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4 私たちのほんとうの好きな人

 



「どう、して? どうしてそんなに……」


 知沙ちゃんはきゅっと口を結ぶと、ごめん、美佐ちゃん、と頭を下げた。


「受験を、したいの。先輩が合格した高校に入りたいの。だから、私、あの教室、でる」


 知沙ちゃんの驚愕の告白に、私は頭が真っ白になった。

 先輩って、あの先輩? 私たちの教室の上で、いつも居眠りしていて、起立と声がかかるといつもワンテンポ遅れて立っている、でも、私たちは一度も会ったことない人なのに。


 全部、先生達から聞いた話だけで、先輩がどんな顔をしているかとか、どんな声をしているかとか、知らないのに?


「え……見にいったの?」

「ううん、いってない」

「告白、したの?」

「ううん、してない」

「先輩は知沙ちゃんの事、知ってるの?」

「ううん、知らない」

「そんなのって……」


 初恋なの、と知沙ちゃんはぽつりといった。


「好きだから、一緒の高校、行きたい」


 区切るように言うのは、知沙ちゃんが本気の時。気持ちが昂りすぎて、うまく呼吸ができなくなるんだ。そんな知沙ちゃんが、初恋だからって私から離れていく。見たこともない、ただいつもワンテンポ遅れて立つ人の為に。


「私は?」

「美佐ちゃん……」

「私は、どうすればいい?」

「美佐ちゃん!」


 隣に座っていた知沙ちゃんが立ち上がって私の前でしゃがみこんだ。


「美佐ちゃん、美佐ちゃんは、自分で決めるんだよ。今じゃなくてもいいから、自分で決めるの」

「いやっ、知沙ちゃんといっ……」

「いつまでも一緒には居られないんだよっ」


 知沙ちゃんが、涙目で叫んだ。


 いつもは鈴のような声で話す知沙ちゃんが、普通の声だった。


「美佐ちゃんと一緒にいたい。私だって美佐ちゃんと一緒にいたいっ! でも私たちは違う人間で、ほんとは水と油のようで一緒にはなれなくて、男と女でもなくて、女の子なんだよ。私たちはくやしいけれど、女の子なのっ」


 それだけ叫ぶと、知沙ちゃんはスカートを握りしめていた私の拳を掴んで、私の手の甲の上につっぷした。


 私は黙って、綺麗に分かれたツインテールのうなじをぼんやりと眺めた。


 私の髪の毛は肩で切りそろえられていて、知沙ちゃんは胸まである長さで。


 私たちは顔も髪の長さも背丈も違うのに、双子のように似ているねって言われてた。


 でも自分では違う、と思ってた。

 だって、私の好きな事と知沙ちゃんの好きな事、合うことがほとんどなかったんだもの。でもほんとは。


 私は、本当は。


 心の双子だと、思ってた。



「双子じゃ、なくなっちゃったんだね」

「美佐ちゃん」



 知沙ちゃんが顔を上げた。

 茶色い虹彩の中に、私は入っているのかな。溢れる涙で、知沙ちゃんがよく見えない。



「知沙ちゃん、好きだよ」

「うん」

「さよなら、なんだね」

「……っ……う、ん……」



 私は包むように知沙ちゃんを抱きしめた。

 抱きしめていい? って聞かなかった。

 聞いて、答えが怖かったから。



 ふいに、四月の時に聞いた熊ちゃん先生の声が頭によぎった。


『この教室の名前な、不思議だろ? トライアングルって。昔、この教室を作った先生がな、この教室では好きなだけ自由にトライアングルを鳴らしていいって言って名前をつけたんだってよ。

 いいよな、中学で好きなだけ自由があるってさ。だから、お前らも好きなだけここでゆっくりすればいいさ。自分で決めてな』



 知沙ちゃんと私は、たぶん一緒に鳴らしていたんだと思う。二人で、一本の棒を持って。


 でも、私と知沙ちゃんのトライアングルは、ここで終わった。

 二人で鳴らしていた棒は、一箇所だけある隙間を通り抜けて、三月を待たずに消えたんだ。




 ****




 次の日学校へいくと、熊ちゃん先生が教室で待っていた。いつも朝の会ぎりぎりに来る人が、私を待っていてくれた。


「おはよう」

「……はようございます」


 今日朝起きてから一言も喋っていないから、私の声はかすれ声。鞄をロッカーに置いて机に戻って座ると、熊ちゃん先生は教卓の上に肘をついて私と目線を同じぐらいにした。


古谷(ふるたに)が上のクラスに移った。今日からって、頑なに。いいのか? 美佐」


 熊ちゃん先生の奥まった目が真剣だった。熊ちゃん先生は、私たちの事を一番に考えてくれる、すごく、いい先生だと思う。口が裂けても言わないけど。この学校をさよならする時にはいってもいいけれど。


「いいも悪いも、私が決めることじゃ……ないですよ、先生。あと、知沙ちゃんに名字呼び禁止です」

「知ってる」

「居ないからっていっちゃダメですよ、先生」


 熊ちゃん先生はじっと私を見て、はぁ、と重いため息をついた。


「一日で大人になりやがる。ほんと、俺はいらねぇんじゃねぇかと思うわ」

「要らない人なんて、居ないですよ」

「わりぃ。失言だった」


 熊ちゃん先生は肘をついた手を私の方に伸ばそうとして、握った。


「いいですよ、別にへるものじゃないし。どうぞ」

「お前なぁ。……あーあ、これじゃどっちが慰められてんだか。いや、卒業までとっとくわ。減俸、免停、社会的制裁。くわばらくわばら」

「ちぇ、ちょっと勇気を出せばいいのに」

「お前たちみたいに大人は人生の決断をなかなか出来ないんだよ」

「へへ、いいでしょ」

「ちっ、いってろよ。で? 今日はどうすんだ? 特別に一日付き合ってやらぁ」


 熊ちゃん先生はそう言うと、ホワイトボードの今日の予定を全部学活に替えた。


「すご、そんな事していいの?」

「新たな門出のスペシャルメニューだな」

「美佐スペシャル?」

「美佐熊スペシャルだな」

「自分で熊っていったし」

「いつも熊って言ってんだろ?」

「違うし、熊ちゃん先生だし」

「一緒だろがっ」


 がおーと両手を上げた熊ちゃん先生をみて私は笑った。笑えた自分を、心の中でほめた。


 一限目のチャイムが鳴った。

 私は初めて自ら起立、気をつけと言った。

 熊ちゃん先生がぱっと手を下ろしてジャージのズボンをぱしんと鳴らした。


「「おねがいします」」


 私は礼をし、机の中から真っ白なノートを取り出すと、ロッカーの上に置いてあるギターを持ってきた。


「恋バナソングを作ります」

「はい」

「熊ちゃん先生は、コードが変だったら教えてください」

「はい」


 私は知沙ちゃんと作った歌詞にコードをつけながら歌い出した。

 熊ちゃん先生は、私の向かいの席に座って、腕を組みながら目をつむって聴いてくれた。










 完





お読みくださりありがとうございます。


この作品は、武 頼庵(藤谷 K介)さま主催、「第二回初恋・春」企画に参加作品です。


企画ではこの他にも素敵な作品がたくさんあります。 よかったらタグの方から飛んでみて下さい。


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[良い点] 読み終わったらなんとも好きになってる作品でした。感動しました!
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