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銃器と魔研者  作者: シゲル
8/9

第八章

1章から9章までの、長編分割投稿です!

文字数は、ライトノベルの文庫本、約一冊分。


今作の更新日については、毎日一章ずつとなっております。

『2月14日(火)~2月22日(水)』


章ごとに、文字数のバラツキがあります。

また、全体で未熟な部分がございますが、その点を合わせ、ご了承を願います。



 床に伏せた、二つの遺体。

 片方は首と股から赤い鮮血を流し、もう一方も首から血を流していたが、片目が潰れていた。

 そして、その傍らでナイフを手に立った男は、後ろに立つ少女に謝罪を口にした。

「このようなものをお見せしてしまい、誠に申し訳ございません。ですが、この非常事態ゆえ、ご理解のほど、どうぞよろしくお願いいたします」

 彼、ブラッド・スピリッツは深々と頭を下げ、クラルス・ブリュックに謝罪する。

「いえ、死体は見慣れていますので……」

 それに対して、彼女は平静を装うように苦笑。

 医療に関する魔法研究をしている都合上、クラルスは生々しい怪我や死体などをたびたび目にしていた。

 だが、生きている人間の怪我や、研究のため清潔にされた死体とは違い、凄惨な殺し方を目にした衝撃は、彼女の心に傷を付ける。

 クラルスは極力それを目にしないよう、ブラッドに顔を向けて話し掛けた。

「この二人って、確か昨日騒ぎを起こした傭兵の仲間でしたよね」

「そうですね私が覚えてる範囲では、二人は今回の一件に絡んでいる一味です。本当は捕まえるべきでしたが……申し訳ございません」

「い、いえ、そんなに気負わないでください。二人も、わたしたちを殺すため襲い掛かってきたわけですし……」

 リカルドの子分である二人の傭兵は、防衛ラインにいる警備員を突破。

 その騒ぎを聞きつけた、ブラッドが廊下に出たところ、移動中の彼らと鉢合わせ戦闘となり、この惨状が完成したのだ。

 それを間近で目にしたクラルスは、不安げに肘に手を回し、俯き加減に呟く。

「ダン……無事かな……」

「お連れ様が心配ですか?」

 ブラッドは血濡れたナイフをハンカチでふき取り、後続が来ていないか廊下に警戒を配りながら質問。

 それにクラルスは、視線を上げることなく頷いた。

「はい……」

 暗い面持ち。

 何せ、今襲撃してきた傭兵たちのほかにも、後方車両で爆音が響いた。食堂車両で待っているユリアの安否もあり、クラルスの中の不安は増える一方だ。

 それでも、彼女には彼女の重症者の処置という仕事があり、一応の危機は回避したが、油断はできない。

 また、怪我人がさらに増えれば、クラルスの腕が必要となるため、部屋から離れることができないのも、彼女を困らせる要因の一つだった。

 だが、クラルスは自身の役目をしっかりと受け止め、ギュッと、腕を掴む手に力をこめた。

「だけど、彼は戻って来るって約束してくれました。だからわたしは、わたしができることをこなして、ここで待っていないといけません」

「お連れの方は、だいぶ信頼の置ける方なんですね。でも、どうしてそこまで?」

 二人の仲をそれほど知らないブラッドは、あまり深く聞くべきではないと思いながらも、尋ねる。

 彼女が信頼する、ダンという人物に興味を抱いたから。

 クラルスはそれに、少しだけ口角を持ち上げ笑う。

「彼は……昔、わたしや大切な親友を守ってくれたんです。あのときも、彼はボロボロになって、死んじゃう……なんて不安になりました。でも……」

 クラルスは顔を上げ、滝のように濡れた、黒い空を見つめる。

