヴェロニカあああ!」

 突然、俺の目の前をオレンジ色の何かが高速で通り過ぎていった。振り返ると、ヴェロニカに誰かが抱きついている。

 「心配したよおお。十日も帰ってこないんだもん。あああああヴェロニカの匂いだあああ。」

 「そんな、私、匂いますか?」

 ヴェロニカの顔が真っ赤になる。そんなことないと言ってあげたかったが、不用意に発言するとセクハラと言われかねない案件なので俺は黙っておくことにした。すまん。

 「ほらほら、離れなミア。扉が閉められないだろう。」

 ベルナルダはミアと呼ばれた少女(オレンジなのは彼女の髪の色だった)を摘み上げると、部屋の奥に歩いていった。

 「ヴェロニカあああ!」

 ミアはまるで今生の別れのような悲痛な声をあげている。

 「いやあ、ミアちゃんは元気だねえ。」

 「元気すぎるっつーの」

 机についていた二人の男が立ち上がり、ヴェロニカの元へと近寄ってきた。一人は五十代くらいだろうか、引き締まった筋肉質な男だった。もう一人は俺と同じくらいの年頃に見える。部屋にいたのはこの三人だった。

 「よく帰ってこられたねえ。おじさんも心配しちゃった。やっぱり、門に入っていったのかい?」

 「はい、エルドラゴを追って異世界に。」

 「いやあ本当に、帰ってこれてよかったよ。」

 「俺はわかってたけどな。絶対に帰ってくるって。むしろ帰ってこれなかったら『猟犬』失格だろ?」

 若い男の方は一人でウンウンと頷いている。

 「こんなこと言っているけどね。イサークくん、とっても心配してたんだよ。もう何にも手につかないって感じで。ミアちゃんと大して変わらなかったんじゃないかなあ。」

 「パブロ、てめえフザケンナ!嘘だぞ。嘘だからな!」

 焦って否定するあたり、本当のことなんだろう。

 「こら、二人とも。せめて座らせてやりな。」

 ベルナルダは呆れたように二人に注意する。

 「パブロ、あんたはいい年した大人なんだから、その辺はしっかりしな。」

 「本当だぜ、パブロ。」

 「あんたも少しは落ち着きな。」

 「いいじゃねえか師匠、少しぐらいさ。」

 「いやあ、ごめんね。おじさん少し舞い上がっちゃった。」

 「いえ、構いません。後でしっかりお話ししますね。」

 「ヴェロニカああああ!」

 これは、なかなかの大騒ぎである。『猟犬』なんてものものしい名前なものだから、もう少し厳しいところかと思っていたのだが。

 パブロと呼ばれた男がふと俺の方を向いた。

 「ところで、こちらの少年はどなたかな?」

 「ああ、それも合わせてヴェロニカに報告させる。フロル以外全員いるね。じゃあお前たち、さっさと座りな。」


 「—というわけで、エルドラゴは死亡。彼を連れて帰ってきた次第です。」

 「なるほどねえ。思っていたよりも大変なことになっているね。」

 「異世界の凶悪犯罪者がファブラに入って来たかも知れねえってことだろ?やべえじゃん。」

 ヴェロニカの丁寧な説明のおかげで、『猟犬』のメンバーにも事情は無事伝わったらしい。……いや、ヴェロニカにひっついて離れないこの女だけはちゃんと聞いていたか怪しいところだが。

