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第4話 年の初めの


 年始から夏樹が寝込んでいる。


「いつもは元気の塊みたいなのにね」

 ベッドの端に腰掛けた冬里が、そんなことを言う。

「仕方ないよ。夏樹にしては睡眠時間が短いな、と、ここしばらく思っていたからね」


 とは言え、2人の会話からわかるように、何か重大な病気と言うわけではなく。

「ただの寝不足、ね。面白くなーい」

「冬里」

「ふふ、冗談だよ、じょ・う・だ・ん」

 と言うと冬里は、自分の唇にあてた人差し指を夏樹のおでこにあてる。

「む、…う~ん」

 眠りながら眉をひそめた夏樹は、ムニャムニャと何かつぶやいて、また静かに、先ほどよりもっと深く眠りはじめた。

 それを微笑んで見ていたシュウは、自分も唇に指を持って行こうとして、冬里に止められる。

「?」

 不審そうに自分の手をつかむ冬里を見るシュウ。


「As you are special, in the end.」

「なにが?」

 訳がわからず、思わず日本語で答えてしまったシュウに、冬里は面白そうに言う。

「君は、最後の仕上げをしなきゃならないんだよ」

「だそうだ」

 部屋の入り口から聞き覚えのある声がした。

「ハル」

 なんとそこには、前回会えなかったせいで、由利香を大いにむくれさせたハルが立っていた。

「どうしたのですか?」

「僕が呼んだんだよね、夏樹の一大事だーって」

 イタズラっぽく言う冬里に苦笑しながら、ハルがベッドのそばへやって来る。

「何事かと飛んできてみれば、ただの寝不足だと。まったく」

 そう言いながら、ハルも冬里と同じように、いったん自分の唇にあてた人差し指を、夏樹のおでこにあてる。

「う、ん」

 またムニャムニャ言って眠る夏樹。


「さ、真打ち登場。シュウの出番だよ」

「……まったく」

 ふ、と小さなため息をついたシュウは、自分もまた唇に人差し指をあてたのだが。

「あれ?」

「お!」

 2人が少し驚いたのは、言うまでもなく。

 シュウが唇にあてた指が、ぽお、とかすかに輝いたからだ。

 その指を夏樹のおでこにあてると、夏樹は「ふ、」と、本当に幸せそうに微笑んだあと、深い深い眠りに入って行った。



 時は前年のクリスマス。

 今年もまた、『はるぶすと』は、サンタの休憩所になっていた。

 担当のサンタクロースは、日本には初めて来たという、若いサンタのジョディだ。

「よろしくっす!」

 と、やる気満々の夏樹だったが、このジョディ、春夏秋冬の冬よりわがままで、春夏秋冬を知る百年人よりオレ様だったので、大いに振り回されたのだ。

「夏樹、のどが渇いた」

「腹減ったよー、夏樹、何か軽いもの作ってよ」

「ああー疲れた! 夏樹、足のマッサージ頼む」

 これでわかるように、なぜか彼は夏樹がお気に入り。

 深夜、ようやく引き上げていったジョディを見送ったあと。

「やっと帰りましたねー、でも、なんなんすかあの人!」

 振り回された夏樹は、たまったもんじゃないと言いつつも、そこはそれ、半分は楽しんでいたようだ。

 だが。

「夏樹ー、忘れ物があった。今、ロシアの上空だから届けてくれ」

「はあー?!!!」

 迎えに来たトナカイに乗せられて、なぜかお届け物を運ぶ夏樹。

「トナカイさんに乗せるだけでいいじゃないっすか」

 とか言っても「途中で落たちらどうするんだ」などと言われて、夏樹は仕方なく出かけ、明け方にトナカイに乗ってヘロヘロで帰ってきたのだった。

 本当に寝る暇もなかった。


 そのあと年末までびっしりディナーの予約が入っていて、その上変則ディナーまであったので、毎日ほとんど寝る暇もなく。

 大晦日は、以前から秋渡夫妻と約束していた初詣と日の出詣でに出かけたため、また徹夜。

 そして、元旦の朝。