「ちゃんと生きて、わたしに笑顔を見せてくれました。だから今回も、彼はわたしのもとにひょっこりと戻ってきて、元気な顔を見せてくれるって信じているんです!」

 彼女の真っ直ぐとしながらも、どこか柔らかな表情に、ブラッドは作ったような営業スマイルを崩して、同意した。

「そんなタフな方なら、きっとあなたのもとに帰ってきますよ。それに、彼は紋章持ちの傭兵です。そう簡単に負けるわけがありません」

「はい!」

 ブラッドは落ち込んでいた彼女を元気づけるように声をかけ、それに励まされたクラルスはしぼんでいた声に張りを持たせる。

「それでは、彼が来るまでブリュック様のことは私がお守りいたします。部屋の中に戻りましょう」

「わかりました」

 そう言って、部屋に戻ろうとしたとき、前方に向かう貫通扉が開いた。

 ブラッドはそれにいち早く反応し、エプロンの裏に仕込んでいたリボルバーを抜くと同時に、現れた人物を確認――ためらわず、そのトリガーを引いた。

 貫通扉のノブを掴んでいた傭兵、ジャックは咄嗟にドアを閉じて弾丸を回避。

 初弾を外したブラッドは舌打ちをこぼし、次に姿を現した瞬間を狙って構えるも、ジャックは扉から手だけを出し、牽制目的の銃撃を行ったため、悔しくも部屋に退避するほかなかった。

「い、今のは!?」

 突然始まった銃撃戦に、先に部屋に戻っていたクラルスは動揺のあまり目を見開きブラッドに問い掛ける。

 すると、彼は頭だけ出して敵の出方を見ながら、クラルスに答えた。

「どうやら追加の注文のようです。頼んでもいないのに、ありがた迷惑ですね」

 ブラッドは冗談を口にしながら、ジャックが扉から移動できないよう銃を撃って足止めする。

「わ、わたしに、何かお手伝いできることはありますか?」

 すぐ間近で巻き起こった戦闘に、クラルスは協力できることはないかと訊くと、ブラッドは視線を遣ることなく、

「部屋でじっとしていてください。すぐに終わらせますから」

 そして再び、二発続けて銃声を響かせた。

 ……一方、身動きが取れなくなったジャックは悔しげに奥歯を噛み、リボルバーのシリンダーを横に開いて、先端が尖った徹甲弾を指で一つ一つ込める。

「厄介な奴だ……昨日、オレたちに水を差したあの給仕みたいだが、オレをくぎ付けにするため、絶妙な位置に撃ってくる。……下手に前に出れば、部下の後を追う羽目になるな」

 ジャックは床に倒れた二人の死体を目にして、皮肉な笑みをこぼした。

(しかし、一体全体どういうことだ? オレたちの計画は完璧だった。侵入も、通信手段の遮断も、敵を前後から挟み込んで自由を奪うのも、全部成功していた。なのに、どこでヘマしたっていうんだ)

 弾を込め終え、息を吐く。

「だがまあ、単純な撃ち合いなら簡単には負けるつもりはない。次のリロードタイミングを見計らって前に出れば、勝機がある上、こっちには奥の手があるんだ」

 ジャックはわざと銃口を扉から突出し、相手を誘う。

 それにブラッドは狙い通り発砲し、弾を消費した。

(よし、今だ)

 ジャックは貫通扉から離れ前進し、個室の戸を開いて身をひそめる。

「オーケーだ。これでこちらのやり方に持ち込める」

 狙い通りにことが進み、口元に笑みが浮かんだ。

(奴は女を守るため、ヘタな行動は取れないはず。その隙を突いて制圧すれば勝ちだ)

 銃のハンマーを下ろし、引き金にかける指に力を込める。

(次の一手で全てが決まる。畳み掛け、仕留める)

 ジャックは壁に背を付け、先ほどと同様に銃口をわずかに覗かせ攻撃を誘う。

 思惑通り、そこに対して一発の銃撃が襲った。

(警戒は万全……が、これは想定外だろうな)

