2話
「ようこそ、いらっしゃいました」
船内に入るとたくさんのスタッフに出迎えられる。その数に驚きながら周りを見渡すと、天井には大きなシャンデリア、そして壁から床に至るまできれいに装飾がなされている。
「これはさすがに場違いだよね……」
結衣の言葉にみんなが無言の同意をする。
「それではお部屋の方にご案内いたします」
スタッフの一人が往人たちを部屋まで案内する。
「うわー、めっちゃいい部屋じゃん」
部屋まで案内された往人たちはその部屋の構造に驚く。
全員一人ずつで部屋に泊まることになっていたが、それぞれの部屋が三、四人は泊まれそうな広さだった。
「それでは到着まで、ごゆっくりなさってくださいね」
「ありがとうございます」
六人分の部屋の説明が終わり、案内してくれたスタッフは次の仕事へ向かっていく。
一方自分の部屋に戻った往人は、ケータイを取り出してSNSを開く。先に部屋の説明を終えた五人がグループで会話をしていたようだ。
『めっちゃ広い部屋でびっくりだね! ところで、これからみんなはどこか行くかな? 結衣』
『俺は何があるかとりあえず見て回りたいかな 悠真』
『僕も悠真の意見に賛成! 匠』
『んじゃ、あたしもいくわー。ちょっと待ってて 芽生』
『栞と往人くんはどーする? 一緒に行く? 結衣』
『私は少し部屋で休むから、先に行ってていいよ 栞』
どうやら、往人の返信待ちのようだ。
「えーっと、それじゃあとりあえず俺も少し休むから行ってきていいぞ、っと」
返信を終えると、とりあえずこの広い部屋の探索をしないことには始まらないだろうということで、往人は自分の部屋をあさり始める。
「それにしても、すごそうなもんがたくさんあるなぁ。まあ、庶民すぎてすごいかどうかの判断すらできないのが悲しいんだが」
現在絶賛貧乏大学生中の往人には、ふかふかのソファーや変わった形の椅子の値段は知る由もなかった。それでも、真珠をもらった豚は意外とうれしかったのかもしれない、という想像だけはできた。まぁ、豚はたぶん真珠をもらっても嬉しくないんだろうけど。
その後も部屋の様々な場所を探索する。
「いや、まさか風呂の栓のチェーンがハートマークになってるなんてな。気づかないかもしんないのに、さすがすぎるな」
派手なだけではなく、細かなところにまで気を遣う姿勢に往人はプロのすごさを感じていた。
そして部屋の中を大体見終わり、往人も少し船内を見て回ろうと部屋を出ると、ちょうど栞も部屋を出ようとしていた。
「あれ? 一ノ瀬じゃん。これから探検に行こうって感じなら一緒にどうだ?」
「……じゃあ、そうしようかな」
「おっけー、それじゃあ行こうか」
往人と栞はは船内の探索を始める。
「とりあえず部屋にあった船内マップを持ってきたんだけど、一ノ瀬はどこか行きたいところはあるのか? ないんだったらとりあえず一番広そうなメインホールにでも行こうかなって思うんだけど」
「いいんじゃないかな」
「じゃあ、そうしようか」
メインホールに向かって往人と栞は二人で歩く。
ホールにつくと、何やら大勢の人が忙しそうにしていた。
どうやら、夕食のための準備をしているらしかった。
「今はあんまり見て回れる雰囲気じゃなさそうだな」
「そうだね……どうしようか」
「一ノ瀬はどっか見てみたいところはないのか?」
「それじゃあ、少し外に出たいんだけど。どうかな」
「外、というと甲板か? おっけー、それじゃあ甲板に行ってみるとするか」
そう言うと、往人は甲板までの道を調べる。
「それほど難しい構造ってわけじゃないけど、これほど大きい船になると道順を調べるだけでも大変だな」
「そうだね、さすがにこんなに大きな船だとは思ってなかった」
「だよな。こんな船今後一生乗らない気がするよ」
二人とも自分の置かれたいつもとは全く違う状況に困惑しっぱなしだった。
「それにしても、どうしてこんなに豪華な船を使おうと思ったんだろうな。メインはホテルの方だっていうのに、移動手段だけでもメインを張れるよな」
「そうだよね、何か意図があるのかもしれないけど、それにしては予算がかかりすぎているような気がするよね」
そして、甲板に着くまで二人は主催者の意図を考えてみたが、結局すべてな案がありえないという結論に達してしまった。
「ふぅ、やっと甲板に着いたな」
「さすがに結構遠かったね」
そして二人で甲板の手すりにもたれかかって船の外を見ると、外はどこまでも広い水平線が広がっていた。
「あ、あそこに船が見えるよ」
栞が指さすほうを見ると、船が一隻往人たちの乗った船の近くを航行していた。
「この船に比べたらすごくちっさいよな。でも、いつも俺たちが乗る船って言ったらあれくらいの大きさなんだよな」
