5話
「ふわぁー、まだ少し眠いな」
往人は朝食のためにかけていたケータイのアラームを止め、伸びをしながらつぶやく。
昨日はあんなに封筒のことを気にしていたのに、一度寝てしまうと案外気にならなかった。
「まあ、ストレスには寝るのがいい、なんてことはよく聞く話だからな。そういえば、他の奴はちゃんと眠れたかな」
きっと各々昨日のことは気にしてるだろうし、そのせいで眠れなかったなんてことが無いといいんだが、と往人は思う。
確かに手紙の内容は考えようによっては恐ろしいものになりうるものではあったが、身に覚えのない内容だったし、考えても仕方のないことだった。
「それじゃあ朝飯を食いに行きましょうかね」
往人は部屋を出て朝食を食べに向かう。
朝食はそれぞれ好きな時間に行こうってことで、別々に行くことになっていた。
「もう結構人が来てんだな」
往人もそれなりに早起きしてきたつもりだったが、大学生のいう早起きは、実際はそんなに早くはないのだということだろう。
どの席に座ろうかと往人が周りを見回していると、隅の方の席に栞が座っているのが見えた。
「おはよう、一ノ瀬。相席してもいいか?」
「いいよ、座って」
「ん、センキュ」
往人は栞の向かいに座る。
「一ノ瀬は早いんだな。よく眠れたのか?」
「まあ、それなりにはね。往人の方こそ眠れたの? 昨日は一番考え込んでいたし、別れた後もあの封筒のことを考えていたんじゃないの?」
「そうだな。確かに少し考えたんだけど、結局わかんなくて寝ちゃったよ。そしたらなんか意外とどうでもいいかな、って思えてきた」
「そっか、それならよかった。昔から一度考え始めるとずっと考えちゃうようなタイプだったから、少し心配だったんだ」
「ん、そうか? 俺は一ノ瀬のことの方が心配だったけどな。一ノ瀬は、気にしてないようで意外と気にしてるからな。あと、他の奴らも心配だな。皆もちゃんと眠れてるといいけど」
「……そうだね。そういえば、ご飯食べないの? 先に取って来た方がいいと思うけど」
「あ、そうだな。じゃあちょっくら行ってくるわ」
栞は、朝食を取りに向かう往人を見つめる。
「やっぱり、何かが違う気がする……」
栞にとって往人は比較的話しやすい相手だったが、その往人に栞は何か他の人とは違う何かを感じていた。ただ、それが何かまでは栞は気づけないままでいた。
「これも気にしていても仕方ないことかもね……」
栞は再び朝食を食べ始める。さっきまでよりも少し冷めてしまった朝食を口に運びながら、ぼんやりと往人のことを考えていた。
しばらくすると、往人が皿の上にたくさんの料理をのせて帰ってくる。
「そんなに食べないほうかと思っていたけど、意外と食べるんだね」
「そうか? そんなに多くはないと思うんだが」
「私から見たらって話だから、気にしないで。早くしないと冷めちゃうでしょ」
「それもそうだな。それじゃ、いただきます」
栞は往人が食べるのを眺めていた。
その後しばらくすると、匠が眠たそうに歩いてくるのが見える。
「おはよう、往人に一ノ瀬さん。早いんだね。僕もさっき起きたところなんだけど、まだ眠たくって。ふわぁー」
匠は眠そうにしながら、朝食を取りに行く。
「それじゃあ、私は先に部屋に帰って支度をしてるね」
「おう、わかった」
栞は食器類を片付けて、部屋に帰っていく。
「あれ、一ノ瀬さんはもう部屋に帰っちゃった?」
匠が戻ってくる。
「ああ、準備があるからって帰っていったよ」
「そっか。僕も準備しなきゃ、だね。それじゃあ、いただきます」
匠も食べ始める。匠が盛りつけた朝食は、俺よりもさらに多かった。
「匠は朝からよく食べるんだな」
「え? ああ、そうかもね。僕は体も小さいからあんまり食べない方だって思ってる人もいるんだけど、こう見えても結構食べるんだよね」
「でも、昔は確かそんなに食べてなかったよな?」
