3話
「この後九時、お時間のあるお客様はメインホールにお集まりください。繰り返します……」
「九時ってことは、三十分後か。何か面白そうなことがやるんだったら行く一択だと思うが、とりあえず他の奴に聞いてみるとするか」
往人はつぶやきながらケータイのチャットの画面を開く。
『さっきのアナウンスだけど、どうする? 行くか? 往人』
『面白そうだし、とりあえず行ってみたらいいんじゃないかな? 匠』
『私も行ってみたいかな? 結衣』
『俺もそれでいいと思う 悠真』
『みんなが行くってゆーなら行こうかな 芽生』
『それじゃあ、私も行く 栞』
『じゃあ、十分前くらいに部屋を出るって感じでいいよな? 往人』
『そーだな 悠真』
「こんな時間に何があるんだろうか? 参加は任意みたいだが……。まあ、行ってみたらわかることか」
往人はとりあえず船内マップとメモ帳とペンケースをカバンに入れる。
「必要ないとは思うが、なくて困るよりはマシだろうからな」
そのまま時間までは部屋でくつろいで過ごす。
時間になって往人が部屋から出ると、周りの部屋の人たちもメインホールへ移動しているようだった。
「それじゃあ、みんなそろったことだし、行こうか」
往人たちもメインホールへと向かう。
「いった何があるんだろうな? 往人はなんか知ってるか?」
悠真が往人に聞く。
「さあ、俺もわかんないな。悠真たちも結構船内を歩いてたみたいだけど、なんかそれっぽいことはなかったか?」
「いや、俺たちもそういったのは見なかったな」
「でも、温泉あったでしょ? 後で行こうかなって思うんだけど、みんなも来る?」
芽生はイベントよりも温泉の方に興味があるようだった。
「俺と一ノ瀬も後でみんなを誘っていってみようかって話をしてたところだから、後でみんなで行ってみようか」
「それじゃあ決まりねー。だったら、さっさと何やってんのか見に行こうか」
「そうだな」
メインホールについてみると、中は何やらざわざわとあわただしい雰囲気だった。
「何やってんだろ?」
「わかんない」
往人たちが戸惑っていると、芽生が近くにいた男の人に声をかける。
「すいません、私たち今所なんですけど今って何やってるのかってわかりますか?」
「そうだね、僕たちも今来たところなんだけど、とりあえず今のところは何も言われてないみたいだよ。何があるんだろうね」
「ですよね、楽しみだけど少し不安って感じですよね」
「うんうん、そうだよね」
「ですね。それじゃあ、ありがとうございます」
礼を言って芽生は往人たちの方に戻ってくる。
「まだわかんないってさ。まあ、待つしかないっぽいね」
「そうか、助かったよ」
往人は驚く。いつもは自分勝手にふるまっている芽生だが、そのコミュ力は本物らしい。
「皆さん、お待たせしました。これから行うのは……宝探しゲームです」
周りのざわめきがより大きくなる。
「は? 宝探しゲーム?」
「宝探しゲームって、あの宝探しゲームだよね」
往人たちも急に始まるこのゲームに戸惑いを隠せない。
「それでは、ルールを説明します。制限時間は二時間で、内容は謎解きのヒントの入った封筒を船内の様々な場所から集めてくる、といういたって簡単なものです。封筒は、部屋の中など見つかりにくいところには隠しておりませんのでご安心ください。そして、その封筒をすべて集めたグループにはその謎解きの回答権が与えられます。しかし、もちろん一つのグループがすべての封筒を集める、なんてことはできません。そこで、相手の封筒を奪うために戦う権利が皆さんには与えられます。勝負内容は両者が納得すれば何でも構いません。スタッフが審判として公正にその勝負の審判をいたします。ただし、封筒をもってないグループにはこの権利はありません。また、一度勝負に負けてしまったグループもこの権利を失います。また、人数差による不公平をなくすため、メンバーは一緒に行動してください。不正がバレれば失格となりますので、注意してください。ただし、もちろんゲームに参加しない、という人についてまではこちらは干渉いたしません」
バレなければ失格じゃないんだよな、と近くで誰かが言っているのが聞こえる。大人でもそういうことを考えるのか、と往人は思う。
「ルール説明は以上です。次に、景品についての説明です。謎解きの回答権を得たグループがいれば、その段階で現金十万円を。そして、見事時間内に謎を解くことができた場合は、現金百万円が景品として授与されます」
