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1 私たちの好きな人

 



 予鈴が鳴ってる。

 それと同時に天井の方からクラスのみんなが席につき始める音がする。

 でも私たちは聞こえないフリをしてソファに向かい合う。


「何する?」

「何しよう?」

「本読む?」

「本読む」


 うなずき合ってにこりと笑う私と知沙(ちさ)ちゃんは、顔も髪型も違うのに双子のよう、って言われる。けど。

 パラパラと雑誌を読む私と図書室で借りた本を読む知沙ちゃんは、似てるけど違う。


 私はちらりと知沙ちゃんを見る。今日の知沙ちゃんは髪をツインテールに結んでいて前の方に垂らしている。知沙ちゃんの少し茶色がかった細い髪の毛は、今まででナンバーワンな触り心地。いつまでも触ってたい、と言ったら引かれたから、それ以来言わないようにしている。


 そんな知沙ちゃんが本を目で追いながらすっと物語に入っていくのが分かる。彼女の中で私の存在が消えたのが、分かる。


美佐(みさ)、やっぱやーめた。新作作ろっかなー、知沙ちゃんが昨日言ってた恋バナソング。知沙ちゃんは?」

「んー、今はやらない」

「そ」


 私は気にしないふりをしてソファから立ち上がり、ロッカーの上に乗せてあるギターをケースから取り出した。


 ん〜 ん〜 と適当にメロディを付けながら適当にコードを鳴らしてると本鈴が鳴った。


 ザザザッと上の教室の椅子が引かれた音がする。一拍置いてカタリと一人だけ遅れて立ち上がった音がした。


「また寝てたのかな」


 上を見ながら私が呟くように言うと、寝てたんじゃない、といつもなら本を読み始めるとうんともすんとも言わない知沙ちゃんが答えた。

 私は上を見上げギターを鳴らしながらにこりと笑みを浮かべた。


「カッコいいね」

「カッコいい」


 私たちは同じ笑みを浮かべて、それぞれで微笑む。



 私たちは、同じ人が好き。





 ****




 ごめんごめん、電話がかかってきちゃって、と本鈴から十五分も遅れて四時限目の先生が来た。たまにこのクラスにくる先生。偉い先生なのかなんなのか知らないけれど、いつもこの教室には遅れてくる。たぶん、忘れてる。ここに来ることを。私たちのことを。別にいいけど。


「大丈夫ですよ、先生」

「よくありますよ、先生。だって先生達、忙しいみたいだから」

「よくあるのか、それはいけないな」


 自分の事は棚に上げて腕を組むこの先生を、私たちは好きじゃない。だって私たちのことを分かってないから。


「さて何しようか。武道場行って卓球でもするかい? 今の時間、空いていたから鍵借りていけるよ、どうしたい?」


 私は眉を歪ませないように分かりやすくにっこり笑って、今は行かない、と首を振った。

 先生、見てよ。私、今、ギター持ってるじゃん。察してよ。


古谷(ふるたに)はどうする?」


 知沙ちゃんの眉が一瞬歪んですぐにお人形のような無表情になった。眉の上できっちり切り揃った前髪を揺らして黙って首を振る。

 先生、古谷は禁句。知沙ちゃんが一番嫌がることなのに、どうして忘れちゃうかなぁ。


 私たちに拒否られて笑いながら目が泳ぐ先生を放っておいて、私たちはそれぞれ好きな事をする。


 ん〜 ん〜 ん〜 鼻歌で歌いながらコードをつけていく。いまいち、曲になっていかない。


「知沙ちゃん、曲にならない、なんでかな」

「んー、歌詞がないから?」

「あ! そうかも、歌詞作ろう?」

「いいよ、歌詞作ろう」


 ギターを隣の机に置いて私が自分の机に座ると、知沙ちゃんはぎしっと音を鳴らしてソファから立った。焦げ茶色のふかふかな一人掛けソファは、誰が座っていても動く時に音が鳴る。スカートの端を気にしながらローテーブルを抜け、私の机の真向かいに座る彼女からはふわりと甘い良い匂いがした。


「恋バナソングだよ、知沙ちゃん」

「恋バナソングだね、美佐ちゃん」

「うきうき系にする? 切な系にする?」

「んー、片思い系?」

「いーね! 切な系だね!」


 私たちは笑い合いながら真っ白なノートに言葉をつけていく。中心から右側に言葉たちの羅列、左側に歌詞(仮)。恋する系? 同じクラス系? 幼なじみ系? 私たちは小さくきゃあきゃあ言いながら言葉を埋めていった。


 視界の端に少し距離を置きながら私たちを見ている先生が映る。ちらちらとこちらを見ながら、手元にある持参したであろう本を読み始めた。邪魔をされないのにほっとして知沙ちゃんとの歌詞作りに没頭する。


「会いたいのに 会えない気持ち?」

「知ってほしい 私の気持ち?」

「あなたを見かけた時から」

「私の心 走りだしていた」


 きゃー! と小さく叫ぶと、知沙ちゃんも同じように叫んだ。いいねいいね! と頷き合っていると、四限が終わるチャイムが鳴った。


「さ、終わりの挨拶はきちんとしようか」


 パタンと本を閉じた先生が、先生らしく言うので、私たちははーいと頷く。


「きりーつ、きをつけー ありがとうございましたー」

「ありがとうございました」


 くたびれた背広姿が教室から居なくなるとほっとできる時間なのだけど、最近はそうでもない。いつもなら二人で職員室に給食を取りに行くのに、最近は違うからだ。


 知沙ちゃんは黙ってロッカーから歯ブラシセットを用意する。


「今日も行くの? 上に」

「うん、呼ばれてるから」


 鈴のような小さな声で答える知沙ちゃんはこちらを見ない。元々顔を見て話すタイプじゃないんだ。知ってるよ? でも、今はそういうタイミングでもないのも、知ってる。


「……ごめんね?」

「なにが?」

「美佐ちゃん、一人になっちゃうから」


 軽く、いいよ、とも言えなくて一瞬言葉をなくす。


「大丈夫だって、先生も来るし」


 かろうじてそれだけ言った。知沙ちゃんがロッカーからこちらに来ようとした時、ガラガラ、と教室の戸が開く。


「失礼します。知沙ちゃんいますか?」

「知沙ちゃんを迎えにきました」


 先生が居る体で語られる、かしこまった声が聞こえてきた。顔は見えないけれど、知沙ちゃんのクラスの子達だ。この教室にはドアの前に衝立があって、すぐに顔が見えない作りになってる。そんな、私たちに配慮された教室の中、クラスの子の声を受けて、知沙ちゃんは慌てて、はい、と言った。


「行ってくるね」

「はーい! いってらっしゃい」


 明るく声をかける私を気にしながら知沙ちゃんは教室を出て行った。廊下からクラスの子が知沙ちゃんに話しかけている。鈴のような、うん、いいよ、という声が聞こえて、やがて消えた。



 私は一人、教室に残される。








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