 ジャックは自身が背中を預けていた壁に銃口を向け、勝利を確信する。

 さっき彼が込めた銃弾は、跳弾しないよう先端を尖らせた特製の徹甲弾。

 ラエトス特急の造りは老朽化の影響もあって脆く、徹甲弾であれば木製の壁を数枚貫通させることは可能だ。接近した理由も、貫通できる厚さにも限界があるからだ。

(オレを撃ってきたからに、位置も大体把握することができた。紋章持ちとはいえ、ここまで予想できないだろ)

 銃の高さを、人体の中でも面積が一番広い腰辺りに定め、直線上に構える。そして、

「しまいだ」

「それはこっちのセリフだ」

「なぁっ――!?」

 ジャックのこめかみに叩き込まれる拳。

 勝利の油断を衝かれた彼は、距離を縮めていたブラッドの存在に気付かず、不意打ちを喰らったのだ。

 個室の床に転がり、脳震盪を起こしたジャックはそのような状況を飲み込めず、額をマットに密着させて割れるような頭の痛みに苦悶の声を漏らす。

 そんなジャックに対し、ブラッドは冷めた目で彼の首筋を掴んで力一杯押さえ込んだまま、握られた銃を掴んで設置されているベッドの下に滑り込ませた。

「動くな。今の状態から少しでも動いたら、お前を殺す」

「あがぁっ……なにしやがった……俺にっ!」

「声が出せるなら、こちらの声は聞こえているな」

 ジャックの意識があることを確認したブラッドは、彼に淡々と問う。

「お前らの雇い主はどこの誰だ? 率いていたリーダーは? それにさっきの爆音は何だ?」

「クソッ、頭に響きやがる……」

「答えろと言っているんだ。命の保証はできないぞ傭兵」

 そう続け、さらに首筋を握る手に力を込めた。

 強引な手段。

 頭部による衝撃で状況判断と冷静さに欠け、まともな応答ができない相手には明らかな悪手だが、それがブラッドの狙いだった。

(正気に戻って黙られたら分が悪くなる。一気に責め立て情報を引き出さなければ)

 ここまで入念な段取りをしてきた相手だということもあり、冷静さを取り戻した状態では嘘を吐かれる可能性がある。

 それを恐れ、ブラッドは乱暴なやり方をしたのだ。

 彼は無言でジャックのこめかみに銃口を押し付け、脅威を実感させる。

 だが、それは無意味な策だった。

「撃て、とっとと殺せ! やってみろよ、チキン野郎がっ!」

「……」

「クズがぁっ! オレから情報を聞き出せると思ったら、大間違いだ!」

 吐き出される罵詈。しかし、じたばたと身をよじるわけではなく、その断じて気を取り乱して口にしたことではないと伝わってくる。

(正気を取り戻したか)

