持久走1終了
私達人間は生まれながら限りのある人生を持っている。
私は晴之の記憶を持ってるからかそれを嫌というほど知っている。
故にどんな物事も本気で挑むことが出来る。
したいことは全力に。
そんな私も、この世界の人たちも、基本、全力でやっていることは時間とか周りの音なんて、脳が勝手にシャットアウトして忘れてしまうなんてことは多々あるだろう。
小説家が原稿執筆中に『あれ?もう夜?』なんて思うことが、ゲームしてて『あっ!もう朝が来たっ!?』と思うことが当てはまると思う。
こんな時は何故か勿体ないなぁ〜、とかあぁ〜充実したわぁ〜、とか感じてしまう。
まぁ、これはこれで思い返せば笑えることでもあり、満足することでもあるから大事なことなのだろう。
だけどたまに・・・恐ろしいほどゆっくりに、それこそ走馬灯のように、流れる時を感じることはないだろうか?
これにはスポーツの試合とかが当てはまるだろう。
基本試合なんて、一部始終は誰も覚えてない。
だって成長に必要な感覚は、体が経験としておぼえてしまうからだ。
思い返してみてほしい。
鮮明に最後まで覚えてる試合が自分の中に何個あるかを。
自分のした総試合数と比べると、個人差はあるだろうか必ず少ないはずだ。
そしてそう思える試合ほど、やけ自分の足先から頭の芯まで動きを記憶していると思う。
これは私個人の意見だが、その試合は、結果はどうあれ、自分が一番素直に、もしくは一番上手に動けた試合ではないだろうか?
もちろん、最大の敵との試合だったり、絶対に負けられない勝負だったりもするが。
だから私は思うのだ。
そういう時間の中にいるときほど・・・邪念は消し去ったほうがいいと。
その時、目の前で起きている現実を楽しむべきなのだと。
だってその瞬間こそ、自分の中で一番の実力が出せる時であり、人生について何かを得られる時であり・・・一番感情を表に出せる時なのだから。
「・・・なんだよ・・・これ。」
私は今・・・自分の集中が生み出す、ゆっくりに進むその世界の中にいる。
何もかもが私の目には遅く見えている。
急激に疲れが来るわけでもないし、思考が鮮明に、その上多く考え事ができるので悪い事は無い。
逆に心がワクワクしてしまっている。
前に出ていく足、舞い上がる土。
交互に出て引っこんでいく手。
平面エスカレーターに乗ってるかのように変わっていく景色。
まるで魚眼レンズを埋め込まれ、スローで現実を再生されているようだった。
しかもそれは終わらない。ずっと続く。
隣を走る坂口さんの、汗をかきなからも笑うその表情が・・・私の目に焼き付いてくる。
自然と私にも微笑みが生まれた。
それなりに楽しいと思ってしまった。
「「・・・。」」
私と坂口さんは無言で無心に一心不乱に・・・走りを楽しんでいる。
勝ち負けもあるから、負けてたまるかよっ!とお互いが本気になっている。
・・・だが、私には余裕があった。
全体的に私が勝っているのは事実。
それを坂口さんが根性で埋めているので互角になっている。
正直に言えば・・・私はまだ早く走れる。
普通に勝てる。
しかし・・・私は坂口さんの出している根性を、やる気と言われる感情を出していない。
いや、出せないが正しいだろう。
だって私の興味はこの現状に向けられているのだから。
こんな心躍る今を私は全力で、肌で感じている。
かけられる声援。
汗が出るほど上がってくる体温。
意識を覚醒させてくれる息苦しさ。
痺れるような痛みが起こる肉体。
・・・隣にいる勝負において不快感を一切齎さない好敵手。
そのどれもが私の心を興奮させてくる。
・・・全力ではないにしろ・・・何一つ満足をしない私を少しは満たしてくれる。
「・・・今は・・・これでいいかな。」
木々、駐車場、体育館、校舎・・・視界に数多くのものが写り込んで消えていく。
その光景は・・・そう・・・さながらジ○リ映画の様で。
「こらぁっ!なぁーにっ笑ってんだぁっ!」
その声で私の意識は戻った。
ゆっくりと感じていた時間は正常に進むようになる。
私は声の主の方に向く。
「・・・ははっ、別にっ!しゃべる余裕があるとは舐められたものだなって思ってねッ!」
「むっかぁーーーっ///!?負けたら足舐めさせてやるっ!」
あれ?負けた代償やばくなってない?
