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第8話 鞍馬の休日(2)

 

さて、奥の院へは行かずと決めた『はるぶすと』ご一行。

 帰りは、約1名(誰とは言いませんが)の意見で、ケーブルカーに乗ろうと言う事になった。

「えーっと、あ、ケーブル乗り場はこっちですって」

 さっき由利香がゼーゼー言いながら登った、本殿へ続いている最後の階段を降りていくと、ケーブル乗り場への道案内と時刻表がかかげてあった。

 登ってきた道とは逆の方へ伸びている、緩やかな下り坂をまず降りる。

 すぐに到着すると思いきや、けっこうな距離を歩くようになっていた。由利香が何の気なしにひょいと下を覗いて「うわあ、下までけっこう深いし、すごく切り立ってる」と言うように、かなりな高さと鋭利な斜面がそこにあった。

 うっすらと降り注ぐ日の光に照らされて、もやのように輝いて落ちてくる雪の林の向こうから、修行をする牛若丸と天狗たちが、今にも飛び出してきそうだ。

 今少し歩いて行くと、左手に多宝塔を見ながら、まるで休憩所の様なあずまやの一角に、ケーブル乗り場へ降りていく階段があった。

 レトロな待合室に入ると、券売機がある。

 ただ、ここのケーブルは運賃というのではなくて、鞍馬山の保全に対する協力金のようなもので、お礼にケーブルに乗って頂くと説明されていた。

 出てきた切符は、はなびらを形取ったものだ。

「わあ、素敵ね。本のしおりにしよう」

「由利香さん、本なんて読むんすか? あ、漫画か」

「しつれいね!」

「ははは」

 などとふざけあっている間にケーブルが到着したようだ。上りの便なのでかなりの人数が降りて来た。

 案内されて乗り込むとすぐに発車だ。

「急な坂ね、それにスピードもけっこう出てる」

 などと言っているうちに、ほんの数分で最初の仁王門に到着してしまう。

 鞍馬駅まで来た道を逆戻り、趣のある駅待合室で、電車を待つ事にした。途中、由利香の決めぜりふ「おなかすいたー」が飛び出したため、名物の牛若餅もしっかり堪能し。

「さーて、じゃあまた出町柳まで戻りますか」

 由利香がガラガラと待合室の引き戸を開けて中に入る。広い室内は、椅子も沢山あったのだが、冬里が改札口から外を見やって言った。

「だね。ちょうど電車が着いたみたいだよ」

「あ! ホントだわ。なんてラッキー、私のおかげね」

「ラッキーパーソンは俺っすよ」

「いや、俺かも」

 ガヤガヤと乗り込む3人のあとから、「やっぱり僕だよね?」と、後ろのシュウに確認する冬里。

 誰でもいいかな、と言うように苦笑しながら曖昧に頷いて、シュウはあとに続いていった。


 帰りも運良く「きらら」に乗車した一行。

 今回、由利香が夏樹に窓に向いた席を譲ったため、大感激の夏樹は椿と並んで楽しそうに語り合っている。

 他の3人は1人がけシート。

 さすがに疲れたのだろう、由利香がコクリコクリと船をこぎ出したのを見て、真ん中に座っていた冬里が、何気なく外に目をやり、窓ガラスにかすかに映るシュウを見透かすと、普通の人では聞き取れないほどの声で話し出す。