 ブラッドもその言動から、ジャックが自身の立場を理解してきたと判断し、こめかみに当てていた銃口を、彼の(ひかがみ)に向け、二回続けて引き金を引いた。

「――がぁっ!?」

 飛び散る鮮血と肉片。

 身体の一部を抉られる痛みに、ジャックも言葉を無くして呻き声を漏らす。

「話す気が無いなら、話さなくてもいい。だが、しばらくここでおとなしくしていてもらおう。……今回の事件の、容疑者として」

「へへっ……殺さなくてもいいのか……? あんたの仲間を殺した、仇だぜ?」

 ジャックは足の痛みで顔をひきつらせながらも、口角を上げて挑発的な言葉を発するも、

「ただ仕事を全うするだけだ。それに、このままお前が苦しみ力尽きれば、仲間も少しは報われる」

 ブラッドは視線を遣ることなくそう言い捨て、ジャックから手を離し、立ち上がった。

「いいのか、オレを拘束しなくても?」

「その足で歩けるなら歩いてみろ」

 ジャックの両膝から流れる赤い鮮血を一瞥し、彼は部屋を出てノブに手を伸ばす。

「せいぜい苦しめ」

 そして、ブラッドは個室の戸を閉めた。

「苦しめ……いい言葉だぜ、まったくよぉ」

 うつぶせのジャックは、足の痛みに歯を食いしばりながら寝返りを打ち、胸ポケットにしまっていた注射器を取り出す。

 それは表面にヒビが入り、強化薬の液がじんわりとにじみ出ていた。

「使いたくはなかったんだが、オレも死にたくないんでな」

 眉間にしわを寄せながらも、ジャックはその針を肩に突き刺す。

 強化液はみるみると注入され、頃合いを見てジャックは抜いた。

 感で注射したため、中身が三分の一ほど残っているが、彼は痛みのあまりそれに気を向けることができず、腕を大の字に広げる。

 荒い息で激しく上下する胸。しかし、その原因である痛みは段々と引いてきた。

「くはぁっ……こいつはキクぜ」

 全身の血管が、浮き出るような活力。

 それは薬の影響か、ジャックは声を出さすに突然笑い出し、目元を手で覆った。

「何だ、奥から込み上がるような、この昂ぶりは!」

 身体が浮かび上がりそうな、燃え上がりそうなくらいに熱い感触に、ジャックは冷静さを取り乱して喉を震わせる。

 至高の境地。

 まるで楽園にでもいるような感覚に、ジャックは興奮する。だが、それは束の間。

「げぼっ!」

 喉を逆流して噴き出した、粘ついた吐血。

 古ぼけたジャックのスーツは、吐き出されたそれによって真っ赤に染まった。

「ごぼぉっ! 一体……オレの身体に、何が……」

 彼の口の端から伝う血。不気味に赤い筋を浮かばせる目玉。そして手足の痙攣。

 明らかに正常ではない身体のシグナルに、ジャックは強がりを見せることなく、ただ手近にあったカーペットに爪を食い込ませ、楽園から地獄に変わった刺激にこらえる。

「かはぁ……くぅ……ソォ……」

 呼吸もままならなくなり、ジャックはか細い声で嘆いた。そして、

「…………ヴヴ」

 人ではない、獣のうめき声。

「ヴヴ……ヴォ」

 先ほどまで、苦しさのあまりのたうち回っていたジャックの姿はそこにはなく、彼がいた場所には、醜く豹変した異形の獣がうずくまっていた。

「ヴヴ……ヴォッ!」

 その獣は、全身を赤くて太い筋肉繊維に包まれており、人の外観とはほど遠い。

 唯一、人間と近しいのはその全体造形で、頭部に胴、そして四肢があることだろう。

 獣は二足足でのっそりと立ち上がると、のっぺらの頭を閉ざされた窓へと向け、ゆっくりと歩き出した。



 ほかの乗客の安否が気になる、というブラッドの意見もあり、クラルスは彼と共に食堂へと移動した。

「っ! クラルスお姉様!」

 クラルスが貫通扉をくぐると同時に、幼く初々しい少女の声が彼女の名を呼ぶ。

「ユーちゃん! ああ、良かった。怪我はない?」

 駆け寄ってきたユリアを抱きしめ、クラルスはそっと頭を撫でた。

「はい、あたしは大丈夫です。お姉様もご無事で……お姉様の方で、何度も銃声が聞こえたので、本当に安心しました!」

 無事再会できたことで、ユリアの目には嬉し涙が浮かぶ。

 そんな少女たちの微笑ましい横顔を、ブラッドは安堵の笑みを向けてから、辺りを見渡した。

 そして、探している人物がここにはいないとわかり、拳を作る。

「ウェルベル様……お怪我が無く、安心しました。先ほど爆発がありましたが、何か問題は?」

