翆の世界
次回、おとぎ話のような翆制作のお話。
尚、編集していませんが透は石塚愁に変更しました
「おい、愁。」
俺の名は祐作。
この小学校では一番強い存在だった男だ。
いや、そうだったんだ。
あの屈辱を受ける日までは。
あのときすら来なかったら、俺はここまで不快にはならなかった。
その原因を作ったのが目の前にいる透という一年の餓鬼と、こいつと同じクラスの翆という女だ。
俺はその日、翆と勝負し・・・還付なきまでに負けた・・・。
その後、翆は俺を捉えていない真っ暗な瞳を俺に向け、一騎打ちを餌に、その条件として透の警護を持ちかけた。
俺は嫌なのだが、俺の敵である翆という女と戦うためなのだ。仕方がない。
そう自身を洗脳し、結局引き受けた。
俺は面倒くさいという気持ちを押し殺し、教室に入り、俺に気づかない透の頭を小突く。
「い、痛い・・・祐くん。」
透は頭を抑え、痛みを訴える。
これぐらいで痛いとは軟弱なものだ。
「さっさと帰るぞ、愁。
後、俺を祐くんと呼ぶな。」
俺は本を強制的に閉じさせ、帰り支度の準備をさせる。
こいつは見るからに弱々しい。
服も汚れていてあまり綺麗とは言えない。
髪は長いし、細い体のせいでいじめの対象になっている。
いや、これは俺達のような上級生の対象だ。
こいつの救いとしては、まだ一年生のような餓鬼が、当事者以外弱い者という概念を知らないことだろう。
故に同級生からは虐められない。
しかしそれも時間の問題。
俺らのように時間が立ったらスクールカーストっていうんだっけか、そういう位付けは自然に起こる。
「ちっ・・・。」
俺が卒業する頃にはこいつは確実にいじめられ始めるだろう。
全く情けないことだ。
「しかしお前はさっさと俺なんか待たず帰れよ。
一々俺が面倒見るのも面倒なんだよ。」
「・・・ダジャレ?」
「違う!生意気言ってとぶん殴るぞ!」
こいつは俺が迎えに来るのを知っているからその時まで必ず待っているのだ。
俺にイジメられていたというのに、意味が分からないやつだ。
「・・・おい、翆はどこ行ったんだ?」
クラスを見渡す。
翆は愁を強くするために透の師匠となっている。
だからいつもこの時間は翆は教室に残っているのだ。
しかし今日はいない。
俺は疑問に思い、その理由を透に尋ねる。
しかし透は・・・
「わかんない、授業が終わり次第帰った。」
そう答えた。
「ははっ、お前見捨てられたのか?」
俺は愁をからかう。
俺は弱いやつが大っ嫌いだ。
だから透を見てると無性に腹が立つ。
ほら、悔しがれ。
俺は怒りを鎮めるために、うざい奴を泣かすためにそう言う。
しかし帰ってきたのは予想できなかった言葉だった。
「・・・そうかもね。
でもそうだったとしても仕方ないよ。
僕・・・弱いもん。」
言い返すことはしなかった。
ちっ、あっさりと認めんなよ。
面白くねえなぁー!
「・・・当たり前だ。」
簡単に自分が弱いと認める事に反論する気が失せる。
もういい、翆がいないのだ、こいつにかまってる必要なんてない。
さっさと送って帰ろう。
「あ、翆ちゃんなら公園にいるよ。」
ランドセルを背負った瞬間、教室の奥の方から声が聞こえた。
声の持ち主を見る。
「・・・梨衣さん。・・・どういうことです?」
そこには翆の友達の女がいた。
へぇ〜、梨衣って言うのか。知らんかった。
梨衣という女は透の質問に答える。
「今日、、翆ちゃんは幼稚園の子たちと遊んであげる日なんだ。」
「何だあいつ、餓鬼共と遊んでのか?」
「餓鬼って・・・私達も同じようなものでしょ。
翆ちゃんは優しいの!」
俺より強いのになんで弱っちい餓鬼共と遊ぶんだ?
意味が分からねぇ。
そんなんして意味あんのかよ?
「・・・ボール遊びでもしてるんですか?」
「うん。たまに私達で作った絵本を読み聞かせしたり、ボールやおままごとして遊んでるよ。」
「梨衣さんは・・・行かないんですか?」
「うぅ・・・昨日寝ちゃって絵本の色塗りが間に合わなかったの。
だから先に行ってもらったんだ。」
机の上には色鉛筆の缶とクレヨンが置いてあった。
「あ、もう終わったから公園に行くけど、一緒に行く?」
「僕は行くよ。・・・帰っても何もないし・・・。
祐くんは・・・?」
「くだらない。どうでもいい。俺は帰る。」
俺は右肩に背負うランドセルを背負い直す。
そして教室を出ようとすると・・・
「・・・私達は朝熊公園にいるから興味があったら来てね。」
梨衣は翆と同じように、まるで俺が行くかのように見越したような笑みを向けてきた。
俺はそれに返事が出来ず、それを隠すように教室を出た。
結論から言おう。
俺は結局公園へと向かった。
俺は強くなりたい。
別にヒーローにもヴィランにも、神様にも憧れているわけではない。
勉強を完璧にするのも、天才になりたいからじゃない。
ただ、情けないと思うのだ。
どんな物事も自分の結果に繋がる。
その結果が人の価値を決める。
その結果を満足行くようにするのが人間のするべきことではないか。
なのに!その為に!・・・努力しないのは情けないじゃないか。
俺は翆を改めて思い出す。
やっぱりこいつは俺の一番嫌いな人間だ。
俺の目には、翆は何一つ全力で取り組んでいないように見える。
翆は優秀だ。
俺の親より強くて賢い。
コイツにできないことなんて思いつかないほど俺の中では一番最強の存在なんだ。
なのにこいつは何一つ結果の中では秀でていないのだ。
愁から確認したが、翆のテストは全部60点丁度なのだ。
俺は怒りを覚えた。
消えない傷を背負っているのに、それを笑いもしないで受け入れ、自慢もしない翆に怒鳴りたかった。
でもそれ以上に興味が湧いた。
何故翆はこんなつまらない生き方をするのだろうかと。
だから俺の足は自然と公園に向かった。
公園にはスケッチブックの持つベンチに座る翆。
その前に体育座りする餓鬼十人。
その後ろで立つ愁と梨衣がいた。
スケッチブックは開かれていない。
今から始まるらしい。
来るタイミング丁度良かったぽいな。
翆は子供たちに笑いかける。
その笑みはあの日に見せた悪魔のような笑みではなく、まるで母親の赤子に向ける優しい笑みだった。
その翆はスケッチブックを開く。
そして喉から音を出した。
翆の作った世界の話の音を。