「また来いって」

 シュウは、わかったと言うように、窓に映る冬里に少し頷いて先を促す。

「道中ずっと言われてたんだけどね。あの金剛床で釘を刺されたよ」

 冬里の言葉に、ふっと優しく微笑むと、シュウもまた同じように話す。

「私にも、また来るように、と」

「やっぱりね」

 誰がと言わずとも、2人にはわかる。鞍馬山がもう一度彼らを招待したいようだ。

「……まあ、でもさ」

「少なくとも、あと100年ほどたってから、だろうね」

 ふたりは可笑しそうに微笑みあうと、また何事もなかったように車内に視線を戻すのだった。



「で? このあとはどうするの? おなかすいたー。そう言えばお昼もまだだったわ」

 朝早くの方がすいているだろうと言う事で、鞍馬寺へは早めに到着していたため、まだ時間は昼を過ぎたばかりだった。

 腹を空かせた由利香の凶暴性? は誰もが知っていたが、先ほどの牛若餅の効果がまだ残っているだろうと、冬里がひとつ提案を持ち出す。

「実はね。お昼の前に行きたいところがあるんだ」

「え? どこよ?」

 由利香が思わず聞く。

「あそこだよ」

 冬里が指さす先には、鴨川の向こうに涼やかに広がる森があった。

「あれって」

「そ、ただすの森。そしてその向こうにあるのが、下鴨神社だよ」

 ここへ来たときに、シュウと冬里が話していたのは下鴨神社のことだったらしい。

「え? 下鴨神社ってこんな所にあったんだ。わあ、行ってみたい」

「うん、正解だね。それに下鴨神社の隣には、河合神社っていう、美麗祈願の神社があるよ」

「びれい?」

「美人の美に容姿端麗の麗。とおーっても美しくなる神社」

「ほんと?! じゃあ行きましょ、絶対行きましょ、今すぐ行きましょ!」

 と、由利香はまんまと冬里に乗せられ、空腹も忘れて糺の森へ一行を引っ張って行くのだった。


 駅から5分ほど歩き、糺の森に入ってすぐの所に、河合神社はあった。

「あ、ここみたい」

 そんなに広くはないが、入り口に「女性守護 日本第一美麗社」と書かれた木の看板が掲げられている。

「わあ、女性の守り神さまなんだ。じゃあ行ってくるわね」

 と、皆を置いて行こうとする由利香に慌てる椿。

「え? ちょっと由利香」

「なに? あっダメよ! ここは女の人だけなの」

「なーに馬鹿なこと言ってるの」

 ひょいと彼らの横をすり抜けて、冬里が境内へと入っていった。

「ええ?!」

「女尊男卑はんたーい。っていうか、ここ男子禁制なんて書いてないよ」

「そうなの?」

「そうなの」

 ニッコリ笑う冬里に、中をよく見てみると、なるほど老若問わず男子もお参りしている。

「エヘヘ、ちょっと早トチリ」

 ペロッと舌を出す由利香の頭をポンポンして、椿は彼女を本殿へと促した。

「はいはい、相変わらず。じゃ、先にお参りしようか」

「はーい」

 ひとり長々と、しかも超真剣に手を合わせている由利香を待つ間、何かを調べていた椿が声をかける。

「ここって面白い絵馬があるみたいだよ」

「絵馬?」

 社務所で聞くと、鏡絵馬と言って、手鏡型の絵馬にシンプルな顔が描かれており、それに好きなようにお化粧を施して奉納すると、身も心も美人になれるのだという。

「これは絶対はずせない!」

 そう宣言すると、由利香は絵馬を購入して、境内にある鏡絵馬御化粧室へ意気揚々と入って行くのだった。

 待つこと5分。

「出来たー」

 と、御化粧室から出てきた由利香が奉納場所へ行くと、そこには当然、冬里と夏樹が虎視眈々(こしたんたん)と出来映えを見るために待っていた。

「もー、遅いっすよ、由利香さん」

「まあまあ、こんなに時間がかかったんだから、そうとう美人になったんだよね?」

「え? ……うーん」