「あっ、ええっと……」

 その問われたユリアは、そっとクラルスの元から離れると、答えづらそうに手を揉んだ。

 ブラッドは彼女の反応に感情を乱すことなく、安心させるように優しく微笑み、答えを待つ。

 するとそれに安心したのか、ユリアは真っ直ぐ彼の顔を見つめ、出来事を話した。



「――そう、ですか。危険な中、ありがとうございました」

 話を聞いたブラッドは、深々と頭を下げる。

 ユリアとリカルド対峙したのち、ウォーターは息を引き取った。

 爆発に巻き込まれた怪我は重傷で、例えユリアに治療の知識があったとしても、その命を救えるとは限らなかっただろう。

「ユーちゃん……わたしたちがいないあいだ、そんな危ないことを」

「クラルスお姉様……」

 自分よりも年下の少女が、命が危ぶまれる行動をしていたことに、クラルスは不安げに目元を下げ、その視線から逃れるようユリアはハンチング帽を深く被った。

 怒られる……そう不安を感じたから。

 しかし、クラルスはそんなユリアの背に手を回し、胸に引き寄せた。

「わたしたちのために、頑張ってくれたんだ。ありがとう、ユーちゃん」

「お姉様……」

「でも、わたしたちのためとか、そういう理由で危ないことはしないで。わたしは、ユーちゃんにもしものことがあったら……」

「ごめんなさい……」

 しおらしい声で謝るユリアを、クラルスは何も言わずに強く抱きしめる。

「……うん、許す」

 そう言って、クラルスはゆっくりと彼女を離した。



 ……クラルスとユリアは、カウンター席に座って互いが持ち得る情報を共有し合った。

 この列車に存在する問題……解決しなければならない、脅威を再度認識するために。

「それじゃあ、ユーちゃんがあの傭兵を倒してくれたんだね」

「……はい」

 アントンが置かれたカウンター。

 クラルスはその銃に目を遣ってから、ユリアに顔を向けて嬉々として笑う。それに対して、彼女は元気なげに頷いた。

「ですが、あたし……初めて、人を……あたしが作った銃で、殺してしまいました。これで、よかったんですか、お姉さま……?」

 彼女の態度を目にしたクラルスは、力を抜くよう息を吐いてから、「そっか……」と呟いてから、目を真っ直ぐ見つめて答える。

「これは、あくまでわたしの意見だけど、ユーちゃんがしたことは正しい」

「正しい、です?」

「うん。だって、ユーちゃんは誰かを守ろうとして、銃を使ったんでしょ。だったら、わたしはそれが正解だと思うわ」

 クラルスはカウンター席から見える、瓶に詰まった食材、ピッチャーにしまわれた飲み物に視線を遣ると、はっきりと言葉を続けた。

「あの瓶に詰められた食べ物や、飲み物を入れる容器。そういうのって、目的や意味があって作られたものだよね。わたしの薬も、助けられない人を助けるために作ってる。そんな感じで、ちゃんとした理由があれば、ユーちゃんがしたことも正しいと思う」

「……そう、ですか」

 そう話すクラルスの横顔を見つめ、ユリアは納得がいく答えではなかったかのように、頭を垂らす。しかし、クラルスの言葉はそれで終わりではなかった。

「だけど、大事なのはそのあと。そのとき起きたことを、どう受け止めるか」

「……えっ?」

 ユリアは予想していなかった返事に驚き、顔を上げてクラルスの横顔を見つめる。

「生きてたら辛いことや、後悔することはたくさんある。でも、それでずっと落ち込んでたらその辛いことって、頭から離れなくなっちゃうし、心が段々と濁っていくの」

 色あせたカウンターに視線を落とし、彼女は懐かしむように目を細めた。

「……昔ね、わたしやダンに勉強を教えてくれた一人の先生がいたの。優しくて、教えている生徒一人一人のことをちゃーんとわかってて。けど、悪いことをした子とかには鉄拳制裁って言わんばかりにゲンコツをする、気の強い先生が」

「ゲ、ゲンコツですか……す、すごい先生です。でも、その先生がどうかしましたか?」

「……死んじゃったんだ、わたしたちが、出かけているあいだに」

「――っ」

 言葉を失くし、ユリアは目を見開く。

「今から五年くらい前に、この国で内戦があったのは知っているよね。その影響で、先生がいた孤児院が襲われたの。理由は、対立関係のある貴族が立場を悪くさせるためとか、報復目的とか、そういう政治的なことだった」

