透の弱さ。
「いらっしゃい。」
透は冬なのに薄着で俺達を待っていた。
痩せている体は少しだけ・・・震えているように見える。
「今日は無理をさせるね、再度聞くけど私達に見られて抵抗はない?」
「別にないよ、知られても・・・悪いことなら噂になるだけの話だから。」
「そっか・・・一応私達は君が望まない限り、口外はしないよ。
それは信じてくれていい。」
「それが聞けただけでも安心するよ。」
翆と透が挨拶を交わす。
透は俺を見て宜しくねと笑ってみせた。
俺は別段言うこともなかったのでとりあえず聞いてみる。
「・・・お前、寒くないのか?」
そんな突拍子もない質問に透は優しい目をして・・・
「慣れてるからね、これぐらいは普通さ。」
そう言った。
今の気温がいくつかなんてわからない。
けど俺は上着がないと耐えられない寒さだ。
なのに透は大丈夫という。
いくら暑がりの人でも真冬の外にいて暑いと言える人はいないだろう。
耐えているのか・・・それとも精神的に本当にそう思っているのか・・・
「心配しなくても大丈夫だよ。
本当に寒くなんてないから・・・。」
「・・・そうか・・・。」
俺はもう何も言わなかった。
「さて、無駄話は終わりだよ。
・・・透君、じゃ、宜しくね。」
「うん。」
「ほら、私達はこっち。」
翆は俺の手を取り、透家の庭へと移動した。
広くない細いとまで言える庭に身を隠した。
横には窓がありカーテンで中が隠されている。
「おい、これつけろ。」
翆が強い口調で俺にイヤホンを渡してきた。
翆の手には見たことのない黒い機械があった。
疑問に思ったが翆の目が黙って言うこと聞けと言っているようなので言われた通りにする。
翆は窓に手をかけた。
静かに開ける。
少しの隙間が出来た。
そこはちょうどカーテンもかかっておらず、家の中がよく見える。
家の中は暗い。
しかし、テレビがついているのか部屋の中は白い明かりに照らされていた。
ガチャと言う音が響く。
多分透が入った音だろう。
「やっと帰ってきたな。」
それと同時に女性の声が俺たちの耳に、イヤホン越しに聞こえてきた。
視界ではソファーに座っていた女性が立ち上がる。
そして部屋の出口のドアを開ける。
そこには玄関には突っ立っている透がいた。
しかし女性にかぶさりすぐ見えなくなる。
だけど・・透に何が起きたのか・・・耳に来る声によってすぐにわかった。
ドンッ!
「遅えんだよっ!今まで何してたっ!」
「カはっ!?」
蹴られたんだ。
いきなり、『お帰り』『ただいま』なんて挨拶も交わさず女性の足は透の体を蹴った。
俺の視界に倒れる透の姿が映る。
女性は屈む。
「こんな暗くなるまで生意気にも遊びやがってっ!」
バシンっ!パシンっ!叩く音が鮮明に旋律に耳に聞こえる。
心配していたのか?
女性のセリフからそんな考えなんて思い浮かぶ暇なんてなかった。
だって・・・
「誰のお陰で今生きれてるのかわかってるのかっ!」
透のため?そんな訳はない。
俺の親は俺と姉が幸せになれるならと働き、俺達が欲するものをできる範囲買って来て、俺達が困っていたら助言してくれて、俺達が世界を知り成長するために自由をくれた。
してはいけないこと・・・ちゃんと言葉で文字で理由付きで教えてもくれた。
悪いことをすればちゃんと互いの視線を合わせて、拳骨はあれど叱ってくれた。
俺の知る"誰かの為"と意味を含む行動は・・・こんな、暴力で鎮める、胸糞の悪いものではない。
「糞が・・・っ!」
俺は怒りを覚えた。
別に透を思ってではない。
ただ俺の憧れる親の、大人の姿を・・・汚されているようで・・・胸が熱くなる。
内側から込み上げてくるような感覚が身を襲う。
「・・・止めとけ。透はそれを望んではない。」
窓を掴もうとする俺の腕を柔らかい翆の手が掴む。
「あいつを助けるわけじゃねぇ・・・っ!」
「それでもだ。私達は他人なんだ。
怒るからと言って手を出していいものではない。」
翆の掴む力が強くなる。
俺は心で糞っ!と怒鳴り、上げかけた腰を下ろす。
ーーーーーーーーーーーーーーー
俺は父さんに強さを教わった。
守る力を俺は教わった。
目の前の大人のような傷つける強さではない。
俺と姉が幸福に感じた、温もりと安心を俺は何より憧れた。
しかし、教わり始めて数年。
それは突然・・・俺を裏切った。
親は通り魔に襲われ呆気なく死んだ。
父さんは俺に約束した。
『母さんとお前たちは俺が命を賭けて守り抜く。』
父さんと母さんが溺愛しあっていたのは子供の俺でも分かった。
そんな両親も俺は好きだった。
だがそんな思いすら、たった一人のやせ細った父よりも身長の低い男によって奪われたのだ。
「・・・守り抜く?なんだそれは。」
死体を前にして俺は言った。
「守れてないじゃないか・・・っ!