 「それで、君はその犯罪者を追ってファブラまで来たと。」

 「ええ、そうです。」

 「ふうん。勇気があるねえ。しかもあのエルドラゴを倒したんだろう?おじさん若い子の活躍にびっくりだ。」

 少々オーバー気味に肩を竦めるパブロ。どうにもこの男、どこまでが本気なのか掴みにくい。

 「その話よお、本当なのか?エルドラゴと戦ったにしちゃあ怪我もしてないみたいだしよ。」

 言われてみれば、確かに今の俺は健康すぎる。あれだけ派手に叩きつけられたり潰されかけたりしたのにも関わらず、体はすこぶる調子がいい。

 「それはですね。ソウゴさんが能力に目覚めたからだと思います。」

 おいおいそんなに簡単にバラさないでくれよ。俺は非難の視線をヴェロニカに送ったが、彼女は微笑み返すだけだった。この女、意外と鈍感だな。

 「能力?この異世界人が?」

 イサークと呼ばれた若者が驚きの声を上げる。やはり、地球人が能力を持つのは珍しいのだろうか。

 「なるほど、だったら怪我がないのも頷けるねえ。」

 パブロは一人で納得している。本人すら事情が掴めないというのに。

 「ヴェロニカ、俺にもわかるように説明してくれないか?できれば、そもそも能力とは何かってことから聞きたいんだが。」

 「あ、そうですね。すみません。」

 ヴェロニカは軽く咳払いをすると、再び話し始めた。

 「前にも少し話しましたが、ファブラでは時々特殊な力に目覚める人が出て来ます。その力は様々ですが、目覚める時の状況はある程度パターン化されています。特に発現パターンとして多いのが、強く感情を揺さぶられた時です。怒りや悲しみ、喜びでも発言することはあるようです。それに対して目覚める能力は、その人の中で特に強く残っている記憶と、その人の性質が元になる場合が多いのです。」

 「強く残っている記憶、か。」

 なるほど、それで俺は拳銃を作り出す能力に目覚めたのか。確かに、父が銃を構えた瞬間のことはよく覚えている。もっとも、それ以降のことは何も覚えていないのだが。

 「また、能力が発現する際にその人の底力のようなものが表に出るらしく、発現した直後に怪我や病気が治るという例も多数報告されているのです。体の中に眠るポテンシャルが、能力と一緒に出てくる、ということだと考えられています。」

 「それで俺の怪我も治ったということか。」

 正直、エルドラゴに潰された時は骨も折れたし内臓も潰れたと思った。それすら一瞬で修復されるとは、人間の秘めたる力には凄まじいものがあるな。

 「ただし、この現象は初めて能力に目覚めた時のみ起こるもののようです。今後は能力を使っても怪我が治ることはないので、注意してくださいね。」

 「そうか、残念だな。」

 ゾンビ戦法は使えない、と。

 「ただ、どうしてソウゴさんが能力に目覚めたのかは、残念ながらわかりません。そもそも、異世界の方との交流自体ほとんど無いので、当然といえば当然なのですが……。」

 「まあ、目覚めちゃったもんはしょうがないだろう。特に困ることでもないしね。研究所の連中が見たら卒倒するかもしれないが。」

 「研究所?」

 「能力について研究する部署があるのさ。そこの連中に知られたら、あんたどうなるかわかったもんじゃないねえ。」

 俺の脳裏にマッドサイエンティストどもによってホルマリン漬けにされている自分の姿がよぎった。背筋がぞっとする。

 「さて、そろそろ決めなければならないことが二つあるね。」

 「異世界からの凶悪犯への対応と、この少年をどうするか、だねえ。」

 「そういうこと。まずは凶悪犯の方だ。城に伝えるのは確定として、具体的な対応も考えておいたほうがいいだろう。どうせ丸投げされるだろうからね。」

 「つってもよお。まだ来てるとも限らねえんだろ?そいつら。」

 「そうなんだよ。門を通って来たということは。この子たちみたいに時空の歪みに飲まれた可能性がある。そうなると、もう来ているのかもしれないし、未来に来るのかもしれない。」

 「それじゃあどうしようもねえじゃん。」

 「仕方ないねえ。とりあえず来ている体で考えるしかない。今このファブラに異世界からの凶悪犯罪者が来ている。あんたたちはどうする?」

 「もちろん、捕まえます。放っておくのは危険です。」

 「ヴェロニカがそう言うなら私もそうするわ。」

 「そうだねえ。そこまではいいだろう。問題はその方法だ。」

 ベルナルダはそう言うと、俺の方へと向き直った。その顔は今までと違い、真剣なものだった。

 「ソウゴ。あんたその五人の凶悪犯についてどれだけ知っている?」

 賀東の件もあり、俺は比較的犯罪者には詳しかったと自負している。自発的に犯罪について調べたことも、一度や二度ではない。今回脱獄した犯罪者たちはどいつもこいつも有名な殺人者ばかりだったこともあり、顔もある程度は覚えていた。