「そんなことが……」

「ショックが無かった、って言ったら嘘になる。わたしより年下の子とか優しかった子とか、仲が良かった子とか……。どうしてわたしが生き残ったのか、しばらく悪い夢とかも見てうなされたし、今でもそのときの惨状が目に焼き付いている」

 クラルスはそのときのことを思い出し、少しぎこちない笑みが浮かぶ。

 しかし、一度目を閉じて意識して呼吸をすると、自分が選んだ答えを口にした。

「でも、いつまでも落ち込んでたら、その先生や友達が悲しむって思ったの。それに、わたしと同じように生き残ったダンも立ち直ろうと頑張ってる。前を向いて、先生から教わったことや友達と一緒に経験したこと、そのときの悲しい想いを大事にして生きる。それが唯一、わたしのできることだった」

 そう言って、彼女はユリアの向き合い、面と向かって伝える。

「ユーちゃんはきっと、悪い人でも自分の手で人を殺してしまったことで、動揺しているんでしょ? でも、それはユーちゃんが自分の気持ちを決めて、向き合わないといけない。この先もずっと、辛いことや後悔することなんていっぱいあるから」

「……」

「恐いこと、辛いことを忘れるのは難しい。だけど、それとしっかりと向き合って答えを見つける。わたしは、みんなが悲しむと思って、今を楽しく、そして教えてもらったことを活かして、魔法研究者として頑張ってる。わたしの話を聞いて、ユーちゃんはどうしたいの?」

「あたしは……」

 ユリアは俯き、自らが作った武器、アントンを見つめた。

(……あたしが、初めて作った銃。これであたしは、あの傭兵さんを)

 ふっと脳裏に蘇る、リカルドが死に際に見せた不気味な笑み。

 彼女は引き金を引いた右腕を掴み、目を閉じた。

(人を殺すことは、いけないことです。だったら、あたしはどうして銃を作る?)

 自分の想いをまとめるため、思慮にふけ黙るユリア。

 隣に座るクラルスは柔らかな笑みを浮かべ、黙って見守る。

(あたしが銃を作る理由……楽しいから? 好きだから? ……違う、そんなのは後付けだった。本当はあの日、あたしを助けてくれた人にもう一度会えると思って、近づきたかったから。だから、その夢が叶うまであたしは挫けてなんか……!)

 ユリアは閉じた目を開くと、カウンターに置いたアントンを両手で持った。

「あたしが人を撃ったことは、この先ずっと変わらないです。でも、それでもあたしは、叶えたい想いがある限り、前を向いて頑張ります!」

「うん、その意気だよ。でも、ユーちゃんが無理しないペースで大丈夫だからね」

「はい! あたしもお姉様みたいに、頑張ります!」

「ははっ、わたしの話、聞いてないね」

 どこか彼女らしいところが戻り、クラルスは安心したように胸を撫でた。

 だが、ユリアは急に落ち着きを取り戻し、クラルスに対して視線をチラチラと行き来させながら、控えめに尋ねる。

「……ですが、あたしがまた落ち込んだとき、クラルスお姉様にもう一度話を聞いてもらってもいいですか?」

 少しだけ、後ろ向きな言葉。

 言葉や素振りで立ち直ったように見えても、やはりまだ完全には立ち直っていないのだろう。

 そんな彼女の言葉に、クラルスは気を許した親友に向けるような、はっきりとした笑顔を見せた。

「もっちろん!」

 辛い経験、過去、過ち……。

 簡単には忘れられない出来事を、少女は希望を思い出し乗り越えた。

 それが正しい答えかどうかは、誰にもわからない。だが、今の彼女の表情は、とても清々しく、心から信頼できる相手が見つかったことは確かだろう。

 ……そのとき、乗客の安否を確認していたブラッドが二人の元に戻ってきた。

「お待たせいたしました」

 彼はそう一言お詫びの言葉を入れると、歩き回っているうちに乱れた襟を正しながら口を開く。

「では、さっそくですが……現在、多数の死傷者を出しましたが、列車に侵入した敵をほぼ壊滅状態へと追い込むことに成功しました。これは大変喜ばしいことですが、まだやらなければならないこと――当列車『クイーン・ラエトス号』を停車しなければなりません」