あんたにとって・・・何よりも大事な人を・・・守りきれてないじゃないかっ!」
全てがグチャグチャになったようだった。
涙なんて出る余裕はなかった。
死体を目にしたときの吐き気は今でも覚えてる。
憧れが消えたとき、突然幸福が奪われた時、俺は自分の生き方を決めた。
失ってがこんなにも辛くなるなら・・・
憧れようとそれが儚いものなら・・・
望んでも意味がなくなるなら・・・
結局守れられない世界なら・・・
俺はもう・・・なにも望まない。
それからの俺には余裕はなくなった。
ただもう失わない為に姉と婆ちゃんを守れる力を付け続けた。
金に困らないように知恵を、安全な人間関係を手に入れる為に集団のリーダーへと、誰にも負けないように体力を・・・
でも、それでも・・・
どんなにがんばっても憧れはそう容易く消えてはくれない。
未来を思うたび、父の大きな背中姿が俺の視界にこびりついて離れようとしない。
それは段々煩わしくなった。
見るたびに俺の心を抉ってくるそれに怒りを覚えていく。
俺はその光景を消したい。
もう、何も失いたくない。
信じたものに裏切られたくない。
身が沈んでいくような絶望はもう嫌だ。
気づけば・・・父と反対の奪う側へと周っていた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
この世は等価交換で出来ている。
俺は父にそう教わった。
確かにと、俺は知恵をつけ始めた頃、そう思った。
賢くなるには時間がいる。
体を頑丈にするならそれなりの痛みが来る。
他人に信用されるならそれなりに他人に与えなきゃいけない。
それらの価値を決めるのは交換される物の持ち主だ。
しかし、たまにその価値は一方的に決められるときがある。
それは持ち主の立場が対等じゃないときだ。
頭が悪ければ騙されるし、力が弱いなら力で強引に決められる。
そんな時が一人一人に最低一回は存在するだろう。
わかりやすい例を上げるなら・・・
「ほらっ!寝てんじゃないわよ!さっさと立ち上がりなさいっ!」
「・・・っ!・・・ッ!」
今の透がそうだ。
なんと無様な姿だろうか。
お前に価値はないと、決める権利もないやつに考えを押し付けられ、透はそれに抵抗しない。
まるで、それは本当の事だよ。と受け入れているようにも見える。
・・・そうだ、俺が透にムカつくのは・・・これのせいだった。
「なぜ弱さを受け入れる・・・っ!
なんの幸福がそこにある・・・っ!」
あいつの行動の愚かさが、その無様な姿が・・・死んだ父さんの姿に似ているんだ。
だから苛つく。
何かを自分の中から零さないように足掻いていたのに・・・肝心な時・・・それをしない。
その時のために動いていたのにっ!
その俺がしてきたことを否定するあの姿が・・・俺を侮辱するっ!
「おい、透、こっちに来い。」
殴られ続ける透を睨んでいると、テレビ付近から男の低い声が聞こえてきた。
その声に女は透を殴らなくなる。
透は怯えたような顔をして、晴れた顔を抑えながら立ち上がり、男の元へと歩く。
「腕出せ。」
カーテンに隠れて、透の姿が見えない。
俺はなんとか見ようと、目を凝らす。
そこに映ったのは・・・
「アああアアァァぁあァああ嗚呼っ!!!!」
腕に煙草を押し付けられら透の姿がだった。
叫び声ともならない喉奥底から出ているであろう嗚咽を透は出している。
苦悶の表情で、痛みに耐えている。
男の表情は暗くて見えない。
でもどんな顔をしているかなんて俺と翆の頭では分かってた。
笑ってたはずだ。
嬉しそうに笑っていたはずだ。
怒りは頂点に達する。
今すぐにでも殴り込みに行きたい。
けど翆の俺を掴む手がそうさせてくれない。
悔し過ぎで、苛つきすぎてなのか・・・俺の手にある爪痕から血が滲み出ていることに気づかなかった。