 などと言いよどみ、いつもの由利香らしからぬ自信のなさだったのだが。

「へーえ、けっこうやるじゃないっすか」

「ふうん。由利香は絵の才能あるかもね」

 珍しく2人とも褒めるくらいには、美人に出来上がっていた。

「そうなんですよね。俺もちょっとびっくりです」

「なによ、みんなして。……でも、」

 と、また言いよどむ。

「なに?」

 椿が怪訝そうに聞くと、由利香はため息をついて言う。

「なんで自分自身には、この絵馬みたいなメイクが施せないのかなって思って」

 すると椿は、ちょっと吹き出して言う。

「由利香はそのままでいいよ」

「そう? じゃあこのままにしとく」

「うん、充分きれいだし」

「ありがとう」

 仲の良いふたりに冬里と夏樹は笑って顔を見合わせる。シュウもふっと微笑むと「では、そろそろ行きましょうか」と、一行を促して河合神社をあとにした。


 糺の森は、太古から脈々と続く森林と、傍らには和歌にも詠まれた小川が流れる、神気あふれた下鴨神社までの参道だ。

 歩いていると、身体がすみずみまで洗われていくようだ。

 行く手に下鴨神社の朱色の「桜門」が見えてくると、参道沿いに、近頃縁結びで有名になったお社と、なんと「君が代」に登場する、さざれ石がある。

「さざれ石って本当にあったんだ」

「うん、さざれ石って言うのは、小さな石って言う意味なんだけど、一説では年とともに成長して神霊が宿ると言われているんだよ」

「すごーい」

 今回は縁結び社には手を合わせるだけにして、一行は本殿へと向かった。


 すぐそこに、桜門が優雅なたたずまいを見せている。

 不思議なことに、それまでざわつくほどにいた参拝客が、すーっと幕を引くようにいなくなっていた。

「じゃあお参りしましょ」

 由利香がそう言って、椿と並んでシンと鎮まった門をくぐりぬける。

――――

「あれ?」

「え? なに」

 一歩境内に踏み入れた途端、あたりがまばゆい光に包まれた。


 そして。


 ズガガガーーン!

 と言う爆音とともに、そこに現れたのは。

「よお、久しぶりだな」

 ヤオヨロズだった。

「え? ええーー?!」

 由利香は隣にいる椿とヤオヨロズを交互に見ながら、らしからぬ様子であたふたしている。

 その椿はというと、しばらくはポカンとただそこに突っ立っていたのだが。

「えーっと」

 と、何を思ったのか、自分の頬をつねっている。

「イテテテ、……と言うことは、これって夢じゃないってことだよな」


「……ああ、椿。夢じゃないんだ」

 振り向くと、そこには夏樹が立っていて、そのまた後ろに冬里とシュウが立っている。

 由利香はどちらに行こうか迷っていたのだが、その場で一番話しを引き出しやすそうな夏樹に突進する。

「ちょっと! 何がどうなってるの? きちんと説明してよね!」

「うわっ、すんません由利香さん。きちんと説明するっすよお」

 胸ぐらをつかみそうな勢いに夏樹がタジタジしていると、後ろから落ち着いた声がした。

「由利香さん落ち着いて。私がお話しするわ」

 振り向くと、今し方現れたヤオヨロズの隣にニチリンが立っていた。

「ニチリンさん……」

 微笑んだニチリンが少し申し訳なさそうに言う。

「驚かせてごめんなさいね、椿くん。由利香さんも。それでね」

 ニチリンの説明によると、シュウ、冬里、夏樹の千年人3人が、そろそろ椿にも正体? を明かそうと言う話になったらしい。

 特に夏樹が強く主張したのだそうだ。

「俺、椿に本当の事を言えないのが寂しいって言うか。今はまだいいんすけど、あと何十年かして、もし、どっかで椿に出会ったら、嘘つかなきゃならない。たとえば、夏樹の子どもだとか孫だとかです、って。そう言うの、なんつーか……、イヤなんすよ。椿に嘘なんて」