どよめきが起こる。それはそうだ。何のリスクもないゲームで百万円がもらえるとしたら、それは異常と呼ばずしてなんと呼ぶのだろうか。
「それでは、皆さんの幸運を願っております。ゲーム、開始です」
開始の合図とともに周りの人たちは移動を始める。
往人たちは少し出足が遅れる。この異常なゲームに思考がついていかなかった。
「えっと、とりあえず封筒が一枚あればゲームには参加できるわけだから、遠くても確実に一枚手に入れるのがいいと思うんだが、どうか?」
往人が提案する。
皆もその意見に賛成のようで、首を縦に振る。
「それじゃあ、ここから一番遠い甲板を起点にして封筒を探すことにしよう」
往人たちはまず甲板に向かう。
「この中に封筒が入ってるんじゃない?」
栞が声を上げる。
みんなで栞のいるところに向かうと、そこには小型の台と、その上にはアタッシュケースが置かれてい た。
「とりあえず開けてみようよ」
匠が言う。
悠真がアタッシュケースに手をかけ、留め具を開ける。
しかし、中には何も入っていなかった。
「同じことを考えていたグループがいたようだな」
「そうだね」
往人たちの作戦は振出しに戻ってしまう。
「戦う前から負けが決まっちゃうのはさすがに悔しいよね」
匠は悔しさをあらわにする。
「まだ負けたわけじゃないから、もう少し頑張ってみよう」
結衣がみんなを鼓舞する。
その後、様々な場所を探し回ったが、結局封筒は一枚も見つからなかった。
いくら探しても空のアタッシュケースばかりだった。
「さすがにもう残ってはいなさそうだな……」
「そうだね。もうほとんど探しつくされてそうだね」
往人たちは勝負をあきらめて、このゲームの進行がどうなっているのか見に行くことにした。
「あたしは結果にはあんまり興味ないから、先に部屋に帰って温泉に行く準備でもしてるね」
芽生は先に部屋に帰るようだ。
「部屋まで送っていこうか?」
「そんじゃあ、お願いしようかな」
往人は、芽生を部屋まで送っていくことにする。
「それじゃあ、先にメインホールに行っといてくれないか?」
「うん、わかったよ」
結衣たちはメインホールの方向へ向かっていく。
「なんか、悪いね。あたしのわがままにつき合わせちゃって」
芽生は往人に謝る。
「別に大したことじゃないし、いいよ。それに芽生だって温泉行きたかったのに俺たちに付き合ってくれたわけだろ?」
「そう、それならよかった」
そして、往人は芽生を部屋に送り届けてメインホールに向かう。
その時、芽生が部屋から出て往人のもとに駆け寄ってきた。どうやら、手に何か持っているようだった。
「ねえ、これってさっきの封筒に似てない」
そういって芽生が差し出してきたものを見ると、確かに今回のゲームの説明のときに見せられた封筒によく似ていた。
「でも、部屋の中はないって言ってたよね? しかもこれがあったってことは誰かがあたしの部屋に入ったってことだし。ちょっと気持ち悪いかも」
「確かにそうだな。もしよければ、どのような状態で置いてあったのか教えてくれないか?」
「だったらあたしの部屋に来る? 立ったまま考えるのもあれだし」
「そうだな……じゃあ、そうしようか」
女子の部屋に入る、ということに一瞬抵抗を覚えたが、今はそんなことを考えている場合ではないと思いなおし、往人は芽生の部屋に入る。
「場所は、この机の上に普通に置いてあったよ」
「このままか?」
「そうだね」
「それじゃあ、同じなのは封筒だけってことか」
「まあ、そうだけど、ゲーム関係じゃなかったら何なのって話じゃない?」
芽生の言うとおりである。
この件に関して往人が考える回答は三通り。一つ目は芽生の自作自演である可能性、二つ目は第三者が意図的にこれを行った可能性、三つめは意図的ではない行動によってこうなった可能性、である。
自作自演を行うには時間やそもそもの封筒など足りないものが多すぎるため、第三者によるものだと往人は断定する。
「やっぱり、中身を確認してみるしかないよな」
「まあ、そうだよね」
幸いにも、ゲーム中に封筒の中身を確認してはいけないというルールはなく、もしゲームと関係があるものだったとしても誰かにとがめられることはない。
「じゃあ、封筒渡すから、往人が開けて」
そういって芽生は封筒を往人に渡す。
「わかった」
芽生から手渡された封筒を往人は丁寧に開けていく。
どうやら中には紙が一枚入っているようだった。
「どう? 何か入ってた?」
「えっと……」
恐る恐るその紙に書かれた内容を見るとその紙にはこう書かれていた。
“お前たちは忘れている”と。