 初詣から帰ってきた夏樹は、シュウと冬里の顔を見るなり、空気の抜けた風船のようにその場に倒れて眠り込んでしまったと言うわけだ。



「まったく、シュウがついててこのざまか?」

「申し訳ありません」

「あんまり責めないでやってよ。これくらい、大丈夫っす! って勢い込んでたの、当人だから」

 ハルに言われて、すまなさそうに頭を下げるシュウに、冬里が夏樹の口調をまねながら言う。

「まあ、夏樹はお子ちゃまだからな」

「睡眠不足に弱いことは、重々承知していたのですが。本人がどうしてもと頑張っていたので」

「ほーんと、シュウは夏樹に過保護だよねー」

「こーら、冬里」

 コツン、と、頭を叩こうとしたハルからすいっと逃げた冬里が、すれ違いざまにシュウに言う。

「あ、それからさ、僕、2、3日出かけてくるから」

「え?」

「ホントは、昨日から行きたかったのに、夏樹のせいでこれだもん」

「どこ行くんだ?」

「ヤオと約束してたんだよね。だから」

 どうやら冬里は、店の年始休暇を京都で過ごすことになっていたらしい。

「言ってくれれば良かったのに」

「で? 言えばあの状態の夏樹をほっぽっていくと思った?」

「それは……」

 言いよどむシュウに、冬里はポンポンとその肩を叩く。

「ふふ、きっとほっぽって行ったよ。けどそんな事したらさ、ヤオが怒濤のごとく怒るからね」

 ヤオヨロズのせいにしたのは照れ隠しなのか本音なのか、ニヤリと意味深な笑いを残して冬里は「さて、支度しようっと」と、自分の部屋へ戻っていくのだった。

 それを見送ったシュウが、少し苦笑いしてハルに向き直る。

「いらっしゃいませ、ハル。今回はどのくらい滞在されますか?」

「ああ、いや、このあと秋渡家へ行って椿と由利香の顔を見たら、冬里を追いかけるかな」

「京都へ行くのですか?」

 少し驚いたように言うシュウに、ハルはニヤリと笑い返す。

「ああ、冬里のお目付役だ」

「またそんな」

 今度は可笑しそうに言うシュウの背中を笑って押すハルと2人、夏樹の部屋をあとにしたのだった。


「ハルも来るの? それは楽しみー」

 と言い残して一足先に旅立った冬里のすぐあとで、

「じゃあまたな」

 と、ハルもあっさり店をあとにした、のだが。


「ええー?! ハル兄が来てたんすか?! なんで起こしてくれなかったんすかー、ひどいっす~。会いたかったっすよぉ。しかも冬里と京都お~、ずるいっす、ずるいっす」

 そのあとあまり時間を置かずに、まるで100年も眠ったかのようにスッキリハッキリした顔で起きてきた夏樹は、案の定ごねまくる。

 この反応は想定内だったので、シュウは苦笑しながら夏樹をなだめつつ、彼にとってはものすごく魅力的な提案を打ち出した。

「まあ落ち着いて、夏樹。身体を休めることが一番大事なことだから。それで、もし夏樹も行きたいなら、京都へ行ってくればいいよ」

「へ?」

 優しく微笑むシュウに、夏樹は最初キョトンとしていたが、言葉の意味を理解すると、ウオーッっと飛び上がった。

「いいんすか?!」

「ああ、休みの日に何をするのも夏樹の自由だよ、行っておいで」

「言われてみればそうっすよね。じゃあ、じゃあ、すぐ支度してきます!」

 形容通り、飛ぶように自室へ消えた夏樹を見送ると、シュウは冬里とハルに連絡を入れたのだった。




 案の定、由利香たち、もとい、ほとんど由利香に、今日は夕飯まで一緒に、と、引き留められていたハルだが、夏樹が寝起きの勢い? で頑張って由利香と対抗し、ハルの身柄を拘束(笑)した。

 そしてなんとかその日のうちに、2人は京都へ到着できたらしかった。


 シュウは、夏樹からのメールを見終わると、ソファにゆったりとくつろぐ。

 そう言えば、こちらに移ってから、こんな風にたったひとりこの家で過ごすのは、初めてだと気がついた。以前の店は最初、由利香とふたりで経営していたので、店が終わるとほぼひとりで過ごしていたのだが。