 「見ればわかる程度には。特に賀東真吾については必ずわかります。」

 パブロが口笛を吹いた。

 「そりゃあすごい。犯罪者の顔なんて覚えてない人が大半だろうに。この少年の情報は重要だねえ。」

 「そうだね。ソウゴ、そうなるとあんたを手放すわけにはいかなくなる。手配書を作るにしてもなんにしても、あんたの記憶が頼りになるからね。」

 俺としても、この『猟犬』から離れるつもりはなかった。一人で賀東を探すより、組織で探したほうが効率的に決まっている。俺がここまで来たのはあくまで賀東を捕まえるためである。そのチャンスを捨てる気はない。

 むしろ俺としては、この『猟犬』に入れてもらった方が都合はいいのだ。

 「だったら、俺を『猟犬』に入れてくれませんか。どうせここで管理されるのなら、そうしてくれた方がありがたいのですが。」

 「そう言うと思ったよ。」

 ベルナルダにはお見通しだったようだ。彼女は指で机をトントンと叩いている。

 「だがね。この『猟犬』は仮にも凶悪犯専門の捜査チームだ。そこらのガキを簡単に入れるわけにはいかない。」

 「俺と同じくらいのやつが何人もいるのに、ですか?」

 「そうさ。その子達はねえ、これでも結構な腕利きなのさ。」

 「これでもとは失礼だな、師匠。」

 「とはいえ、私たちとしてもあんたを手元に置いておきたい。犯罪者の情報という意味ではもちろん、能力者という意味でもね。私たちが戦っている凶悪犯には、能力者も多い。それに対抗できる存在に多すぎるってことはないからねえ。」