「夏樹?」

「夏樹、あんた」

 そう言ってうつむく夏樹に、驚いたような目を向ける椿と由利香。

「それにね」

 後ろにいた冬里が一歩踏み出し、黙り込んだ夏樹の肩に手を置くと、あとを引き受けて話し出す。

「由利香も」

「私?」

 由利香は思わず自分を指さす。

「そ。椿と一緒に住んでて、っていうか結婚してるのに、本当の事言えないの、厳しくない?」

「あ、それは」

 と、椿を見て、また冬里に視線を戻す。

「あのおしゃべりな由利香が、王様の耳はロバの耳さながらに、伴侶に隠し事なんて可哀想だなって、みんな思ってたんだよね」

「おしゃべりなは余計よ。けど、でも、じゃあ、私のためでもあるって事?」

「そう。で、いつがいいかなーって思ってたんだけど、どうせならドラマチックにしたいじゃない? だからヤオたちに手伝ってもらう事にしたんだよね~」

 ニッコリ笑って言う冬里に、ほへっとあきれかえる由利香。

「まったく、何でもかんでも思いつきのまま、だもんな、コイツは。けど手伝いなんかじゃないぜ。俺たちも正体を明かした方が動きやすいし、この際だからと便乗させてもらったって訳だ」

 冬里の言葉を受けて、ヤオヨロズが横から言った。


 しばらくはシンとしていたが、少しして椿がコホンと咳払いをする。

「あの。たぶんここにいる中で、俺がいちばん状況を理解してないと思うんですよね。で、……まずは皆さんの正体から説明していただけると、ありがたいんですが」

 他のメンバーは、その言葉にしばしポカンとして。

「ワッハハハ、そりゃそうだ! いきなり俺たちの正体って言われてもな」

「そうっすよね。ごめん、椿、きちんと説明するよ」

 大笑いするヤオヨロズと、頭をかく夏樹。

 そんな中で、いつも冷静なニチリンが、常識的なアドバイスをする。

「けれどあなたたち、いつまでも結界張ってたら、他の参拝客にご迷惑。まずはご挨拶を済ませてきなさい」

 ピシッと手で示す先には、下鴨神社のご本殿がどっしりと控えていた。


 そのあとのこと。

「いよう、邪魔するぜえ」

 と、もう椿にも遠慮しなくてよくなったヤオヨロズが、すいーと本殿の柱を通り抜けて中へ入っていく。ニチリンは、びっくりしている椿にちょっと微笑んで自分も中へと消えていった。

「な! なにいまの!」

「あーと、ごめんねえ。ヤオヨロズさんとニチリンさんってね、実は神様なの」

「え?」

「たぶんここの神様にご挨拶に行ったんだと思うのよね。あとできちんと説明する。とりあえずお参りしましょ」

 何がなんだか、と言う感じの椿だったが、せっかく来たのだから今は楽しもうと気持ちを切り替える。

「わかったよ、あとでいっぱい聞くからね。で、さっき調べたら、ここって干支えとごとに社が分かれてるんだって。だから自分の干支が書いてある所にお参りすればいいよ」

 と、椿と由利香は自分の干支の守護神にお参りしたのだが、どういうわけかあとの3人はスルーして直接本殿へと向かっている。

「え? ちょっと。夏樹たちは参らないの?」

「うーん、あんまり関係ないっていうか」

「どういうこと?」

 今度は由利香も訳がわからず聞くと、シュウが苦笑しつつ答える。

「自分の現れた年はわかるのですが、その前後から、私たちはなんとなくそこにいるんです」

「?」

「やはりわかりにくいですね。そうですね、私たちには、はっきりした産まれ年がない、と思っていただければよろしいかと」

「もっとわかんないわよ。まあでも、貴方たちだからいいか」

「え? いいの?」

 シュウの、答えになっていない答えに納得する由利香に驚く椿。でもまあ、それもこれもあとでわかるか、と、肩をすくめて椿は黙り込んだ。

 すると、夏樹が後ろから「悪いな」と肩に腕をまわしてくるので、椿は思いっきり悪態をついてやった。

「うるせえ」

「うわっ、恐っ」

「ハハハ」

 とりあえず。

 この居心地の良いこのメンバーとなら、あとのことはもうどうでも良いか、と、肩に回された腕を逆手にとって技をかけ、「イテテテ、やめてえー」と悲痛な叫びを上げる夏樹に、大笑いする椿だった。


 いつの間にか空が晴れ渡り、ほんのりと暖かな日差しが彼らを包み込んでいた。



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