だが愁を理解していなかった
俺は婆ちゃんと姉さんしかいない木造建築一軒家の家の中で準備をする。
暗くなっても大丈夫なように懐中電灯と寒くても大丈夫なようにカイロ、腹が減ったとき用の握り飯をウエストポーチの中に入れる。
「・・・長かったな・・・もう冬だもんな。」
現在は12月の中旬。
そしてもうそろそろ夕方になろうとする時間帯だ。
なぜ今俺が外出の準備をしているのか・・・。
それは今日、ついに透の家庭をこの目で見るためだ。
翆は言った。
愁をしれ、お前が強くなるにはそれしかない。
まだお前は透の何も知らない。
外側も性格も考え方も・・・何一つ理解しちゃいない、と言って。
意味がわからない。
他人が他人を理解するなんてできるはずがない。
そう思ったことを伝えても・・・なら、人に愛は根付かないと言われて否定された。
そして今になって、やっと翆の同伴のもと見に行くことになった。
ピンポーンと家から音がする。
翆が来たのだろう。
「おーい、愚弟っ!
お友達が来たぞ。」
「わかってる、今行く!」
俺は黒いジャンパーを着て、玄関まで向かう。
玄関には・・・
「うちのじゃじゃ馬を気に入ってくれてありがとねぇ〜。」
「いえいえ、じゃじゃ馬でも私だったら乗りこなせる自信がありますから。」
笑い合っている姉さんと翆がいた。
中学生と小学一年の会話なのになぜこんなにも不気味さを醸し出せるのか俺は知りたい。
「お、やっと来た。女性は待たせるものではないぞ。
将来、ビンタとかされても知らないからな。」
「うるさい、お前を女だとは思ったことはない。」
「こらっ!翆ちゃんに失礼なこと言わないの!」
「・・・もう洗脳されてる。」
翆の恐ろしいところは初対面の相手でも、誰彼構わず気に入られるところだ。
信頼してる人が二人しかいない堅物の姉さんにももう気に入られている。
「洗脳とは失礼な。普通にお姉様を信頼しているんですぅ〜。」
「そうよ!翆ちゃんは優しくて賢くて可愛いんだから。」
「もう、お姉様はお世辞がうまいんですから〜♪」
「なんで初対面の姉さんがそんなこと分かんだよ・・・。」
「愚弟のお前を理解してくれてるんだから悪い子なわけ無いわ。」
「判断基準俺かいっ!」
駄目だ、コイツラとこんな茶番続けてたら俺が疲れるだけだ。
俺はため息を付き、さっさと家から出る。
「あ、ちょっとっ!じゃ、お姉様。
少しの間お借りしますね。」
「ええ、召使いとして使っていいからね。」
翆はそう言い、とてとてと後ろについてくる。
角で曲がり、姉さんの姿が見えなるのと同時に・・・
「・・・いや〜、優しいお姉さんじゃん。
大切にしてあげなねぇ〜。」
翆が笑いながら、背中をつついてきた。
「・・・充分してるさ。
家族は・・・もう姉さん一人しかいないんだから。」
俺には親がいない。
俺が幼い時、通り魔に旅行に行っていた両親は刺されて死んだ。
父さんは天涯孤独。母さんは弟さんとお婆ちゃんがいた。
だから今は両親の遺産と海外で働く母さんの弟さんの支援のお陰で過ごせていられる。
「いや〜、弟がこれだとお姉さんは大変だねぇ〜。」
そして、それを翆は何故か知っていた。
俺が何故お前が知っていると胸ぐらを掴んだら、笑いながら「私に隠し事なんて通じないさね。」と地面に投げつけられたのはいい思い出だ。
「はっ、言ってろ。」
俺はどこから出したのか、パスカルを齧りながらついてくる翆を見る。
こいつも俺と同じように黒の衣服を身に着けている。
「なぁ、こんな服着てまで見つかってはいけないのか?」
「当たり前でしょ、私達が見つかれば被害が来るのは全部透くん自身。
私達は影でこっそりと見ているのが一番なんだよ。」
続けて翆は言った。
「今回、透君には暗くなってから帰るよう頼んでるんだ。
それだけでも透君に来る被害、肉体の損傷、精神的苦痛は壮大なもの。
これ以上、無理はさせてはいけない。」
俺には前から拭えない疑問が2つある。
一つが透の意志だ。
傷つき、それでも傷つく側でい続けるその意志が俺には分からない。
そしてもう一つは、翆だ。
こいつの言動は全て意味を含んでいて、物事の理解力はまだ一年なのにも関わらず誰よりも優れて、すべてを完璧にこなす翆自身を理解できずに俺はいる。
異質過ぎて気持ち悪いくらいだ。
「お前はさ、なんでそんなにも知っているんだ?」
「・・・どういうこと?」
翆はキョトンと首を傾げる。
「人の気持ちなんて100はわからないだろ?
未来の事なんて全部知ってるわけじゃないだろ?
なんでお前は自分のすることにそこまで自信が持てるんだ?
何故間違ってるって考えないんだ?
なんでお前は間違えないんだ?
何故全てを・・・知ってるんだ?」
俺は目の前の化物に聞いた。
人間のようで、人間の上に立つ宇宙人のような存在に尋ねた。
たった数年しか生きていないのに、大人より、こいつより長く生きる俺より、賢くあるのだろうか。
翆は笑顔を絶やさず言った。
「私は天才なのさ。
目の前のものを受け入れ、信じ、否定して、疑問を持ち、記憶する。
私はそれが出来る。
誰もが疎かにするそれを完璧にする事ができる。
私は天才だから・・・間違えない。」
ふざけた様に言い、俺の口にカルパスを突っ込む。
硬い食感と少しの甘さと少しの旨さが口に広がった。
(俺はお前のようになれないのか?)
齧りながら考える。
歩き続ける翆についていく。
翆は顔を見せずに俺に言う。
「私は天才、けど君は身体能力が少しだけ高いただの男の子だ。
私が君になれないように、君は私にはなれない。」
「・・・っ!」
彼女は急に振り返る。
今度は笑わず、俺の目をまっすぐ見て言った。
「けど君は人間だ。
君に望みがあるなら、諦めたくないと願うなら、必ず私とほとんど同じ力は手に入れられる。
私がこれから何もせずにいるなら君ぐらいの身体能力ぐらいに落ちるように、君が頑張り続けるなら・・・君の望みは最後には必ず叶っている。
私が言うんだからこれは間違いない。」
彼女は俺の横へ行き、前へ進むように背を押した。
「勝手だけどさ、背中を押してあげるよ。
これが君の強くなる第一歩だ。」
俺の目の前には、怯えた目をしなくなった透が立っていた