「やっぱりこんな状況って普通はありえないよねぇ」
「だなぁ」
船の中を歩き回って疲れた二人は、ぼーっと海を眺める。
「俺さぁ、海が好きなんだよね」
往人がつぶやく。
「どうしたの? 急に」
「いや、特に深い意味はないんだけど、なんとなく海が好きだなぁ、と思ってさ」
「そうだねー、私も海、好きだよ」
また二人はぼーっと海を眺め、無言の時間を過ごした。
「そういえばさ、旅行、楽しめてる? あんまり話してなかったみたいだし、もしかしたら誘ったの迷惑だったか?」
往人は栞に問いかける。すると、栞は左右に頭を振ってこたえる。
「迷惑なんてことはないよ。あんまり話さないのはもともとだし。まあ、私と、結衣と芽生は雰囲気が全然違うでしょ? だから気を使わないと言えば嘘にはなるけど、それでも私はみんなのことが好きだし。男子も含めて。もちろん友人として、だけど」
「そっか。それならよかったよ。もしかしたら一ノ瀬に悪いことをしたかと思ってさ」
結衣とは栞の言葉を聞いて安心する。
「それに、藤崎君は結構話しやすいしね。やっぱり同じ理系大だからかな」
「んー、どうかな。でも、確かにそういうのはあるのかもな。俺も他の奴とつるんでるのも楽しいけど、一ノ瀬といるのが一番落ち着くかもな」
「そう、それはよかった。それじゃあ、そろそろ次の場所に行ってみない? 少し寒くなってきた気もするし」
「了解、それじゃあ次はどこに行こうか。って言ってももうあんまり時間なさそうだから、回るのはもう一か所くらいかな」
「それじゃあ……大浴場って書いてあるところに行ってみたいかな。近くには休憩できるところがあるみたいだし」
栞はマップを見ながら言う。
「それじゃあ、そうしようか」
往人と栞は甲板を後にし、大浴場へと向かった。
大浴場の前には、準備中の看板が置かれており、今はまだ入ることはできないが、壁には男湯と女湯のそれぞれの設備の詳細が書かれたものが掛かっていた。
「いろいろな温泉があるんだね」
栞が言う。泉質こそすごいものではないが、大きい浴槽に加えて、ジャグジーや打たせ湯、寝湯やサウナなどもあり、温泉好きでも満足できそうな内容になっていた。
「そうだな、ほかの奴も誘って後で行ってみるか」
「うん、そうしようか」
そして二人は浴場の隣にあるレストルームで少し休むことにした。
「ほら、飲むか?」
往人は、見つけた自販機でコーヒー牛乳を日本買って、一本を栞に差し出す。
「いいの? あ、でも今財布持ってないや」
栞は慌てて答える。
「別にいいって、こんくらい。それよりも、結構歩いたから疲れたんじゃないか? 明日からが本番なんだから、疲れたまんまじゃ大変だろ」
「そうだね。でもこのくらいなら平気だよ、ありがと。あとこれもありがと」
そう言って栞はコーヒー牛乳のふたを開ける。
「温泉でこういうの飲むの久しぶりかも」
「確かに、小さい頃はよく飲んだけど、最近はあんまり飲まなくなったかもな」
往人も小さい頃は温泉に行くたびに瓶の牛乳やコーヒー牛乳を飲んでいたが、最近ではその機会も減っている気がした。
「まあ、そもそも温泉に行く機会もあんまりないしな」
「それもそうだね」
「それじゃあ、部屋に戻るか」
「うん」
そして二人は探索を終え、部屋に帰った。
部屋に帰ると、ほどなくして食事に行こう、と誘いのチャットが来た。
「往人と一ノ瀬さんは結局来なかったけど、何してたの?」
みんなが揃うと、匠が往人と栞に問いかける。
「俺と一ノ瀬も少し船内を散歩してたんだ」
往人が答える。
「二人でってこと? それってデートじゃん」
結衣が冗談めかして言う。
「いや、別にそんなんじゃあないと思うが」
「そんなんじゃなくてもデートっていうんだよ」
「そうか? それならまあそれでもいいんだけど」
「もうそろったみたいだけど、行かないの?」
いたたまれなくなったのか、栞が言う。
「そうだな、それじゃあ行こうか」
「やった! どんなものが食べられるんだろうね」
匠がうきうきしながら言う。他の皆もそれぞれ期待に胸を高まらせていた。
夕食はバイキング形式で、おいしそうな料理がずらりと並べられていた。
料理は実際に味もとてもおいしく、量も好きなだけ食べられて皆満足だったが、周りの大人たちが正装で、場違い感がかなりあったということだけが辛いところだった。
ただ、匠がテンション高くはしゃいでいても特に気にされる様子もなく、自分たちに作法などを押し付けてくることは一切なかったのは不幸中の幸いだったし、大人たちの方から気さくに話しかけてくれたりもして、そういった意味でも充実した時間だった。
往人たちは満足して部屋へと帰った。
そして各々くつろいでいると、急に館内放送が鳴り始めた。