持久走大会1,2
私の憧れはテレビの先にいた。
足を前に出し、腕を振り、自分の全力を出すその姿。
私は何よりそれが美しいと思った。
だから私はその人の真似をした。
だが現実は想像とは違った。
真似をすると辛かった。きつかった。
肺は苦しいし、足はビリビリと痺れて動けなくなる。
意識は朦朧となるし、目眩も起こり吐き気が巻き上がってきた。
・・・でも嫌じゃなかった。
体はこんなにも重くて動かなくなるんだとわかったら、テレビの先にいた人達に尊敬が出てきた。
だからもっと憧れるようになった。
ドクッドクッと前身を揺らすほど響く心臓音は、どこか重いはずの体を軽くした。
足は動かないけど、熱が巡るような感覚に襲われた。
私の体はこれ。心臓はまだ動いてる。私はまだ動く。そのはずだ。
流れ込んでくる熱は私に意欲を湧き立たせてくる。
だからもっと走りたくなった。
テレビの向こうの人達と同じになれていない自分を感じたら、なぜかワクワクした。
追いつきたい、走り抜けたい。追い越したい。
私はいつか走ることが何よりも楽しくなっていた。
でも私は目にした。
自分と同じぐらいの身長のある少女が、凄まじいスピードで走っていたところを。
走るだけではない。すいすいと遊具を通り抜けていくその姿は、憧れた姿を彷彿させた。
私はその時初めて、言葉には表せない湧き上がる何かを感じた。
背筋をなぞる様だった。
その時思ったのが『私はそこまでたどり着けてないのに。』
彼女は私と同い年。
日々の姿がいくら大人びていようと、先生のように頭が良くあっても・・・彼女と私の生きてきた時間は同じ。
どこに差があった?
私はサボってない。
ずっと頑張っている。
『・・・悔しい。』
私は彼女を睨んだ。
同じ時間なのに、見せつけられた差。
それが私に焦りを孕ませる。
追いつきたい気持ちはもっと強くなる。
まだかっ!まだかっ!
そう思う度に彼女の背中は大きくなる。
私はその時、初めて終わらせる事のできない負の連鎖に陥った。
このままじゃ、いけない。
私は憧れた姿になりたい。
誰よりも早く、誰よりも爽快に走りたい。
これらの思いが私に危機感を産ませる。
これではだめだ・・・このままだと私はもう立ち上がれない気がする。
だから今日・・・
彼女に勝負を挑んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「・・・遅いな・・・ラスト一周なのに。」
私は足を止めずにそうぼやく。
誰が遅いか、それは翆さんだ。
・・・もしかして最後まで本気を出さずに終わろうとしているのか?
「翆さん・・・。」
私は彼女が分からない。
だれもが嫌がることにハイテンションで参加。
その逆に何一つ興味なさそうにして参加しないで終わることも。
やることなすこと全て遊びのように彼女は動く。
ときには全力に、時には省エネに。
だから彼女が負けることなんて多々あった。
・・・でも負けようと彼女は悲しそうにしないんだ。
悔しそうな表情なんてしない。
いつも・・・母のように子を見守る優しそうな顔になるのだ。
「・・・。」
だから私は彼女が怖くなった。
私達とは違う。
その異質さに私は怯えた。
彼女の見せる子供っぽさですら、私達とは違うんだ。
好奇心と無謀が違うように、私達と彼女の間には決定的な違いが存在した。
「・・・ん?先生が集まってる?」
私が翆さんのことを考えてると、先生が2,3人ほど集まっているのが見えた。
「あそこは保健室・・・?」
何かあったのだろうか?
そう思って耳を傾けてると・・・
「一・・男子・・徒が倒・・した。
保・・先生によ・・・い脱水・・・熱中症だそ・・す。
命・・状はない・・・とです。」
「一・・女子生・・・れを発見し、連れてき・・・ました。
そ・・の名・・・堂翆さ・・す。」
先生たちの声が聞こえてきた。
走ってるせいかちゃんとは聞こえないが、集まってる理由はわかった。
誰か倒れてそれを・・・翆さんが助けた・・・。
なるほど、だからこんな時間になっても私に追いつかないのか。
「・・・結局・・・戦えなかったなぁ〜・・・。」
多分もう翆さんの姿は見ないだろう。
人助けて、ただでさえ時間取られたのに私に追いつけるわけがない。
私は大きくため息をついた。
今回は男子に混じり、そこそこいい成績を残せた事に良かったと思うしかいない。
一位を取りたかったところだが、翆さんとの勝負ばかり頭にあり・・・少し体力を残してしまった。
はじめから全力であったならばできたと思う。
けどもう時間的にできない。
また大きくため息をついた。
「もし・・・戦ってたなら・・・。」
坂口実のイメージの中で翆は、軽々と追い越す姿が映るのは仕方のないことだった。
だって彼女はまだ一年生。
身体も知能も、計画的に成長させてきた翆ほどには達せない。
食事管理、睡眠時間の調整、肉体疲労の制御
どれにおいても完璧にこなした翆には・・・勝てる見込みは今の彼女にはないのだから。
「・・・はぁ〜。」
ラスト半周。
私はもう今日は頑張りたくなかった。
別に翆さんに怒りはない。
人を助けていたのだから私が怒ってしまうのは失礼に当たる。
だから苛つきはなかった。
けど・・・意気込んでた分、気分も下がってしまった。
もう今日のことは忘れよう。
「なにしてんの?私に勝つんじゃなかったの?」
気分を落ち着かせようとしたら横から声がした。
きれいな音色を奏でる声。
聞こえないはずだった声。
聞こえることのないはずだった声。
「・・・なんでっ!?」
横には翆さんがいた。
全速力なのか私の前に出た。
見えることのない姿が目の前に映る。
憧れた適しした背中が私の前に存在する。
ゆっくりと時間が進んでるようだった。
彼女の一歩一歩が鮮明に映る。
彼女はゆっくりと後ろを振り向いた。
光り輝く黒い瞳が私を捉える。
惨めな私を映す。
私は追い抜かされてやっと気づいた。
彼女の瞳に映る自分を見てやっとわかった。
『私は弱い。』
自分の挑んだ勝負でさえ、負けてしまうほど。
自分は油断して全てを台無しにする情けないやつだ。
これは勝負。負けたほうが負け。
油断しようがなにか不祥事があろうと負ければ負けなんだ。
つまり私は負けたんだ。
怠惰で傲慢な気持ちを持つから・・・負けたんだ。
技術云々の話どころではなかった。
心が出来ていなかった。
私が一番、競争を侮辱していた。
それで勝とうなんて・・・。
笑える・・・本当に笑える。
・・・・私は笑えるほど・・・弱者だった。
「・・・来い。」
顔を上げる。
そこに映るのは優しそうに笑う少女。
少女の音色は私の脳に直接響く。
「あ・・・。」
前に引っ張られたようだった。
重くなっていた足が、嘘かと思うほど前に前にと動いた。
・・・許す・・・そう言われたような気もした。
私の過ちを彼女の声が消してくれるようだった。
・・・そうだ・・・まだ終わってない・・・。
「・・・!」
私は彼女の背中を追いかけた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




