プロローグ
「ねーねー、森の中を探検してみない?」
「でも、お母さんたちはあんまり遠くに言ったらだめだって言ってたよ」
「ちょっとだけならだいじょーぶだって」
「でも、森の中ちょっと暗くない?」
「なんだよ、お前怖いのかよ」
「そんなことないよぉ、でも何が出てくるかわかんないし」
「やっぱり怖いんじゃないかよ」
「むぅ、そんなこと……ないもん」
「じゃあ、行ってみようぜ」
「おう、行こう」
「……わかった」
「どうしよう、やっぱりお母さんたちに相談したほうがいいのかな?」
「やめろよ、そんなことしたら止められるに決まってんだろ」
「止められるようなことならやっぱりしないほうがいいと思うんだけど」
「なんだよ、優等生ぶってよぉ」
「そんなことないし。わかった、さっさと行って帰って来よう」
「よっしゃー! レッツゴー!」
「ここから入るってことでいいの?」
「まあ、どこでもいいんじゃね?」
「うわぁ、やっぱり暗いね」
「なんだか気味が悪いよ」
「怖がってないでさっさと行くぞ。これでお宝でも見つけたら、ウハウハだぜ」
「そんなことあるわけないじゃん」
「うるせーなぁ、そんなん分かんないじゃん」
「はいはい、あんたら男子はいつもそんな子供みたいなこと言ってんだから」
「お前だって子供のくせに」
「だったらあたしから見ても子供のあんたは超子供だね」
「なんだとー! この野郎、調子に乗りあがって」
「調子に乗ってるのはあんたの方でしょうが」
「ねえねえ、これを見て。なんか道みたいに見えない?」
「こういうのって、けものみちっていうんだよね?」
「んー、でも、それにしてはなんだか道が広いような気がしない?」
「けものみちなんて見たことないし、そんなのわかんねーよ」
「それに、違うとしたらなんだよって話だし」
「やっぱり、お宝があるんじゃねぇか?」
「そんなわけないじゃん、ばかなの?」
「ったく、夢がないやつだなぁ」
「ねえねえ、だいぶん奥まで来ちゃったけど、ちゃんと帰れるの?」
「だいじょーぶだろ、たぶん」
「そろそろ戻ったほうがよくない?」
「なんだよ、ここからがいいとこなんじゃないか」
「そんなこと言って、何にもないに決まってるのに」
「いや、そうでもなさそうだぜ、見てみろよ、あそこになんか建物がないか?」
「ほんとだ、しかもかなり大きそうだ」
「行ってみようぜ」
「あれはほんとにやばいって、もうここまでにしとこうよ」
「ここまで来て帰るとか、ありえねぇだろ。ほら、行くぞ」
「よっしゃ、ラストバトルだ」
「何と戦うのよ……」
「そりゃあ、ラスボスに決まってんじゃん」
「ボスって、ゲームじゃないんだからね」
「いやいや、この建物の感じ、絶対何かあるね」
「じゃあ、中に入るよ」
みんなで大きな建物の扉を開ける。古い建物のわりに扉はすんなりと開く。
「ヨ…………イ………………シタ」
「え? なに?」
何か言っているようだが、よく聞き取れない。何かを説明しているようだが。
「テキ……ノ……モ…………」
だんだんと視界に靄がかかってくる。
声にもノイズが入ってしまって何も聞こえない。
ただ、誰かが泣いているような、そんな気がした。
「うわっ!」
気がつくと藤崎往人はベッドの上にいた。
「なんか悪い夢でも見てたみたいだ」
夢の内容を思い出そうとするが、何も思い出せない。
「まあ、夢なんてそんなもんだよな。そうそう覚えてることなんてないよなぁ。そんなことより、今の時間は……」
枕もとの時計を見ると、現在の時刻は8時30分。
駅に集合すると約束した時刻まではもう残り30分となっている。
「おいおい、さすがに今日遅刻するのだけは勘弁してくれよ。遅れたらマジで今年の夏休みを全部失うようなもんだからな」
往人は現在の時間を確認すると、叫びながらベッドから跳ね起きて身支度を済ませる。
こんなこともあろうかと準備はすべて昨日の内に済ませてあるから問題はないが、精神衛生的にはあまりよろしくない。
「かあさーん、なんで起こしてくれなかったんだよー」
一階で家事をしているであろう母に恨み節を投げつける。
「何回も呼んだのに起きてこなかったのはあんたじゃない。それに、目覚ましがすごい音でなってたから、さすがに起きたと思ったし」
往人は普段、寝起きの悪いほうではないが、何か特別なことがある日に限って寝坊することがよくあるかわいそうな体質だった。
最初はなんとか直せないものかと頑張ってみたが、今ではすっかりあきらめてしまっていた。
「おはよう」
「あぁ」
いつものように家族からのあいさつに曖昧な返事を返す。
家族仲は悪いほうではないが、かといってすごく仲がいいというわけでもない、いわゆる普通な家族だ。
「今日からみんなで旅行に行くんでしょ? 離島に五日間も。うらやましいわぁ」
「まあ、今日はずっと船の上だけどね」
往人は今日から五日間、友人五人と一緒に旅行に行くことになっている。
往人の父が知り合いからホテルのプレオープンのチケットをもらったのだが、忙しくて行けないということで往人たちに回ってきた、というわけである。