 改めて見回してみると、このリビングもけっこう広かったんだと感じたり。

 さて、何をしよう。

 久しぶりに静かに時を過ごせそうだ。


 と思いつつ、結局年末に出来なかった2階の掃除に時を費やす。年始の大掃除としゃれ込んだ。

 そのあとは、車の整備もしておこうと1階へ降りていく。エンジンの調子を見たあとは、車の内外を掃除して綺麗に拭き上げ、こちらも完了。

 心地よい疲れとともに、家に戻るべく裏玄関へと向かうと。

「よう」

 裏階段の下のあたりに、以前、奈帆が来ていると教えてくれたタマさんがチョコンと座っていた。

「タマさん。明けましておめでとうございます。その節はお世話になりました」

 シュウが丁寧に頭を下げた挨拶に、

「謹賀新年」

 タマさんはそう返すと、シュウの顔と玄関扉を交互に見る。その様子を見たシュウは納得したように頷くと、ドアを開けてタマさんを中へ招き入れた。

「少しお待ち下さい」

 そう言い残して店から足ふきタオル? を持ってくると、シュウはタマさんをヒョイと抱き上げて、丁寧に4つの足の裏を拭くのだった。

「今日はお前さんひとりなんだってな」

「なぜそれを?」

「冬里に聞いた」

「そうですか」

 2階リビングで四方山の話しをするシュウとタマさん。

 猫だと侮ることなかれ。ご近所の婆さんの腰痛の具合から、宇宙開発に至るまで、彼の教養は海よりも深く山よりも高い。

 つきぬ会話に時間を忘れていたが、時計が12時を指し示すと、タマさんはシンデレラのように「おっと、もう行かなきゃ」と言いだした。

 シュウも時計を見ながら珍しく慌て気味に言う。

「すっかり夕食を忘れていました、申し訳ありません、どうされますか?」

「いや、これから集会なんだ、そこでご馳走たんまりさ」

 あおーん、と伸びをすると、タマさんはひょいとソファから飛び降りる。

「俺はいいが、あんたは?」

「?」

「晩飯」

 すると、シュウが少し考えて返事しようしとした。

「私は……」

「霞を食って生きてるんだったな」

 先手を打ってニヤリと笑ったようなタマさんに、苦笑を返すしかないシュウだった。

「お気をつけて」

 綺麗な月に見送られながら、でもすぐにタマさんは夜の闇に紛れて見えなくなった。

 なかなかにして、ひとり静かに時は過ごせないようだ。



 翌日は、快晴。

 シュウは、そう言えばまだだったのを思い出して、行ってみることにした。

 それは、初詣。

 毎年、特別な事がない限りは皆で★神社へ行くことにしている。

 今年は由利香が思いついて、「大晦日の夜に出かけて日の出詣でまでするのよ!」と言うことになったのだが、前述の通り、その誘いには夏樹だけが乗っかったのだ。

 冬里は「やーだよ、寒いし眠いもん」で、却下。シュウも夜通し人混みの中で過ごすのはどうも、と、断った。

 由利香などは「鞍馬くんて、けっこう情けないのね!」とかのたまわっておられたが、気乗りしないのだから仕方がない。


 出かけてみると、チラホラと参拝客が来ていた。

 ★神社では、毎年「茅の輪くぐり」が正月にも行われている。

 正式なくぐり方はあるのだが、大晦日から元旦にかけては人が多いため、ただ輪の中をすいっとくぐるだけだ。

 しかし、3日である今日はかなり人も減るので、正式なくぐり方の図が茅の輪の横にかかげられていた。

 まず一礼して、最初は左に回る。次は一礼して右。そして最後にもう一度一礼して左に回る。

 それを終えてから、おもむろにもう一度茅の輪をくぐり、ご神前に進んでお参りする、というやり方だ。

 真剣にくぐっている人、楽しそうな人、あれ? などと言いつつ図を確かめる人……。etc.