「それは怖いね・・・なら、私は先に行くっ!」
「待てやぁい!そう簡単に私の前に出れると思うなぁ!」
「いつか言おうと思ったけどその言葉遣いは女の子としてどうかと思うな!」
お互い本気に走っていると、校舎を抜けた。
運動場へと入る。
最後グラウンド半周が目に見えてきた。
日陰にある石段では女子がテンション高く私達に声援を送っている。
「「・・・っ!」」
坂口さんがラストスパートと言うことで保持していた体力を遠慮なく使い始めた。
私もそれに合わせてペースを上げる。
私の視界には、姿勢が前のめりになる坂口さんが映る。
腕を大きく振っていた。
短い手足を精一杯前に出していた。
もう、先のことなんて考えない。
今を全力で。
後で体中が痛くなろうと、気分が悪くなろうと構わないと走ってる。
私はそれに合わせるだけ。
なんとも失礼な事だけど今後の私のためにも、今はそれしか出来ないのだ。
申し訳ないけど・・・それが私にできる全力なのだ。
だが手加減はしても手は抜かない。
やるからに最大に、出すことができる全力を。
「「はぁっ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・」」
視界が狭くなった。
ゴールとなる白線しか見えなくなる。
聞こえてくる声援は無音となった。
ただ自分の荒い息遣いだけが脳に響く。
「・・・っ!」
「・・・嗚呼ッ!」
余計な邪念もかき消した。
勝つこと以外を視野の中から蹴り外した。
シャリ・・・
石が最小にまで削られ、つもりにつもり、水で固められた地面を足で押す。
つま先を軸に体を前へと押し出す。
「・・・うぁっ・・・!」
手を伸ばす。
未来を掴むように前方へ伸ばす。
だが掴めない。
明確な未来は一つの拳の中には収まらない。
でもそれでいい。出来ないと知りながらもそれを何度もするのが人生だ。
そして人は気づく。
欲しかったものはもう抱え込んで、大事に大事に・・・抱きしめている事に。
私はそれを知っている。
だから恐れない。
挑戦することを恐れない。
人間は自然と幸福を手に入れようと進み続けるのだから・・・変えられる失敗は出来る限りしようじゃないか。
この勝負を経て、坂口さんが私をどう思おうとも・・・彼女は強い子だ。
手加減した私を軽蔑はすれど拒絶はしない。
強くある私を拒絶は出来ないはずだ。
「・・・失うものがないって・・・こんなにも楽だよな。」
足は前に出た。
消えないと分かっているから、取り戻せると確信しているから、私の足に余計な重しは存在しなかった。
気づけば右足は白線を踏んでいた。
坂口さんは・・・予想通り後ろにいた。
次第に足は遅く歩くようになっていく。
締め付けていた肺は急に呼吸を求めてきた。
血液が全身に巡るようになっていくのがわかる。
視界の歪みは正常に戻っていく。
女の子たちの高い声が徐々に脳が処理してくれいる。
突然、声が聞こえた。
「・・・本気じゃ・・・なかった・・・わね?」
荒い息遣いの中、掠れた声が後ろから聞こえてきた。
空を見上げる私は答える。
「バレて・・・たか・・・。」
「そりゃあね・・・。」
す〜っ、と息を吸う音が聞こえる。
「必ず・・・超えるから・・・。」
私は後ろを振り向く。
彼女の顔を見た。
汗の張り付く顔に出てくる表情は・・・笑っていた。
私は私の返せる笑みで返した。
「・・・ほらな・・・予想通りだろ?」
私の声は誰の耳にも届かなかった。