「そうだったかもね。でも、なんだか最近すごくおなかが減って仕方ないんだよね。やっと成長期がきたのかな?」
「さあ? どうなんだろうな」
匠は小柄で、どちらかと言えばかわいい分類の男子である。ただ、本人はそのことを良くは思っていないらしく、僕は強い男になる、とよく言っている。ただ、話し方がかわいいせいでその言葉から説得力は感じられないが。
「ふぅ、ごちそーさん。それじゃあ、俺は先に部屋に戻るぞ」
「うん、わかった。それじゃあまたあとでね」
往人は自室に戻る。
「ふぅー、早いとこ準備しないとな」
部屋に戻ると往人はベッドにダイブして呟く。島に着くまでもうそんなに時間はない。
「さて、まずはこれだよな」
往人は荷物から細長い包みと、小さなかばんを取り出す。
「海っていったら、やっぱり釣りだろ」
そう言うと、往人は釣りの道具の準備を始める。
竿と持ってきた道具を確認して、リールに巻いてあるラインとリーダーを結ぶ。
往人にとっては久々の釣りである。普段は釣りに行く機会はほとんどないため、糸を結ぶのにもかなり苦労する。ようやくうまく結べたころには、往人の指はラインをまいた跡が赤く残っていた。
「よし、これでとりあえずはオッケーかな。やっぱり日頃からやってないとこういうのはうまくいかなんだよな」
次に他の荷物を片付ける。
片付けが終わると往人はベッドに寝転がった。そのままぼーっとしていると、往人はいつの間にか眠りに落ちていた。
目覚めると、部屋の窓から島が見える。いつの間にかかなり近くまで来ていたようだ。
船の到着を知らせる案内が流れ、往人は荷物を担いで部屋から出る。
部屋の前で他の皆と合流して船の外へ出ると、そこには日々暮らしている場所とは完全に異質な世界が広がっていた。完全にリゾートのためだけに開拓されたと思われる土地と、奥にはうっそうと茂る森。大きなホテルとその前には白い砂浜と青い海。ここが天国だと言われれば信じてしまいそうな光景である。
船から降りた人々は、数台のバスへ乗り込む。船着き場からホテルまではほとんど距離がないが、わざわざバスで運んでいってくれるらしい。
「ねぇ、見てよ。ホテルの真ん前にすっごくきれいなビーチがあるよ。これは着いたらすぐに行くしかないよね」
結衣が言う。
「うわぁ、本当だ。とってもきれいだ。僕も早くいきたいな」
匠も賛同する。早くも往人たちの最初の目的地はビーチに決定した。
「別にいいが、確か今日は花火大会か何かがあったと思ったんだが、そっちはいかなくてもいいのか?」
往人はもし花火を見に行くという予定が入らなければ夕方は釣りをしようと決めていたため、花火に行くか行かないかはそれほど重要なことではなかった。
「え? そんなのどっちも行くに決まってんじゃん? 海に行きたいからまず海に行くし、その後は花火を見に行くでしょ? それで万事オッケー、でしょ」
しかし、花火なんていうビッグイベントを逃すようなメンバーではなく、芽生の言葉にみんながうんうんとうなずく。
バスがホテルに着くと、往人たちは部屋に案内される。ホテルの部屋も先ほどまで乗っていたムーン・ツリー号に負けず劣らずすごかった。調度品の見た目の高級感という点ではムーン・ツリー号には少し遅れを取っている感じもしたが、その代わりに雰囲気の良さ、安心感という点ではこのホテルの方に軍配が上がっていた。
往人は、部屋に着くとすぐに海に行く準備をして部屋を出る。
どうしてもすぐに海に行きたいようで、往人の少し休憩を、という提案はすぐさま却下された。
集合場所のフロント前に往人が着くと、急いできたにも関わらずもう全員が揃っていた。
「それじゃあ、行こうか」
悠真を先頭に、正面玄関とは反対側のビーチ側へと向かう。
ドアを通って外に出ると、砂浜らしい海の香りの混ざった熱気と熱い日差しが往人たちを出迎えた。