 力強く告げられた次の目標に、クラルスとユリアは唾を飲み込んだ。

「後方の車掌室が、ウェルベル様のご助力もあって確保しました。このまま緊急ブレーキを使用し、スリップコーチの原理で皆様を脱出させることも可能ですが……」

 とブラッドは意図的に言葉を止め、クラルスに視線を向ける。それを察した彼女は、

「ダンを……置いてはいけません」

 クラルスが怪我人の治療を行っていた部屋を出て行ったきり、消息を途絶えたダン。

 ユリアも同意見のようで、彼女の言葉に追従して自身の想いを唱える。

「あたしも、ダンお兄様を置いていくなんてこと、絶対にできません!」

「……」

 その答えを予想していたのだろうブラッドは、作った営業スマイルを崩し、表情をこわばらせ告げた。

「今回の件に関しては、私は協力することはできません。それでも、ですか?」

「……」

 はっきりとしたその返答に、クラルスは唇を噛み、ユリアは肩を落とす。

 ダンと同じく、傭兵を一人で制圧したブラッド。彼の力を借りられないのは、二人にとって手痛い。

「私も正直言えば、彼を助けたい気持ちは同じです。しかし、彼を助けるために私の仕事を放棄して、数十人の命を危険に晒すわけにはいきません」

 徐々に速度が上がっているのだろうか、始めと比べ、車両の走行音が小刻みになっていた。

 それが意味するところは、連結を切り離した際の事故のリスクが、着実に高まっていることだ。時間は無い。

「これは勝手な推測に過ぎませんが、連中も仲間を殺されて憤っている可能性もあり、乗客を無事帰してくれる可能性は少ない。私たちが脱出すれば犯人も目的を失い、列車を停車させるはずです。運が良ければ、再開できる可能性はまだあります」

 ブラッドの冷静な意見。

 はっきりと言って、ダンが生きている確証はない。

 その上、相手の残り人数が不明なのに対し、警備員の生き残りは二人。内、一人は重傷を負っているため、実質ブラッド一人だ。

 さらに不幸なことに、車両の連結を切り離してブレーキを掛けるにも、知識があるのは彼だけ。危険は犯せない。

 ハイリスク、ローリターン。

 ギャンブラーでも噛まない、最悪な賭け。

 それでもクラルスは拳を握り締め、真っ直ぐ目を向ける。

「わたしは彼を……ダンを探しに行きます」

「……本気ですか?」

 ブラッドはその意気込みを挫かんばかりに、冷たく目を細め、隣にいたユリアの産毛が逆立つ。

 が、その視線に見据えられてもクラルスは動じること無く、目を見て答えた。

「本気です。わたしは、ダンを一人にして逃げるわけにはいきません。それに――彼はわたしの大切な人です。見捨てるなんてことは、絶対にできません」

「……そうですか」

 その一言に、ブラッドは納得したように目を伏せる。

「では、私から言えるのは一つだけですね」

 そして彼は顔を上げ、安心させるように、にっこりと笑った。

「お気を付けて」



最後までお読みいただき、ありがとうございました!


次で最終章となります。


●登場キャラクター名


=ダン


=クラルス・ブリュック


=エレナ・スリンガー


=コレット・グランドフット


=ユリア・ウェルベル


=ブラッド・スピリッツ


=リカルド・シーケンス


=ジャック


=マリン・グランドフット


=マイク・ウォーター


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