何故六人分もあったのかはわからないが、もらえるならもらっておこうということで、この旅行が決まった。
「もうあんまり時間はないようだけど、忘れ物しないようにしっかり準備していくのよ」
「それなら問題ないよ。それに、もう大学生なんだからそれくらいは自分でできるよ」
「そう? ならいいんだけど」
往人は両親の過保護っぷりに辟易する。
他の家族の様子を往人は知らないが、もうそろそろ過度に干渉するのはやめてほしい、と感じることも少なくはない。
時計を気にしながら急いで身支度を済ませる。
往人の家は駅に近いため、そんなに焦る必要はないが、このビッグイベントにそわそわしてしまう気持ちは止められない。
「それじゃあ、行ってきます」
準備が済むと同時に往人は急いで家を出る。
「随分あわただしいのね、行ってらっしゃい。楽しんできなさいね」
「うん、ありがとう」
そういって家を飛び出す。それと同時に夏の熱が体にまとわりつく。
「クソ暑いじゃねぇか。まあ、夏だから当たり前なんだけども」
夏は往人にとって嫌いな季節ではないが、汗をかくのはその範疇ではない。陽ざしの下にいると起こる、背中がだんだんと濡れていく感覚は、往人の中の嫌いな感覚ランキングでもかなり上位に入ってくる。
「まあ、今日はそんなことはどうでもいいんだけどな」
いつもなら鬱陶しい感覚も、気分のいいときはいとおしく感じられるから人間とは不思議なものだ。などとくだらないことを考えながら歩いていると、すぐに駅が見える。
どうやら悠真と匠はもう着いているようだった。この二人、内谷悠真と塚狭匠は往人の小さいころからの友人である。
「ごめーん、待ったー?」
とりあえず定番の台詞で合流する。
「いんや、今来たところだ。って、なんで俺がこんな会話をお前としなきゃなんねーんだよ。だいたい、待ったも何もまだ集合時間の10分前だし。もしかしてお前も、うきうきして夜眠れなかったのか?」
匠はニヤリとした笑みを浮かべながら問いかける。
「いや、快眠だったけど。ていうか快眠過ぎて寝坊したし」
「だってさ、匠。残念だったな、仲間がいなくて」
往人の言葉を聞くと、悠真は隣の匠をからかい始める。どうやら匠は昨日、よく眠れなかったらしい。
「おいおい、あんまりからかってやるなよ。かわいそうじゃんか」
「ん、そうか?まぁ、いいじゃねぇか。減るもんじゃねぇんだしよ」
「いやいや、僕のメンタルはすっごくすり減ってるんだけど」
「豆腐メンタルかよ。ウケるわぁ」
「豆腐メンタルじゃないよぉ、ひどいなぁ」
と、くだらない話をしていると、残りのメンバーも到着したようだった。
「おはよー! 待ったかな?」
「そーゆー台詞は、時間に間に合ってる人の台詞じゃないっしょ? まぁ、別にどーでもいいんだけど」
「…………おはよう」
三人到着して計六人。今回の旅のメンバーである。後から来た三人、鹿本結衣、羽山芽生、一ノ瀬栞も往人にとっては小さいころからの友人で、最近では皆忙しくてなかなか会うことができていないが、小さい頃はこの六人でよくいろんなところに遊びに行っていた。
「いやー、なんかみんなで集まるのは久しぶりな感じだね。芽生とか栞とは一緒に出かけたりもするけど、男子とはあんまり会えないし」
「そうそう、誘ってもいっつも忙しいとか言って断ってくるし」
「仕方ねぇだろ? 俺と匠は仕事があるし、往人は大学でこっちにはあんまり戻ってこないんだから。それに、結衣たちだって学校があるんじゃねぇの?」
「まぁね。でも、あたしの大学はそんなにまじめな感じじゃないし、意外と暇だよ?」
往人以外はみんな進学や就職で遠くへは行っておらず、地元に残っている。
「それに、栞はめっちゃ頭いいから、大学でもよゆーって感じだもんね」
さっきから聞き役に徹している一ノ瀬栞は、小さいころからかなり賢かった。その気になれば有名な大学にも進学できただろうが、地元に残ることを選んだようだ。本人曰くやりたいことがあるらしい。
「そんなことないよ。授業は結構難しいし」
「そうそう。理系は文系と違って日々忙しく勉強に励んでるんだよ」
往人も進学のために地元を出て一人暮らしを始めたが、思ったよりずっと大学は大変で、勉強がもともとあまり得意ではない往人はついていくのもやっと、という有様である。誰だよ、キャンパスライフは楽しいことばっかりだ、なんて幻想を俺に植え付けたのは。説教してやりたい、と日々感じている。
「そういえば、時間は大丈夫なの? 電車乗り遅れたらどうしようもないでしょ?」
結衣のひとことで往人は我に返る。
「時間はまだ余裕だけど、早めに移動しておこうか」
「オッケー、それじゃあ男子、荷物よろしくー」
そういって芽生は荷物を持たずに歩いていく。
続いて結衣も片手でごめんねポーズを作って芽生についていく。
栞は自分の荷物は自分で持つと言っていたが、結局観念して大きいほうの荷物だけは渡してくれた。
「それじゃあ、ひと夏の思い出づくりに行くとしますか」
「おうさっ!」
威勢のいい掛け声で、俺たちの夏休み一番のビッグイベントは始まった。