 皆、なかなかに良い顔で回っている。シュウもご多分に漏れず、生真面目にきっちりと、3回まわるとお参りをすませた。


 そのあと、帰ろうとしたのだが。

 ふと、「おみくじ」と書かれた看板が目に入る。少し考えて、シュウはおみくじ売り場に並ぶのだった。

 頂いたみくじを見て、思わず「?」と眉をひそめる。

《最上級の吉》

 なんとそこには、そんな文字が並んでいて。

「どうだ! 驚いただろう。ハハハ」

「ヤオヨロズさん……」

 おみくじの紙の上に、あぐらをかいた小さなヤオヨロズが座って手を振っている。

「(なに、冬里がな、クラマが寂しがってそうだから、行ってやれって言うんだ。だから来てやったぞ)」

「(だからといって、なにもこんな所に)」

「(まあまあ。では、今年のメッセージだ。心して聞け!)」

「(はい)」

 ここまでは言うまでもなく、2人の心が会話している。

 シュウはそのあと、じっくりとおみくじを読むフリをして、ヤオヨロズの言葉に耳を傾けるのだった。

 ここでも、なかなかにして、静かに時は過ごせないようだ。



 神社から、のんびり散歩を楽しんで店へ帰ってみると。

「もう! どこ行ってたのよ!」

 思わぬお客様が、裏玄関で待っていた。

「由利香さん、椿くんも。どうされたのですか?」

 そこには、少々おかんむりの由利香と、隣ですまなさそうに笑う椿がいた。

「電話にも出ないし!」

「申し訳ありません。携帯は置いて出ました」

 その返事に、ムッキー! とまた頭から湯気を出す由利香に苦笑しながら、もしやと思って聞いてみる。

「もしかして、夕食をうちで?」

「そうよ! と言いたいところだけど、今日は違うのよ~」

「?」

 今までおかんむりだったのとは打って変わって、由利香はそこから楽しそうに言葉を続けた。

「日帰り温泉のお誘い、よ」


「すみません、何だか無理矢理って感じで」

 運転席から、椿が申し訳なさそうに言う。

 聞くと、以前に、野郎どもだけで大人も楽しめるアスレチックへ行ったとき、そこに温泉施設が併設されていた事があったが、あのあたりは良い温泉場で、もう少し山奥に入ったところに、少しひなびてはいるが、美味い料理を出す温泉旅館があるらしい。

「そこがね、冬里の知り合いの知り合いの知り合い? まあ、遠い知り合いがやってて、日帰りも出来るんですって。だから行ってくればって」

「それなら、おふたりで行かれた方が」

 と、シュウが言うと、由利香が意外な事を言った。

「だって、冬里がね。シュウが寂しくて泣いてると思うから、誘ってあげてねー。ですって。フフ」

 可笑しそうに言う由利香に、大きなため息をついたシュウが見えない相手に言う。

「まったく……」

「まあ、いいじゃない。2人より3人の方が楽しいわよ!」

「そうですね」

 納得したわけではないが、由利香も椿も、とても嬉しそうにしているので、ここは冬里の顔を立てることにしたのだった。

 その旅館は冬里が勧めるだけのことはあって、泉質も良く、料理も素朴だけれど、どれも心づくしのもので、由利香などは「さすが冬里!」とかなんとか言いながら、充実して満足した時間を過ごしたのだった。


「じゃあ、またね。こっちからも連絡しとくけど、帰ってきたら冬里によろしくー」

「楽しかったですね! 夏樹にもよろしく言っといてください」

「「それじゃ、おやすみなさい!」」

「おやすみなさい」

 店の前で由利香たちに手を振って、裏玄関へと向かう。温泉の効果か、まだ身体の芯がポカポカとしている。

 玄関の鍵を開けながら、シュウはまた沸き上がった思いに微笑んでいた。

 この休日、なかなかにして、静かに時は過ごせないようだ。




 翌日、冬里と夏樹の2人が帰ってきた。夏樹は京都を満喫したらしく、「あとで土産話いーっぱいありますんで、聞いて下さい!」と、本当に嬉しそうに言って大量の土産袋をダイニングテーブルに置くと、いったん部屋へと入る。

 冬里は部屋へ荷物を置くと、「シュウの珈琲が飲みたいなあ」とか言いだして、すぐにリビングへとやって来た。

 ここは、いつも通りの2階リビングだ。

 シュウは少し苦笑しながら「かしこまりました」と、冗談ぽく言ってキッチンへ行きかけたのだか、ふと思い出したように振り向いた。

「今回のことでわかったんだけど」

「ん? なにが?」

 冬里が問いかけると、シュウが静かに答える。

「冬里は、私に対して過保護だよね」

 すると、しばらくまじまじとシュウの顔を眺めていた冬里は、ふい、とうつむいた。見ると肩が揺れている。そして、次に顔を上げると、可笑しそうに笑い出した。

「あっははは、そうきたか。……あはは、そうか、そんなふうに取ったんだね、シュウは、ははは」

 珍しく冬里が大笑いする。なかなか笑い止まない声を聞きつけて、夏樹が部屋から何事かとやって来た。

「なんすか? なんか2人で面白い話してるんすかー、俺にも教えて下さいよー」

 すがる夏樹に冬里は容赦ない。

「夏樹は知らなくて、いーの。あは、可笑しい、やっぱシュウはシュウだね、ははは」

「ええー? なんなんすかー」

 と、今度はシュウにすがる目つきをしたが、

「冬里がそう言うんなら、知らない方がいいと思うよ」

 と、なんとシュウもそんな事を言う。


「ええーーーー!!!」

 2人に見放された夏樹の叫びは、夜空に舞い上がっていく。


 けれど、何と言うことでしょう、今まで煌々と輝いていた月までが。

「ないしょだよ」

 と言うように、雲の合間に姿を隠して行ったのだった。



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