 「だったら—」

 「そこでだ。あんたには試験に受けてもらおうと思う。」

 「試験?」

 「ああそうさ。極めてシンプルな試験にね。」

 老女はニヤリと笑った。

 「イサーク。あんたちょっとこの子と闘ってみな。その結果で『猟犬』に入れるか決めよう。」

 「そんな、無茶です!」

 反応したのはイサークではなく、ヴェロニカだった。

 「いくら能力に目覚めたからといって、ソウゴさんは素人なんですよ?それなのに実戦で判断するなんて。」

 「そんなことより、なんで俺なんだ!」

 イサークも騒ぎ出す。

 「俺がわざわざ闘ってやる理由があるのかよ。」

 「理由?そりゃああんたが強いからさ。」

 「強い、俺が?」

 「ああそうさ。この試験にはうってつけだ。」

 「そうか。それじゃあ仕方ないな。いいぜ、俺が相手になってやろうじゃん!」

 こいつ、アホだ。そんな気はしていたが、この会話で確定した。

 「イサークさん!」

 「まあまあ。ヴェロニカ、落ち着きな。別に命のやり取りをしようってんじゃないんだ。」

 「ですが!」

 「じゃああんたはソウゴが研究所送りになってもいいってのかい?私たちとしてもソウゴを囲っておくための口実が必要なんだよ。」

 「それは……。そうかもしれませんが。」

 ヴェロニカの言葉は尻すぼみに小さくなっていった。研究所とは、そんなに危険なところなのだろうか。さっきの俺の想像もそう遠くないのかもしれない。

 「それに、この子はあのエルドラゴを倒したんだろう?それを素人扱いするのは、むしろ失礼ってもんだ。」

 ヴェロニカは完全に黙ってしまった。その顔を見れば納得していないのは明らかだったが、反論が思いつかないらしい。

 「そうは言ってもいきなりイサークの相手はきついんじゃないかな。おじさん少し心配。少しぐらいハンデがあってもいいんじゃない?」

 パブロはそう言うが、俺にはあまり本気で心配しているようには見えない。

 「ハンデねえ……。そうだ、だったらヴェロニカ、あんたもソウゴと一緒に闘いなさい。」

 「! いいのですか?」

 「おいおい二対一かよ。卑怯だぜ?」

 「いや、あんたの実力ならむしろその方が丁度いいだろう。ヴェロニカ、あんたがどれだけ強くなったかも見せてもらうよ。」

 「はい!」

 「……勝手に話が進んじゃっているけど、少年、君はこれでいいのかい?」

 パブロの言葉に、俺は軽く肩を竦めて見せた。

 「構いませんよ。ただ、一つだけ言わせてください。」

 「何だい?」

 「俺の名前は鬼塚宗吾です。その少年ってのはやめてくれませんか?」

 エルドラゴではないが確かに名前は重要である。いつまでも少年呼びでは、どうにもむず痒い。

 俺の言葉を聞いて、パブロはニヤリと、ベルナルダは声をあげて笑い始めた。

 「ああ、いいじゃないか。これなら、試験の結果にも期待できそうだ。」

 一頻り笑い終えると、老女は俺の目を覗き込むようにして言った。

 「試験は明日行う。合格ならば、ソウゴを『猟犬』の臨時職員に加えよう。手続きの都合上、急に正式メンバーとして加入させるわけにはいかないからねえ。形式的にはアルバイトってとこだね。そして、不合格だった場合は—。」

 思わず唾を飲み込む。ゴクリという音を、俺ははっきりと聞いた。

 「ソウゴは『猟犬』に保護されるという形になる。保護になればこのファブラを自由に歩く権利すら危うい。あんたの身を守ると言う体で、実質的には拘束されると考えていい。」

 「わかった。」

 今までの言動を見る限り、イサークはただのアホにしか見えない。しかし、ベルナルダの言葉を信じるならば、実力はあるのかもしれない。能力持ちであれば、とんでもない手段を持ち出してくる可能性もある。油断してはいけない。

 「よしよし。それじゃあ、今日のところはこれでおしまい。確か空いている部屋が一つあったはずだから、そこを使うといい。ヴェロニカ、ソウゴを案内してやりな。」

 「わかりました。」

 ヴェロニカは立ち上がって俺のところまでやってくると、両手を持ち上げぐっと握り込んだ。力の入った姿なのに、どこか可愛らしい。

 「あしたは頑張りましょう。私も本気で頑張ります!」

 「ああ、よろしく頼むよ。それで……。」

 ヴェロニカの下腹部のあたりに、ミアのオレンジ色の髪の毛が見えた。まだヴェロニカにくっついているらしい。こんなんでも、(うまくいけば)一緒に戦っていく仲間になるんだから、無下にはできまい。俺は右手を差し出した。

 「ミア、だっけ?今後ともよろしく。」

 しかし彼女が俺の手を握ることはなかった。厳しい目で俺を睨みつけると、

 「これ以上ヴェロニカに近づくなこのトーテムポール!」

 は?え?

 「すみません。おそらくソウゴさんの背の高さを揶揄しているんだと思うのですが……。」

 「さすがヴェロニカ!大好き!」

 再びミアはヴェロニカに抱きついた。その勢いで、二人は床に倒れこんだ。

 「ミアさん!ちょっと、離れて!」

 「さあ二人きりの夢の世界へ!」

 「二人きりでは、ありません。みなさん、いらっしゃいます。」

 ヴェロニカはジタバタともがいているが、ミアは離れる素振りを見せない。

 この出来事から俺は一つ学ぶことができた。この世界にもトーテムポールが存在していると言うことだ。こっちの文化が流れ着いたのか、それとも同じような風習がたまたま根付いたのか。どちらなのかはわからないが、これはなかなか興味深い事実ではないだろうか。

 ……さてと、いつになったら案内してくれるのだろうか。


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